変わる空模様
泰三に案内されて後ろに下がると、怒った表情のフィーロ様が出迎えてくれた。
「コーイチ、あなたバカなの!」
開口一番罵倒の言葉を浴びせてきたフィーロ様は、手を伸ばして俺の頬を撫でる。
「何の対処もなしに火の中に飛び込んでいくなんて……ソラに万が一があったらどうするつもりだったの!?」
「それは……すみません」
フィーロ様の指摘に、俺は素直に頭を下げて謝罪する。
自分なりに火事の対策をしていたつもりだったが、見聞きした程度の知識では想定が甘く、自警団の人たちが加勢に来てくれなければかなり危なかった。
それに予想はしていたが、森に火が放たれたことでヴォルフシーカーを使える範囲がかなり限定され、影の中を移動して安全に包囲網を突破するということは無理そうだ。
俺の手札が積み状態になった以上、頼れるのはフィーロ様たちエルフの魔法になりそうだ。
「それでフィーロ様、ここを切り抜ける魔法があるとか?」
「そこまで立派なものではありません。ただ、火の中である程度の安全を保証するものです」
そう言ってフィーロ様が軽く手を二回叩くと水色に光る子供の頭ぐらいの大きさの玉、精霊が二体現れる。
「この子たちは水の精霊です。今からこの子たちをコーイチたちの体内に入れ、魔法で結合させます」
「か、身体に? それってお互いに大丈夫なんですか?」
精霊そのものを体内に入れることはもちろん、身体に入った精霊が無事に出てこられるのかどうかも心配だ。
「心配ありません。この子たちがあなたに直接危害を加えることはありませんし、その逆もまた然りです」
俺の心配を即座に否定したフィーロ様は、精霊を体内に入れることの効果を説明してくれる。
水の精霊を体内に入れるとどうなるかを簡単に言うと、火の中での熱気による火傷の予防と、煙による呼吸の阻害を予防してくれるようだ。
「ただ、火の熱さが軽減されると言っても触れれば火傷します。あくまで気のせいぐらいです」
「いえ、それで十分です」
それはつまり、火災現場における懸念点の殆どを無効化してくれるということだ。
効果時間は今日一日は持つということなので、それまでに決着を付ければ問題ないということだ。
そもそもそんなに時間をかけていたら、この森全体が燃え尽きてしまうだろう。
俺はこれから頼もしい相方になってくれる水の精霊に向かって、下からすくい上げるように手を差し出して話しかける。
「大変なことに巻き込んで申し訳ないけど、力を貸してもらっていいかな?」
「…………」
その問いかけに、水の精霊は二度ほど大きく明滅して俺の手の上に乗って来る。
アニマルテイムの力をもってしても精霊の言葉はわからないが、何となく「任せろ」と言ってくれるような気がした。
「フフッ、精霊に畏まるなんてコーイチってやっぱり変な人ね」
ちょっと傷付くようなことを言いながら、フィーロ様は俺とソラの顔を見て真顔になる。
「さあ、準備はよろしいかしら?」
「はい」
「いつでもどうぞ」
俺とソラが頷くと、フィーロ様も頷き返して二体の水の精霊へと手を掲げる。
「さあ、お前たち。私の手の中においで」
フィーロ様が甘く囁くように言うと、水の精霊たちが彼女の手の中に納まる。
すると子供の頭ぐらいの大きさだった精霊たちがみるみる小さくなり、フィーロ様の手の平にすっぽり収まるまで縮まる。
「うん、いい子。さあ、コーイチ。ソラ……」
「は、はい」
フィーロ様に促される形で前へ進み出ると、彼女は手の平に収まる光の玉を俺たちの胸に差し出す。
一体何が始まるのかと思って見守っていると、フィーロ様の手から離れた水の精霊が俺の胸に触れ、そのまま音もなく中に入って来る。
「うおっ!?」
「動かない!」
「――っ、はい!」
フィーロ様の怒声に、反射的に仰け反りそうになっていた俺はすかさず気を付けの姿勢をとる。
怒られてしまったけど、仕方ないと思っていただきたい。
事前に聞いていたとはいえ、実際に体内に何かが入って来るという光景に対し、何も防御策を取らないでいるというのは、生物として無理があるというものだ。
俺は水の精霊の邪魔にならないようにギュッと目を閉じ、頭を上げてフィーロ様が魔法をかけてくれるのを待つ。
この世界の魔法には、ファンタジーを舞台にした物語でよく見るような詠唱という者は存在しない。
ただ、自由騎士のスキルを使う時の様に自分の中でスイッチを入れるため、ルーティン代わりに詠唱を採用する人もいるらしいが、フィーロ様は特にそう言ったルーティンは採用していない。
「…………」
だから一刻も早くこの時間が終わって欲しい。
そう思っていると、
「…………ん?」
俺の頬に何やら冷たいものが当たり、思わず顔を上げる。
手を伸ばして頬に触れたものが何かを確認しようとすると、ポツリ、ポツリと立て続けに冷たいものが降って来て頬を叩く。
「……雨?」
水滴の正体について思ったことを口にすると、それが皮切りであったかのように空から雨粒が降り注いで来た。




