鬼とウサギ
巨大なアラクネの身体を受け止め、こちらを見てニヤリと笑う男性を見て、脳裏に該当する人物がすぐに思い浮かばなかった俺は思ったことを口にする。
「…………誰?」
その一言に、目の前の男性はガクッ、と膝から崩れ落ちそうになる。
「んのわっ!」
すると当然、男性の受け止めたアラクネの足が重くのしかかり、彼がバランスを崩しそうになるのを見て俺は慌てて前へ飛び出す。
「あっ、危ない!」
「危ないのはコーイチ。あなたです」
背後から冷静な声が聞こえたかと思うと、影があっという間に追い抜いてアラクネに突撃していく。
「ハッ!」
背後から来た人物は、走って来た勢いを活かした飛び蹴りをアラクネへと繰り出す。
自分より一回り以上、小さな人影の飛び蹴りを受けたアラクネは、何処にそんな威力があったのかと思うほど大きく吹き飛び、背後にあった木をなぎ倒してさらに奥へと消えて行く。
「うぇ、ええっ!?」
まさかの光景に驚いていると、アラクネを蹴り飛ばした人物が振り返って俺のことを睨んで来る。
「コーイチ、まさか私たちを忘れたのですか?」
「えっ? ネロさん……あっ!?」
そう言って最初に現れた人物と同じ、褐色の肌を持つ黒スーツに身を包んだ女性、ネロさんの一言である事実を思い出した俺は、大きく息を吐き出している大柄な男性に話しかける。
「すみません、ラドロさん。その姿を見るの久しぶり過ぎて忘れてました」
「いえ、コーイチさんの前では、この姿でいたのは殆どなかったので仕方ないです」
気にしていないと優しい笑みを浮かべるラドロさんを見て、俺は完全に二人のことを思い出す。
グランドの街を出て次に訪れた大きな街、ルストで俺と似ているという理由で巻き込まれた事件の中心にいたのが、ラドロさんとネロさんの姉弟だ。
二人は鬼人というとても珍しい種族で、特に男性は力を発揮させると肉体が変化し、鬼人の象徴でもある角が生えるのである。
といっても、俺が鬼人となったラドロさんを見たのはほんの僅かな時間で、普通の姿で接した時間の方が圧倒的に長かったので、咄嗟に思い出せなかったことは勘弁して欲しい。
「で、でも、どうした二人がここに?」
「ここに来たのは我々だけではありませんよ?」
「えっ?」
ネロさんが呟くと同時に、俺の脇を目にも止まらぬ速さで何かが駆け抜けていく。
驚いて何かが駆け抜けた方へと目を向けると、アラクネの八本ある内の足の二本が吹き飛ぶのが見える。
「な、何だ?」
「コーイチさん、今のうちにあの魔物に止めを!」
「は、はい!」
何が何だかわからないが、今は再会を喜んでいる場合ではないので、ラドロさんの後に続いて前へと出る。
「僕と姉さんが注意を惹きますから、コーイチさんは奴にとどめを!」
「わかりました」
おいしいところを譲ってもらう形で悪いが、効率を考えたらそれが最も適した作戦であるのは間違いない。
「後ろから攻めますから、よろしくお願いします」
俺はラドロさんたちに声をかけながら、素早く周囲に目を走らせて近くの木の影の中へと侵入する。
森の中は殆どが影なので、ヴォルフシーカーでの移動は全く苦にならない。
念のためにアラウンドサーチを使って周囲の安全を確認して、アラクネの背後と思われる場所へと出る。
「オノレ、オニドモメッ!」
影から外へ出ると、力強いラドロさんと素早いネロさんの動きに翻弄されて苦しむアラクネの姿が見える。
さらにそこへ再び空気を切り裂くような何かが走ったかと思うと、さらに二本のアラクネの足が飛ぶのが見えた。
「オノレ! オノレオノレオノレエエエエエェェェ!!」
足を四本も失ってすっかり冷静さを欠いたアラクネは、長い髪を振り乱しながら髪の杭を無茶苦茶に打ち込んでいく。
その攻撃を二人は難なく回避していくが、あの一本、一本が大木を簡単に貫く威力を持っているので、早く倒してしまうのに越したことはない。
「ヒキョウモノドモ、ニゲルナ!」
幸いにもアラクネのヘイトは完全にラドロさんたちに向いているので、俺は足音を殺して背後へと近付き、蜘蛛人間の背中に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。
「――ッ!? ガ、ガアアアアアアァァァ……」
「とどめだ!」
背中に穴を開けられたアラクネが足掻くより早く、俺は黒いシミから走った黒い線に沿ってナイフを走らせ、奴の頭を真っ二つに割る。
ナイフを打ち上げ切ったところでアラクネの蜘蛛の胴を蹴って大きく後ろに跳ぶと、奴が緑色の血を噴き出しながら倒れるのが見えた。
どうやらアラクネの本体は、あの人間部分で間違いないようだ。
倒れたまま動かない巨大な蜘蛛の魔物が再び動き出さないかと注視していると、俺の足元に何かがやって来る。
「……あれ?」
長い耳を持つ茶色い毛玉を見て、俺は先程のアラクネの足を斬り飛ばした正体を知る。
「どうした、うどん。ミーファの方はいいのか?」
「ぷぷぅ」
「えっ、違う?」
俺の声に目の前に立つ茶色いウサギが首を横に振ると、肩に何かがふわりと乗って来る。
「ぷっ、ぷぷぅ」
「えっ、そうめん?」
「ぷう、ぷぷぅ」
俺の言葉に「そうだよ。久しぶり」と言って頬擦りするうどんのお姉さん、そうめんに続いて、前に座るウサギから自分はしらたきであると伝えられる。
「う、うん、しらたきも久しぶりだけど、どうして君たちが、もしかして他の皆も?」
「ぷぅ」
俺の疑問に肩に乗ったそうめんは、自分としらたきだけ呼ばれてきたと言って、再開を喜ぶように俺の胸にスリスリと身体を擦り付けて来る。
「呼ばれたって……」
もしかして、そうなのか?
そう思っていると、
「ええ、コーイチの考えている通りです」
顔に出ていたのか、ネロさんが自分の頬を指差しながらある事実を告げる。
「我々がここにいるのは、ソラさんに喚ばれたからです」




