王を断つ
影の中に入ると、途端に周囲の音が消えて静寂に包まれる。
漆黒の海に身を委ねながら、俺は腕の中で小さく震えているそうめんを優しく撫でながら話しかける。
「大丈夫、何も怖いことはないからね」
「……ぷぅ」
影に入る時こそ驚いた様子のそうめんだったが、今は少し落ち着いて顔を上げて不思議そうに影の中を見ている。
ただ、いつまでも影の中で休むわけにはいかないので、俺はそうめんを眼前に持ってくると、赤い瞑らな瞳に話しかける。
「そうめん、ちょっといいかい?」
「ぷぅ」
もちろん、と快く快諾してくれたそうめんと額を合わせた俺は、目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。
脳内に索敵の波が広がり、赤い光点が浮かび上がったところで、俺はそうめんに話しかける。
「そうめん、今見えている光は、外にいる皆の位置を示しているんだ、わかる?」
「ぷぅ」
「うん、じゃあ、この中でキングリザードマンはどれかわかる?」
「ぷぷぅ」
目を閉じているので見えていないのだが、そうめんからの自信に満ちた「わかる」という声と共に、赤い光点の一つが一際赤く光る。
一体どうやって赤い光点の一つを光らせているのかはわからないが、これもきっとアニマルテイムの力なのだろう。
「うん、合ってる」
そうめんと認識を共有しているのを確認した俺は、キングリザードマンの周囲にある赤い光点のいくつかを意識してみる。
すると、思い通りに赤い光点が一際赤く光り出す。
「今から背後に周るから、そうめんはこの光ってる奴を倒して、急いで逃げるんだ」
「ぷっ、ぷぷぅ?」
「うん、全部は倒さなくていいよ。道を開いてくれるだけでいいから。それより、そうめんも無茶はダメだからね」
「ぷぅ~」
念押しすると、そうめんは「は~い」と気怠そうなギャルみたいな返事をする。
……全く、うどんはあんなに素直でいい子なのに、そうめんは血気盛ん過ぎるだろう。
姉弟で全く違う性格に苦笑を漏らしながら、俺は影の中の移動を開始する。
時々、アラウンドサーチを使って周囲の状況を確認していると、キングリザードマンの前方の赤い光点が消えて行く。
流石はクラベリナさんたちということか、リザードマンたち程度では相手にならないということか。
すると、キングリザードマンの背後を守っていた赤い光点が、薄くなった前衛を守るために移動し始める。
「おっ!」
「ぷっぷぷぅ」
そうめんの「チャンスだよ」という言葉に頷いた俺は、影の海を泳いでキングリザードマンの背後へと回る。
影の世界と言うのは不思議なもので、真っ暗で何も見えないのに、何故か行けるところと行けないところだけはハッキリとわかるのだ。
地面の凹凸、岩の形、地を這う根の太さなどを感じながら進む。
さらに重力も無視して進むことができるので、俺はスルスルと音もなく太い木の幹を登っていく。
「さて……」
外に出る前にもう一度、そうめんと額を合わせてアラウンドサーチを発動させ、最終確認をする。
「そうめん、わかってるね?」
「ぷぅぷぅ」
「うん、完璧」
情報を共有した俺たちは、頷き合って太い枝の上に姿を現す。
外に出ても、相変わらず薄暗く不気味な森の光景が飛び込んで来る。
それでも真っ暗闇に比べればかなり明るい視界に、目を瞬かせながら前方へと目を走らせる。
「ほれほれ、踊れ踊れ!」
クラベリナさんの威勢のいい声が聞こえたと思ったら、リザードマンたちが派手に吹き飛ぶのが見える。
「……あの人は、戦う時に叫ばないと戦えないのかな?」
「ぷぅ……」
クラベリナさんに負けないくらいバーサーカー気質のあるそうめんですら、呆れたように「全くだ」と呟く。
だが、そんなクラベリナさんたちの活躍があるから、俺たちに千載一遇チャンスが到来しているのだ。
「そうめん!」
「ぷっ!」
俺の声に、そうめんは「任せて!」と応えて腕の中から飛び出していく。
木の枝を器用に伝って地面に降りることなくスイスイ進むそうめんを見ながら、枝から飛び降りてそのまま影の中へ潜る。
生憎と俺にはあんな身軽に動けるだけの運動神経はないし、キングリザードマンの心臓を貫くには高い所に登る必要があるからだ。
影の海を素早く泳ぎ、あらかじめ目を付けておいたキングリザードマンの背後近くの木に登って一気に外へと出る。
「そうめんは!?」
下を見ると、丁度そうめんが注文通り二体の最後尾のリザードマンの胴を真っ二つにするところだった。
風のように現れ、そのまま駆け抜けて去るそうめんの存在に気付いた様子はない。
そうめんナイス!
俺はしっかり仕事をこなすそうめんに心の中でエールを送りながら、影の中から飛び出す。
重力に引かれるまま落下した俺は、キングリザードマンの首の後ろへと着地する。
「――ッ、ギギャッ!?」
突然の首への衝撃にキングリザードマンが前へ体勢を崩す勢いを利用して、俺は奴の首に足を絡めて支えにして背中に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。
「このっ!」
一気に肘までナイフを突き立てると、黒いシミからひび割れるように線が生まれるので、俺は組み付いていた足を話してキングリザードマンの股間目掛けて走る線をなぞりながら着地する。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!」
果たしてリザードマンの股間がどのようになっているのかは全く興味ないが、背中から股間にかけて引き裂かれたキングリザードマンは血を撒き散らしながら絶叫を上げる。
「ギャギャッ!」
「ギギャアア!」
地面に着地した俺に気付いたリザードマンが武器を手に迫って来るが、俺はそうめんが開けてくれておいた道のお蔭で難なく脱出する。
よし、後はこのまま安全なところまで脱出を……、
そう思って駆け出す俺の視界の隅に何か黒い影が走る。
「……えっ?」
そういえば調停者の瞳を使っていないことを思い出しながら目を向けると同時に、俺の身体に巨大な何かが激突した。




