黒の衝撃
「シド!」
頼もしい相棒の登場に、俺は思わず飛び出しそうになるが、シドは手を前にかざして小さくかぶりを振る。
「感動の再会はまだだ。まずは奴等を……な?」
「あっ……うん、そうだね」
その一言でまだ戦闘中であったことを思い出した俺は、伸ばしかけた手を引っ込めて頷く。
「いい子だ」
優し気な笑みを浮かべたシドは、まるで子供をあやすような一言を告げると、振り返って虫人へと突撃していく。
「シド!」
いくら何でも虫人相手に一人じゃ無理だ。
そう思って声をかけたのだが、シドはこちらをちらりと見てウインクしてみせる。
もしかして、何か策があるのか?
自信を覗かせるシドの態度に固唾を飲んで見守っていると、彼女は走りながら叫ぶ。
「お前たちいくぞ、あたしに続け!」
「……えっ? おわっ!?」
声をかけられたと思って反射的に腰を浮かしかけるが、そんな俺の脇をいくつかの小さな影が通り抜けていき、思わず声を上げてその場から飛び退く。
「な、何だ?」
「コーイチさん、ネズミです」
俺の疑問に、ソラが背中に張り付いてきて緊張した声で話す。
「何だか不気味な形をしていましたが、間違いありません……ネズミです」
「そ、そう……」
何だかソラの声が堅いような気がするのは、彼女がネズミが嫌いだからだ。
といっても、キャーキャー悲鳴を上げて逃げ惑うような嫌悪ではなく、貴重な食料品を奪い、病気をまき散らす諸悪の根源として毛嫌いしているのだ。
背中からソラの圧を感じながら現れた小さな影を目で追うと、確かにネズミのように見える。
ただ、俺が知っているネズミと比べると色は炭のように黒く、顔の形が鋭利な三角錐になっており、ノルン城で俺たちを助けてくれた愛らしい灰色のネズミと比べるとかなり凶悪に見えた。
あの三角錐の尖端、おそらく牙で刺されたらとんでもなく痛いだろうな。
そんなことを思っていると、黒いネズミが虫人の右のふくらはぎへと体当たりをする。
鋭利な先端を持つ黒い弾丸に体当たりされた虫人のふくらはぎは、穴が開いてそこから不気味な色の血が吹き出すのが見える。
「チュッ!」
「そこかっ!」
黒いネズミが飛び退くと同時に、シドが虫人に開けられた穴へと剣を深々と突き刺す。
すると、
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!」
ふくらはぎを突き刺された虫人は、まるでそこが急所だと言わんばかりの断末魔の叫び声を上げたかと思うと、そのまま背後に倒れて動かなくなる。
「……倒した?」
「ああ、これで終いだ」
俺の声に、剣に付着した血を振り払ったシドが肩に登って来た黒いネズミを軽く撫でててニヤリと笑う。
「こいつ等は虫の隠れ場所がわかるみたいでな。こいつ等がいれば連中を駆逐するのも難しくはないぜ」
そう言ってシドが腕を振るうと、黒い影が残る虫人へと襲いかかる。
「タイゾー!」
「ええ、わかりました!」
泰三は頷くと、長槍を手にシドと共に前へと出る。
その間に黒いネズミたちは、虫人たちの体に次々と穴を開けて動きを封じ、さらに虫が寄生していると思われる場所に一際大きな穴を開けている。
そこまでお膳立てしてもらえば、実力者二人にとって虫人は最早脅威ではなかった。
「はぁっ!」
「おらよっ!」
長槍と剣によって脇腹、右肩と貫かれた虫人は、とても致命傷とは思えない傷にも拘らず倒れ、そのまま動かなくなる。
「凄い……」
俺がバックスタブのスキルを使ってようやくあぶり出すことに成功した寄生した虫を、こうもあっさり見つけて倒してしまうなんて……、
「あのネズミがいれば、他の皆も楽に虫人を倒すことができるんじゃないのか?」
「そうかもしれませんね」
思わぬ光明が見えたことに安堵する俺に対し、ソラの表情はやっぱり優れない。
「ですがネズミはネズミです。私は……やっぱり好きになれません」
「ま、まあ、無理はしなくていいんじゃないかな?」
あまり好き嫌いを言わないソラがここまで言うなんて、一体過去に何があったのかと思うが、地下での極貧生活で食卓を預かる身とすれば、当然の反応かもしれない。
俺としてはノルン城での恩もあるので、ネズミに対してそこまで忌避感はないのだが、互いの関係のためにも、灰色のげっ歯類を見かける時があったら彼女に迷惑をかけないようにお願いしておこうと思った。
そんなことを考えている間に、さらに追加の虫人が空から降って来る。
だが、今となっては虫人は最早脅威ではない。
「ハッ、何匹現れようが無駄だぜ。お前たち、待望の獲物だぞ。肉片も残さないほど容赦なく喰らい尽くしてやれ!」
シドが大声で叫ぶと同時に、何やら地鳴りが聞こえてくる。
「な、何だ……」
一体何事かと思わぬ身構えると、
「チュー!」
「チュチュッ!」
「チューチュチュー!」
何処からともなく地面を覆い尽くさんばかりの大量の黒いネズミが現れ、現れた虫人たちに襲いかかっていく。
何百……もしかしたら何千もの黒いネズミたちの大侵攻に、虫人たちは成す術なく真っ黒に染まっていく。
「うわっ……」
思った以上にグロテスクな光景に絶句していると、すぐ隣にいたソラがもたれかかってくる。
ネズミ嫌いのソラのことだから、流石に気分が悪くなったのかと思っていると、
「きゅぅ……」
「ソ、ソラ?」
ネズミの大群は衝撃的過ぎたのか、青い顔をして気絶しているソラを、俺は慌てて手を伸ばして倒れなように支えた。




