荒れ狂う風を乗り切れ
「くっ、うううぅ……」
ロキの背から振り落とされないように必死になったしがみつくが、まるで洗濯機の中にでも放り込まれたかのように上下左右にグルグルと激しく攪拌されるので、少しでも気を抜くと、あっという間に風に攫われてバラバラにされそうだ。
「ロ、ロキ……大丈夫か?」
「ク、ク~ン……」
身体が大きい分、俺たち以上に激しく風に翻弄されているロキも「ちょっと厳しい……」と弱気な発言が飛び出す。
怪我のこともあるし、一刻も早くロキの身の安全を確保をしなければならない。
俺は必死にロキの背中にしがみつきながら、ソラに向かって叫ぶ。
「ソ、ソラ……この風、もう少しどうにかできないか?」
「わ、わかって……ます」
ソラは必死に歯を食いしばりながら、風に向かって手を伸ばす。
「お願い……もっと私に……皆を守るための力を!」
ソラの必死の叫びに応えるように風の精霊たちが次々と現れ、緑色の丸い膜に溶け込んでいく。
だが、それでも風の勢いは収まらず、
「おわっ!?」
ほんの少し油断したと思ったら、体があっさりと風に攫われそうになり、俺は慌ててロキの体にしがみつく。
だが、掴めたのは両手から先だけで、それ以外の部分は強風に煽られてブラブラと揺れており、それがまた辛い。
「コーイチさん!」
「大丈夫だ。集中を切らさないで!」
本当は全然大丈夫じゃなかったが、俺は今にも飛び出しそうなソラを制してできるだけ冷静に話す。
「今、この状況を切り抜けられるのはソラの力だけだ。俺のことより風の方を……」
「わ、わかりました!」
ソラはこっくりと大きく頷くと、顔の前で祈るように両手を合わせる。
「皆、悪い風に阻まれて大変だけどお願い! 私たちを……私の大切な人を……この世界を守るために力を貸して!」
ソラが必死に叫ぶと、彼女の体がぼぅ、と薄く光り出す。
すると、これまでより多くの緑色の光が集まって来て、俺たちを覆う膜に吸い込まれていく。
きっとこれまでより多くの力を駆使して、より多くの精霊たちを使役しようとしているのだろう。
緑色の膜の色が濃くなると、気のせいか少し風が弱くなったような気がする。
だが、それでも俺の体は今にもロキから引き剥がされて、虚空に吸い込まれてしまいそうだった。
「も、もう……」
握力の限界が来て、これ以上は耐えられないと思ったその時、フッ、と風が和らいで体が軽くなる。
「おっ……」
「わふぅ」
音もなくロキの背中に無事に着地すると、巨大狼が振り向いて「よかった」と安堵の溜息を吐く声が聞こえる。
顔を上げれば、俺たちを覆う膜が最初より明らかに濃い緑色になっている。
どうやら風の精霊たちがより強く結びついて、俺たちを守る盾となってくれているようだ。
強風で錐揉み状態になることはなくなったが、それでも物凄い速度で回転、上昇しているのは何となくの感覚でわかる。
「凄い……これなら」
問題なく黒い竜巻の上まで行けるかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は功労者であるソラに声をかける。
「ありがとう。ソラ……って、ソラ!?」
背後を振り返ったところで、俺はソラの異変に気付いて慌てて詰め寄る。
「ソラ、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。ちょっと、疲れた……だけです」
気丈に笑ってみせるが、ソラの顔色は明らかによくない。
ソラは風の精霊たちを使役する代わりに、代償として魔法を使う力を光の玉たちに渡しているはずだが、今回はその量が多かったので、かなり多くの力を消耗したのかもしれない。
だが、今は苦しくても、何としてでもこの緑色の膜を維持してもらわなければならない。
「ソラ、苦しいかもしれないけど……」
「大丈夫です。これが私のお役目ですから」
ソラは俺の目を見て、力強く頷いてみせる。
この作戦を立案した者として、何が何でも俺たちを無事に届けるという強い意志が感じられる。
「そうか……」
ならば、俺としてはこれ以上は余計な口を挟む必要はない。
ソラが自分の仕事を全うするというのなら、俺も自分の仕事をきっちりやるだけだ。
まずは空に浮かぶデカい蝶をどうにかして倒す。
そして必ずロキを助ける。
ソラの頑張りに応えるためにも、俺は腰のナイフを一撫でして上を見上げる。
濃い緑色の膜で覆われているので外の様子はわからないが、決戦の時は着実に迫っていた。
強風による影響は受けなくなったが、その後もグルグルと激しく回転させられる感覚が続く。
いつまでこの感覚が続くのかと思われたが、急に体にかかる回転の圧がなくなる。
「……出た?」
「はい、おそらく。今、外が見えるようにしますから待って下さい」
ソラが大きく息を吐いて手を振ると、膜の上部がゆっくりと解けていくので、俺は期待に満ちた目で見つめる。
そうして膜が剥がれた途端、
「おわっ!?」
僅かに開いた隙間から入ってきた水が目に入り、俺は思わず声を上げる。
「コーイチさん!?」
「大丈夫、ちょっと驚いただけだから」
心配そうに声をかけてきたソラに問題ないと手で制しながら、俺は水の正体を告げる。
「雨だよ。やっぱりあの空は偽りの空だったんだ」
そう言って上を指差すと、俺たちの目に厚い雲で覆われた曇天の空と、降りしきる雨が体を強かに打ってくる。
「ハハハ、雨がこんなに愛しく思える日が来るなんてな……」
「はい、やはり本物の空の方がいいです」
「違いない」
俺は一仕事終えてぐったりとした様子のソラを労うように肩を軽く叩くと、身を乗り出して下の様子を確認する。
風の精霊たちが作ってくれた膜は下半分を残してあるお蔭で、落下スピードはかなりゆっくりになっている。
これを使えばロキを助けることができるのでは?
何て考えが一瞬よぎったが、その先にいたものを見て全てが吹き飛ぶ。
「……いた」
そう呟く俺の目に、未だかつてないほど巨大な……全長数十メートルはありそうな超巨大な蝶の姿が見えた。




