失うなんて絶対に嫌だから
怪我をした前脚から血を噴き出しながら駆けるロキに、俺は必至の形相で叫ぶ。
「おい、ロキ! やめろ! 無理するな!」
「…………」
だが、ロキは俺の言葉を無視してさらに速度を上げる。
「うくっ……」
予期しない速度アップに危うく落ちそうになったが、どうにか耐えて再びロキに向かって叫ぶ。
「ロキ、いい加減に……」
「コーイチさん、もう止しましょう」
必死に叫ぶ俺に、ソラが背後からそっと話しかけてくる。
「ロキの覚悟を無駄にしてはいけません」
「ソラ……だけど!」
「ロキの怪我を見て下さい。あの脚では、次の落雷で全滅は必至です。ならば少しでも可能性がある方に……行き残れる可能性に賭けるべきです」
そう言うソラの声は震えており、俺の服を掴む手はギュッと力が込められている。
「ソラ……」
言うまでもなく、ソラだって辛いのだ。
ロキが倒れてしまったら、俺たちは雷に打たれて死ぬか、黒い竜巻に呑まれて死ぬか、それとも虫人たちに無残に殺されるしかない。
だからその前にロキを犠牲にしてでも、ソラの作戦を決行して、この謎の空間を造り出している蝶を倒すのが最善手なのは間違いない。
ソラもロキもとっくに覚悟を決めているのに、俺だけがウジウジ悩んでいていいのか?
「…………」
俺は思わず溢れそうになった涙を拭うと、服を掴んでいるソラの手に自分の手を添えて彼女に話しかける。
「ソラ、精霊を……魔法の準備をしてくれ」
「……はい!」
ソラは威勢よく返事をすると、目を閉じて集中する。
すると、俺たちの周囲に緑色の光の玉、風の精霊たちが次々と現れ、周囲を覆うように漂い始める。
「この子たちで私たちを風から守ってもらう壁になってもらいます」
一体何をするのかと思う俺に、ソラが先んじて説明してくれる。
「どこまで防御できるかわかりませんが、少なくともバラバラになることはないはずです」
「十分だ」
そうこうしている間に、俺たちを包み込むような緑色の丸い膜が完成する。
「できました。さあ、ロキ!」
「わん!」
ソラに促され、ロキは「任せて!」と元気に叫んでさらに速度を上げる。
「ロキ……」
雷に打たれた右前脚からは止め処なく血が流れ、痛くないわけないのに、まるで痛みを感じさせないように元気に振る舞うロキを見て、俺は胸が締め付けられる想いに駆られる。
気が付けば、目から涙が流れていた。
ロキがいなければ、俺の異世界生活はたった数日で終わるところだったし、それからも何度も……何度も彼女に命に救われてきた。
目を閉じれば、ロキとの数々の思い出が思い浮かぶ。
ロキとの関係がアニマルテイムのスキルから始まったのだとしても、この巨大狼との種族を超えた友情は、他の何物にも代えられないとても大切なものだ。
そんな家族同然のロキを、世界を救うためとはいえ、犠牲にしてもいいのか?
ロキの背の上で偉そうにふんぞり返って、手持ちのリソースを殆ど吐かずに楽に戦い続けて来て、まともな作戦も提示できずにみすみす死なせるような選択をしていいのか?
「そんなの……そんなの……」
絶対に認められるはずがない!
世界を救うことも大切だが、それと同じくらいにロキの命だって大切だ。
だったらどうするか?
決まっている。俺がロキを助けるための手を考えるのだ。
幸いにもその時が来るまで、まだ僅かながら時間の猶予はある。
手持ちの札に有効な手段がないのなら、新たな手を……可能性を導く出すんだ。
「…………」
俺は自分にできることはないかと必死に頭を巡らせる。
大切な仲間を……家族を失うなんて絶対に御免だ!
脳が焼き切れるくらい、何か手はあるはずだと考え続けていると
「……コーイチさん」
ソラが俺の背中にピタリと寄り添ってきて、ロキに聞こえないほどの小さな声で囁いてくる。
「私、信じてますから」
「ソラ?」
「ロキのことです。コーイチさんのことですから、諦めてなんかいないですよね?」
その言葉にハッとして振り返ると、ソラの大きくて潤んだ瞳と目が合う。
目尻に今にも決壊しそうなほど涙をためたソラは、唇を震わせながら縋るように話す。
「あんなこと言いましたけど、私、ロキを失うなんて絶対に嫌です」
「うん、俺も同じ気持ちだよ」
俺は力強く頷くと、ソラを安心させるように笑ってみせる。
「任せてくれ。俺が必ずロキを……誰一人死なないですむようにしてみせるから」
「はい……はい!」
ソラは涙を零しながら、何度も頷く。
「私にできることなら何でもしますから、遠慮なくおっしゃって下さいね」
「ああ、その時は頼むよ」
ロキを絶対に死なせない。
現状はこれと言って策があるわけではないが、諦めるのはまだ早い。
ロキを助けるためならば、何だってやってやるし、どんな試練だって乗り越えてみせる。
だから最後の最後まで、自分にできることを必死に考え続けようと思った。
密かにロキを助けることを固く誓い合った俺たちは、いよいよ眼前に迫った黒い竜巻に備えて巨大狼の背中にしっかりしがみつく。
そうして俺たちを包む緑色の光が黒い竜巻に触れた途端、
「――っ!?」
猛烈な横風に煽られ他かと思うと、視界がグルグルと激しく回転しながら体が地面から急激に遠ざかっていくのを感じた。




