砂漠で結んだ絆
「ぐうぅ……」
頭が割れそうな痛みに顔をしかめながら、俺は音の音源を探して視線を動かす。
大音響はまだ続いているが、この耳障りな鳴き声には覚えがある。
「ぷぷぅ……」
「そうめん、こっちへ……」
耳が長いせいで俺より音がよく聞こえて辛いのか、目を回しているそうめんを抱き寄せて服の中に押し込みながら首を巡らせ、遂に音の正体を見つける。
「クリミナル……バッド」
呆れるほど巨大な木の上、飛び出した枝にぶら下がりながら叫ぶ緑色の球体の魔物、クリミナルバッドがいた。
倒してきた群れの中にイビルバッドの姿が見えたから、可能性としては上位のクリミナルバッドがいることも十分あり得た。
だが、何もこんな最悪のタイミングで現れなくてもいいだろう。
叫び声を止めたくとも、奴がいる位置までは攻撃は届かない。
泰三のディメンションスラストスローならもしかしてと思うが、いくら泰三でもこの大音響の中で戦うことなど無理だろう。
せめて声の範囲から逃れることができればと思うが、クリミナルバッドの声の範囲はとても広く、エルフの集落まで退避してもどうかというくらいだ。
それに、そんな猶予が俺たちにあるはずもない。
何故なら、動けない俺たちを見てチャンスと見たキングリザードマンが、瀕死のキングリザードマンを手にかけようとしているのが見えたからだ。
「だ、誰か……」
誰でもいい……キングリザードマンを止めてくれ。
そう願いながら背後を振り返るが、クラベリナさんをはじめ援軍に来てくれた人、獣人やエルフだけでなく、行き残っている魔物たちまでもがクリミナルバッドの鳴き声に膝を付いて苦しんでいた。
俺たちだけじゃなく魔物たちまで苦しんでいるのに、キングリザードマンだけ平然としているのは、クリミナルバッドが何かしているからだろうか?
もしかしたら何かしらの防御策があるのかもしれないが、その方法を模索している場合ではない。
「はぁ……はぁ……ぐうぅ!」
歯を食いしばって何とか立ち上がろうすると、視界がグルグルと回り出し、鼻から血がボタボタと垂れ落ちてくる。
ヴォルフシーカーさえ使えれば……地面にさえ潜れればと思うのだが、スキルを使うだけの集中状態へ持って行くことができない。
だけど、ここで無理を通さなければこの世界が滅ぶかもしれないのだ。
だったらここで無茶をしなければ、いつすると言うのだ。
「そうめん……ちょっと辛いかもしれないけど、我慢してくれよ」
俺は胸に抱いているそうめんに声をかけると、覚悟を決めて立ち上がろうとする。
すると、
『コーイチ、無理をする必要はありません』
「……えっ?」
『ここは我々に任せて、あなたはそのままおとなしく寝ていなさい』
「あっ、は、はい……」
聞こえた声からの有無を言わせない強制力を感じた俺は、そうめんが潰れないように気を付けながらそっと地面に伏せる。
『いい子です』
優し気な声が聞こえたと思ったら、俺のすぐ真上を突風が駆け抜ける。
「うぉっ!?」
しかも今度の風は砂漠の地に相応しくない、文字通り身も心も凍ってしまいそうな極寒の風だった。
「うひいいいぃぃぃ……」
あまりの寒さに堪らず丸々と、周囲の木々が霜で真っ白に染まっていくのが見える。
こっちは暑さ対策はしてきているが、寒さ対策はしていないのだ。
頼みの綱は胸の中にいるそうめんの温もりで、俺は申し訳ないと思いつつも、ギュッと茶色い毛玉を抱き締める。
一刻も早く吹雪が去ることを願っていると、程なくして風が止む。
「……止まった?」
「ぷぷぅ」
俺の呟きに「そうかも」と言って胸から顔を出したそうめんと一緒に安堵の溜息を吐くと、
「「――っ!?」」
ガシャン! という音と共に巨大な何かが落ちて来て、俺とそうめんは驚いて抱き合いながらその場から飛び退く。
「な、何だ……」
「ぷぷぅ!」
「えっ、あの魔物だって!?」
そうめんの指摘に落ちてきた塊を見やると、それは氷漬けになったクリミナルバッドだった。
「これは……」
かつてこれと同じ光景を見たことがあると思っていると、
「コーイチさん、ご無事でしたか?」
「えっ? セ、セシリオ?」
「はい、お久しぶりです」
呆気にとられる俺に、砂漠の国の新たな王、セシリオ王が微笑を浮かべる。
セシリオ王の右手にの中指にはキラリと光る指輪が見え、俺は先程の吹雪の正体を知る。
「やっぱりさっきのは、フロストマインの力か」
「はい、まさか再びクリミナルバッドに使うとは思いませんでしたが、間に合ってよかったです。さあ、コーイチさん、奴に止めを」
「ああ、任せてくれ」
俺は頷いてそそくさとクリミナルバッドの背後へ回ると、氷の上に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。
さらに黒いシミから発生した亀裂に沿ってナイフを走らせ、氷ごとクリミナルバッドを両断する。
クリミナルバッドとの再戦は、砂漠での戦いと全く同じ結末となった。
念のためにゾンビ化して復活しないかと警戒しながら、俺は再びナイフを構えてセシリオに話しかける。
「セシリオ、助かった。ここから先は危険だから君は下がるんだ」
「いえ、ご心配なさらずとも、もう大丈夫です」
「……えっ?」
思わず振り返って訝し気に眉を顰める俺に、セシリオ王はニッコリと笑ってみせる。
「我が国最強の剣が、既にあの魔物を駆逐するために向かっていますから」
「最強の剣って……まさか!?」
やっぱりさっき聞こえた声は……、
期待に満ちた目でキングリザードマンがいた方へ目を向けると、この異世界においてはかなり異質な羽織袴の侍が悠然と佇んでいるのが見えた。




