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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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火災現場

 ライハ師匠が放った一撃は、エリモス王国の地下遺跡で彼女に調停者の瞳(ルーラーズアイ)の使い方を教わった時に放った一撃だ。


 斬撃を飛ばす……なんて馬鹿げた芸当をやってのけるだけでも驚きだが、目を見張るべきはその威力だ。

 地下遺跡で未知の素材でできたアリーナの壁を撃ち砕いた斬撃は、射線上にいた虫人たちを薙ぎ払い、その先にあった巨木と巨岩まで粉々にしていた。


 まるで海を割ってみせたモーゼのように、一直線に抉れて土が剥き出しになった地面を駆けながら、俺はソラにある物を差し出す。


「ソラ、今のうちにこれを渡しておくよ」

「これは……」


 ソラは走る速度を落とすと、受け取ったものを広げる。


「布、ですか?」

「うん、それでこうやって水で濡らして鼻と口を塞ぐんだ」


 俺は自分が使っている布を取り出して湿らすと、いつものアサシンスタイルになるように鼻と口を塞ぐ。


「この先は火災現場だからね。こうして煙を吸わないようにした方がいいんだ」

「わかりました」


 俺から布と水が入った革袋を受け取ったソラは、そっと湿らせて口と鼻を覆う。


「……コーイチさんの匂いがします」

「えっ? 臭い?」

「そんなことありません。とってもいい匂いです」

「そ、そう……」


 マスク越しとはいえ、ソラの弾けるような眩しい笑顔に思わずドキリとしながら、俺は再び彼女と手を繋ぐ。


「少し息苦しいかもしれないけど、我慢できそう?」

「はい……ただ、思いっきり走り続けるのは難しいかもです」

「大丈夫、それは俺も同じだから」


 師匠に倣ってこの鼻と口を塞ぐアサシンスタイルを採用しているが、呼吸のし辛さだけは避けようがない。

 ただ、これは一種の暗示のようなもので、俺はこのスタイルになることでいつもより冷静に、非情に振る舞うことができる……ような気がしている。


「全力で走ると布が張り付いて苦しいから急いで……でも、無理のない速度で行こう」

「はい、行きましょう」


 ソラはクスリと笑みを零すと、再び手を繋いで落としていた速度を上げて駆け出す。



 ライハ師匠の一撃によってかなりの敵が消滅したのか、そこから先は抉れた地面を難なく進んだ。

 だが、魔物はいなくても新たな敵が俺たちの前に立ちはだかる。


「……熱いな」

「はい……」


 思わず顔をしかめる俺たちの前に、赤赤と燃え上がる巨大な火の壁が現れる。


 ただでさえ赤い世界に呑まれているのに、混沌の領域の赤に負けない紅蓮の炎が、渦を巻くように次々と森の木々を飲み込んで自身をさらに大きくしていく。


「クッ、ソラ、こっちへ……」


 正面からの突破は無理だと思った俺は、ソラの手を引いて何処か火の手が弱いところはないかを探す。


 ここに来て俺は、火事というものを甘く見ていたことを思い知る。


 何度か火事や山火事の映像を見たことがあり、普段何気なく使っている火が牙を剥く時の怖さを何となくは理解していたが、頭で理解するのと実際に体験するのとは全然違った。


 何よりジリジリと肌を焼く感覚と、目を開けているだけで激痛が走るほどの熱量を前に、本能が全力で前に進むのを拒んで来る。


 後は吸うだけで意識を失ってしまい、死に至ってしまうと言われている黒い煙も馬鹿にはできない。

 しかも大量の煙によって視界もかなり悪くなっていて、いつどこで接敵するのがわからないのも足を前に踏み出すのを躊躇ってしまう要因の一つになっていた。


「でも……」


 だからといって、安全な後方へ退避するという選択肢はない。

 後方で頑張っている皆のためにも、一刻も早くこの場を抜けてしまいたい。


 ……そう思うのだが、


「ケホケホ……」

「ソラ!」


 ソラが苦しそうに咳き込み出すのを見て、俺は慌てて彼女をその場にしゃがませる。


「ソラ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。ちょっと煙に驚いただけで……」

「煙に……」


 その言葉に、俺はソラに断りを入れて彼女の口元を軽く触る。


「……乾いてる」


 ついでに自分の口元へと手を当ててみると、しっかり濡らしたと思った布が既に乾いているのに気付く。


「そうか、この熱気だから……」


 水で湿らせた程度の布では、ものの数分で乾いてしまうのだ。

 そんな当たり前なことに気付かなかったことに、俺は自分の迂闊さを呪いながらソラに提案する。


「ソラ、一度戻ろう」

「で、ですが……」

「このまま行くのは危険だ。すぐに代替案を考えるから一先ず戻ろう。いいね?」

「……わかりました」


 ソラが頷くのを確認した俺は、彼女の手を引いて姿勢を低くしたまま移動を開始する。


 本当は代替案なんて全く思い付いていないのだが、ああでも言わないと責任感の強いソラは頷いてくれないと思ったからだ。


「だけど……」


 どうにかして、あの火の壁を超える方法を考えなければならない。


 移動手段として真っ先に思いつくのはヴォルフシーカーだが、あのスキルは影の中しか移動できないので、森全体が炎でこれだけ煌々と照らされていると、影がない場所の方が多い。

 もし、ヴォルフシーカーで強行突破を図ろうとして途中で影がなくなり、さらに戻るべき道の影が途切れてしまったら、そこでゲームオーバーになってしまう。


 強行突破を図るのは最後の手段として取っておきたいので、もっと現実的な策を実行したい。


「…………」


 ダメだ。一人で考えても妙案がすぐに思い浮かばない。

 こうなったら自分で振っておいてなんだが、恥を忍んでソラに相談してみよう。


 そう思ったところで、俺のすぐ目の間に何か巨大な影が降って来る。


「えっ?」


 何だろうと思って顔を上げると、


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!」


 そこにはもういなくなっていたと思った虫人が、奇声を上げながら手を振り上げるのが見えた。

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