帰らぬの森の動物たち
ミーファが勢いよく手を振り下ろすと、声に応えるように無数の影が動き出す。
天を覆う木の葉が動いたと思ったら、それは無数のコウモリで、迫るゴブリンたちの前に壁のように立ちはだかると、威嚇するように羽根を広げる。
「グギャッ!」
「ギャギャッ!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!」
すると、突撃してきたゴブリンたちが突如として苦しみ出す。
ある者は頭を押さえて蹲り、ある者はひっくり返って泡を吹き、またある者は目から血を噴き出して倒れる。
「い、一体何が……」
「音だよ……とびきり耳障りな」
驚く俺に、頭の上の三角形の耳を押さえて顔をしかめているシドがコウモリを指差す。
「あいつ等の口から嫌な音が出ているんだ。それが、魔物たちを苦しめている」
「そうか、超音波か……」
コウモリといえば、暗闇の中で超音波を発して周囲の環境を把握するエコーロケーションという能力がある。
砂漠イルカたちも超音波を使って周囲の把握やコミュニケーションを取っていたが、あのコウモリたちは超音波を攻撃に使っているようだった。
超音波故に俺の耳には全く聞こえないが、それでもあのコウモリの前に立てば、きっとゴブリンたちと同じように苦しみ、のたうち回って死んでしまうだろう。
超音波を出し尽したのか、コウモリたちがサッと身を引くと、今度は地鳴りが聞こえて来て、子供の背丈ほどもある丸い大きな岩が横一列に並んで転がって来る。
「――ギギャッ!?」
横から飛び込んで来た乱入者に、ゴブリンの背後にいたリザードマンたちが驚いたように身を翻すが、転がる岩の速度の方が上で、トカゲの魔物たちは吹き飛ばされ、轢かれ、下敷きになっていく。
泡を食ったように魔物たちが逃げ出すと、今度は上空から矢のように細長い黒い影が矢のように降り注ぎ、魔物たちを串刺しにしていく。
「す、すご……」
何が起きているのか殆ど見えないのだが、魔物たちが次々と倒れ、敗走しているのだけはわかる。
帰らぬの森の動物たちが、それだけ恐ろしい力を持っているということでもあるのだが、
「あれを本当にミーファが?」
「信じられないけどな」
俺もシドも、目の前の光景が信じられなかった。
エルフの集落から忽然と姿を消したと思ったら、凶暴な動物たちを操って魔物を撃退している。
そう聞いて、その正体が我が家の天使であるミーファであるとは、誰が信じることができようか。
「とりさん、むちゃしないで“ ねこさん、おねがい!」
何かに気付いたミーファが大きな声を上げると、巨大な黒影が飛び出してくる。
その影は、俺たちがさっき出会った黒猫だった。
「ガウッ!」
黒猫は「仰せのままに」と言って前へ飛び出すと、二本の尻尾を突き出して先から何かを発射する。
すると、逃げる魔物たちの間を縫って反転攻勢に出ようと前に出てきたトロルが、黒猫が発射した液体が直撃する。
「アアアアアアアアアアアアァァァァァッ…………」
黒猫が発射した液体を浴びたトロルは、叫び声を上げながら仰向けに倒れたかと思うと、ジュウウゥ、と何かが焼けるような音を響かせながら大量の白い煙に包まれていく。
さらにそこへ黒猫が追撃をするように尻尾から液体を発射すると、トロルの全身があっという間に見えなくなる。
ほどなくして煙が晴れると、そこにはトロルの姿はなく、代わりに黒い水溜まりができていた。
どうやら俺たちがここに来るまでに見た黒い池は、シドが言う通り魔物たちが溶けてなくなった成れの果てのようだ。
その後も黒猫は軽やかな身のこなしで縦横無尽に駆け巡り、魔物たちを次々と溶かしていく。
このままいけば、きっとここも黒い池だらけになるのだろう。
だが、こんな光景を見せられて手放しに喜ぶことなんてできなかった。
もしかしたらミーファは、俺たちが戦力で不利なのを察して、自分にできることを……いつの間にか仲良くなっていた森の動物たちと一緒に立ち上がってくれたのかもしれない。
しかし、戦いに参加するということは、命のやり取りに参加するということだ。
ロキとうどんが一緒にいる限り、万が一が起きる可能性は低いかもしれないが、それでも幼いミーファが危ない目に遭う可能性は可能な限り排除したいと思った。
「コーイチ……」
「ああ、わかってる」
想いは同じであろうシドの言葉に頷いた俺は、応援の声を上げているミーファへと近付き、感情を押し殺して静かに話しかける。
「……ミーファ」
「あっ、おにーちゃん、それにシドおねーちゃんも」
俺たちの姿を見たミーファは、ロキの背中から飛び降りて嬉しそうに駆け寄って来る。
気持ちは嬉しいけど、もうこんな危ないことは辞めよう。
ミーファの代わりに、俺が後を引き継いで森の動物たちと戦うから。
そう言おうと思ったが、
「あのねあのね、ミーファにもママがいたの! ニーナちゃんとおんなじ、ママがいたんだよ!」
「えっ?」
ミーファから飛び出した思いもよらない一言に、言おうとしたことが全て吹き飛んでしまった。




