青の制服に任せて
振り始めたと思った雨はあっという間に豪雨へと変わり、俺たちの体を容赦なく濡らす。
「うわっ! す、凄いな……」
まるでスコールのような強かに体を打つ雨に、またしても動きそうになるが、目の前のフィーロ様の真剣な表情を見てすんでのところで思い留まる。
雨宿りしないと風邪をひいてしまうかもしれない。
そんなことを考えていると、フィーロ様が顔を上げて感嘆したように小さく息を漏らす。
「本当に……雨を降らせるなんて驚きです」
「雨を降らせる……ああ、そういうことか」
その一言で何が起きているのかを理解した俺は、フィーロ様に答え合わせをする。
「この雨はセシリオが降らしているのですね」
「そうです。エリモス王による天候を操る秘法……噂には聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした」
「そうですね。俺もここまでの豪雨は初めてです」
エリモス王国で体験した雨もそれなりの強さではあったが、こんな滝行を思わせるような豪雨ではなかった。
……いや、きっと今回はわざとスコールを降らせているのだろう。
これだけ強い雨であれば、森の火災を鎮火させるところまではいなくても、多少は火の勢いを止める効果はあるだろう。
そしてこれが、セシリオ王が言っていたやるべきことなのだろう。
後方に下がれば前線まで雨が届くのが遅れてしまうから、危険を承知であの場に残って雨を降らせているのだ。
一国の王であるにも拘らず、ここまでしてくれる砂漠の国の友の献身に、心から感謝を伝えたいと思った。
「終わりました」
するとちょうど良いタイミングで、フィーロ様から声がかかる。
「無事に水の精霊が結合されました。これで煙の中でも大丈夫なはずです」
「あ、ありがとうございます」
ようやく直立不動の姿勢から解放された俺は、水の精霊と結合されたという体の調子を確認してみる。
体が重いとか、胸の中に何か違和感があるとかそういうことはない。
ただ、
「何だろう……何となく体が冷えているような気がする」
「そうですね。私も同じ感じがします」
同じように体の調子を確認していたソラが隣にやって来て、俺の手を取って微笑む。
「ほら、いつもと比べて随分冷たいと思いませんか?」
「本当だ……」
別にいつも仲良く繋いでいるわけではないが、ソラの手は彼女の心と同じように温かい手をしていると記憶している。
それが今や、冬場の水仕事を終えた後のように冷たく、こうして繋ぎ続けても互いの手が温かくなることはないのは不思議な気分だ。
それはつまり、俺の手も同じくらい冷たくなっているということだ。
これから火の中に飛び込んでいくことを考えたら、これぐらいの方が安心できる。
ただ、いつまでもこうしてソラと手を繋ぎ続けているわけにはいかない。
「ソラ、そろそろ……」
「えっ? あっ、そ、そうですね。すみません……」
ソラに声をかけると、彼女は慌てて手を離して「すみません」と小さな声で謝罪する。
俺はソラに「気にしてないよ」と軽く手を振って別れると、改めて体を動かして問題なく動くことを確認する。
「よしっ!」
身体は冷えても動く分に問題ないことを確認した俺は、心配そうにこちらを見ているフィーロ様に笑いかける。
「フィーロ様、ありがとうございます。これでどうにかなりそうです」
「いえ、こんなことしかできなくて申し訳ございません」
フィーロ様は俺とソラの手を取ると、額に手を当てて深々と頭を下げる。
「お二人共どうか……どうか無事に帰って来て下さい」
「もちろんです。ソラと二人でちゃんと帰って来ます」
「皆が住むこの地を、何としても守ってみせますから」
「……お願いします」
俺たちは力強く頷き返すと、フィーロ様に安全な場所まで退避するように言って踵を返した。
前線へと戻ると、自警団と虫人たちが激しくぶつかり合っていた。
「全く、しつこ過ぎるぞ!」
クラベリナさんの怒声が聞こえそちらに目を向けると、首が折れ曲がり、体中に穴の開いた虫人が倒れるのが見えた。
普通の生物なら首が折れた時点で絶命してしまうのだが、虫人は体に寄生した虫を倒さなければ、ゾンビのように何度でも立ち上がって来る。
虫人の倒し方は泰三を通じて伝わっているはずだが、知っていてもそれを実行できるかどうかは別問題だ。
その中でクラベリナさんは、幾度となく刺突攻撃で致命傷を与え続け、ようやく寄生した虫を倒したということだろう。
他の自警団の人たちは、決して犠牲者を出さないように虫人と距離を取って、複数人によるヒット&アウェイの連携で着実に相手を削っていた。
「はぁ……はぁ……ククク、楽しくなってきたな」
ただ一人、好き勝手に暴れ回っているクラベリナさんは、荒い息を吐きながら次の獲物を求めてレイピアをズルズル引きずりながら歩いていく。
「ク、クラベリナさん……」
これまで見たことがないほど疲労しているクラベリナさんを見て、俺は流石に加勢すべきかと思う。
だが、
「浩一君、こちらへ」
動き出そうとする俺に、泰三がやって来て手を引いてくる。
「この場は隊長たちに任せて、僕たちは先に行きましょう」
「お、おい、泰三それって……」
クラベリナさんたちを見捨てて先に行けというのか?
目だけで問いかける俺に、泰三は大きく頷いてみせる。
「そういうことです。次は自警団が浩一君たちの道になる番です」
既に決定事項なのか、泰三の決意は固い。
「ここから先は僕が道を切り拓きます。さあ、早く!」
「あ、ああ……」
有無を言わさない泰三の迫力に、俺は頷きながらソラへと視線を送る。
「大丈夫です。行けます」
「そうか……」
覚悟を決めた様子のソラを見て、俺も決意を固める。
「わかった。行こう」
「はい、こちらへ……既にある程度敵を処理しておきました」
こうして俺たちは泰三に導かれる形で豪雨の中、尚も燃え盛る森の奥へと駆け出した。




