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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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青い翅を持つ蝶

「デ、デカい……」


 露わになった蝶を見て、俺は思わず恐怖で身震いする。


 青空よりも深い青色の翅を持つ蝶の全長は何メートル……いや、何十メートルあるかわからない。


 二本の長い触角の生えた頭部、二対の青い翅には血管のように走る白い筋のような模様と、外敵を威嚇するような黒い目のような模様がついており、何処を見ても真っ黒な目がこちらを見ているような気がして不気味だ。


 体を構成する腹部にしても、胸部にしても足にしても何もかも規格外に大きく、よく見れば大きく羽ばたく度に翅からキラキラと何かが大量に散布されているの見える。


 あれこそが、謎の空間を生み出している鱗粉というわけだ。


 蝶というよりは、蛾と呼ぶに相応しいフォルムをした巨大な蝶は、まるで黒い竜巻を守るかのように周囲をグルグルと旋回し、鱗粉をまき散らし続けている。

 言うまでもなく、あの巨大な蝶を倒さなければ、黒い竜巻の中に入るための影の確保はできない。


「あの、コーイチさん」


 いつ巨大な蝶から雷の攻撃が来るのかと警戒していると、ソラがそっと話しかけてくる。


「せっかく竜巻の上まで来たのですから、上から侵入したらどうでしょう? 竜巻の中心の方は風が穏やかなようですし……」

「いや、それはできないよ」


 ソラからの提案に、俺はかぶりを振って否定する。


「言うまでもないけど、上から侵入したんじゃロキを助けられないというのもあるけど、俺たちの身の安全が確保できないからだ」

「私たちの?」

「そうだよ。落下の最中は何にもできないだろ? そしたら下から狙われたい放題だ」

「あっ、そう……ですね」


 敵本陣へ無策で飛び込むことの危険性に気付いたソラは、残念そうに耳をシュン、とさせる。


「それに、心配事はまだあるよ」


 そう言って俺は、旋回を続ける巨大な蝶を見る。


「俺たちの存在に気付いているのかどうかわからないけど、黒い竜巻に侵入しようとしたら、あいつが黙っているとは思えないんだ」


 落雷の攻撃範囲が何処まで届くかは不明だが、黒い竜巻の番人然として君臨しているあの巨大な蝶が、みすみす俺たちを逃してくれるとは思えない。


 ただ、今は俺たちが奴よりかなり高い位置にいるからか、こっちを見向きもしていない。

 ひょっとしたら下ばかり見ていて上に対して全く注意を払っていないのかもしれないが、これは俺たちにとって大きなチャンスだ。


「そういうわけで、次に俺たちの下に来たタイミングで、背後から攻撃を仕掛けて乗り込もうと思っている」

「……わかりました」


 ソラは大きく頷くと、ひらりとロキの背中から飛び降りる。


「ソ、ソラ!?」


 飛び降りて大丈夫? と思ったが、ソラは緑色の膜の上に難なく着地する。


 あ、ああ……そこは降りても大丈夫なんだ。


 緑色の膜が意外にも丈夫なことに驚きながらソラのことを見てると、彼女はロキの怪我をした右前脚の前で跪く。


「ロキ、今のうちに怪我した部分の止血と応急処置をしちゃうね」


 そう言ってソラは、慣れた手つきでロキの右前脚に包帯を巻いていく。

 あっという間に包帯を巻き終えたソラは、今度は両手で優しく包み込んで額を当てる。


「……ごめんね、痛かったよね」

「わん」

「うん、頑張れて偉いね。待ってて、怪我は治せないけど、楽にしてあげることはできるから」


 そう言ってソラは再び緑色をした光の玉、風の精霊たちを喚ぶ。


「皆、今度はロキの足を包んであげて」


 ソラが指示を出すと、風の精霊はロキの右前脚に巻かれた包帯たちに集まり、緑色の膜で覆う。


「どう? これで、少しは楽になると思うけど……」

「ソラが足の調子はどうだって? 風の精霊がロキの足を守ってくれてるってさ」


 俺が通訳すると、ロキは右前脚を何度か上げ下げして調子を確かめる。


「わんわん!」

「随分楽になったってさ」

「そう、よかったです」


 ロキの元気そうな声を聴いてソラは笑顔を浮かべるが、流石に疲労の色が濃い。

 ここから先は、ひとまずソラには休んでもらうべきだろう。


 俺は肩で大きく息を吐いているソラに、笑顔で手を伸ばす。


「ソラ、お疲れ様。ここから先は俺たちに任せて」

「は、はい」


 手を取ってロキの背中に上がったソラを座らせると、今度は俺が緑色の膜の上へと飛び降りる。


「――っ!? だ、大丈夫だな」


 僅かに足が沈み込むような感覚は、学校の体育で使う運動マットに似ているような気がする。


「ソラ、この足場はどれぐらい持つの?」

「わかりません。ただ、皆が私たちが飛び出すまでは待ってくれると言っています」

「そうか、皆、ありがとう」


 思わず風の精霊たちに礼を言うと、緑色の膜は応えるように一度大きく明滅したかと思うと、俺の身体にコーティングするようにまとわりついてくる。


「な、何だ?」

「残った力でコーイチさんに力を貸すと言っています。蝶の上に飛び降りるのと、強風から守ってくれるそうです」

「そうなんだ。それは助かる」


 そういえばさっきから何気なく普通に立っているが、本当ならかなり強い風が吹いていてもおかしくない。

 これだけ高所にいても風の影響を受けないのは、間違いなく風の精霊のお蔭ということのようだ。


 思わぬ手助けに感謝しながら、俺は腰のナイフの調子を確かめてロキの隣に並ぶ。


「ロキ、やれるな?」

「わん」


 ロキからの「モチロン」という頼りになる返事を聞いて頷いた俺は、自分の想いを静かに吐露する。


「ロキ、俺は諦めないからな」

「……わん」

「わかってるよ、目的は忘れてないって。ただ、最後の最後まで諦めたくないんだ。俺の諦めの悪さは知っているだろ?」

「わふぅ」


 俺の顔を見てロキは呆れたように「わかった」と言うと、身を寄せて来て頬擦りして、顔をペロペロと舐めてくる。


「ハハッ、うん、やる気出た」


 ロキからの厚い信頼を感じていると、丁度のタイミングで俺たちの真下を巨大な蝶が通る。

 俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着けると、ロキたちに話しかける。


「それじゃあ、仕掛けるけど準備はいい?」

「わん!」

「いつでもどうぞ」


 ソラたちが頷くのを見た俺は頷き返し、


「よし、いくぞ!」


 風の精霊の加護を信じて、巨大な蝶の背中目掛けて緑色の膜から勢いよく飛び出した。

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