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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第9章 青薔薇の歌姫

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06 とにかく休みましょう。~ターク様は限界です~

 場所:タークの屋敷

 語り:小鳥遊宮子

 *************



「はぁ……なぜこんなことに……? いくら戦力不足とはいえ、ミヤコたちを連れて行こうなんて……」


 床に両手をついたまま、ターク様がボソボソとボヤいている。


 彼女の実際のサイズ以上に、ガルベルさんが存在感を発していたせいか、彼女が出て行った後の客室は、なんだかガランと広くなったように感じた。


「大丈夫ですか?」


 なんとか気を取り直した私は、ターク様の前に回り込んだ。


 ようやく顔を上げたターク様は、光っていてもはっきりとわかるくらいに顔色が悪くなっている。



「とにかく、ソファーに移動しましょう」


 私に促され、のそのそと移動するターク様。


 ソファーテーブルのうえに残されたままのティーカップには、ベットリと赤い口紅の跡がついていた。


 ターク様はそれを横目で見ながら、ブルブルと身震いしている。


 私は慌ててティーカップをワゴンに片付け、目につかない場所まで移動させた。



「すごい人でしたね……」


「すごいなんてもんじゃないぞ……」



 ターク様はどうやら、カミルさんからガルベルさんが屋敷に向かったと聞いて、私を隠そうと慌てて帰ってきたらしい。



「まさかこんなに早くお前に目をつけられてしまうとはな……」


「私なんかが戦地に行って、本当に役に立つんでしょうか?」


「あぁ……。ガルベル様の言うように、お前やマリルがいれば少しは戦況が……」



 ターク様はそう言いかけて、いやいや、という風に首を横に振った。


 そんなターク様を見ながら、私はこんなことを考えていた。



 ――私も出来れば戦地なんかにはいきたくないけど……。


 ――だけど、ターク様は長引く戦いに苦しむ人々のために、いつだって心を傷めているわ……。


 ――もしかすると、これは、ターク様に恩返しする、絶好のチャンスなのでは……!?


「あの……ターク様! 私、頑張りますよ! 歌を歌うだけみたいですし……!」



 つい、テンションの上がった私が、張り切りだしたのを見て、ターク様はものすごくゲンナリした顔をした。



「おいおい……やめてくれ」


「だけど、ターク様に恩返しできるなら私……」


「バカ言うな。そんな簡単な場所なものか。マリルやカミルですら心配なのに、お前なんか行かせられる訳がないだろ」


「そ、そうですよね……」


「だいたい、お前を戦地なんかにやってみろ、私はタツヤに呪い殺されてしまう。あー! くそ……タツヤが(うるさ)すぎる……。あー、頭がいたい」


「あわわ……達也、お願い、落ち着いて!」



 ターク様はますます頭を抱えて、ぐでっとソファーテーブルに突っ伏してしまった。


 すっかり強がる余裕もなくしているみたいだわ……と思っていたら、ターク様は急に、キリリと顔を上げて言い放った。



「く……お前たちを戦地に送り込むくらいなら、私がいますぐポルールに戻ってあいつらを一網打尽(いちもうだじん)にしてやる」


 ――おぉ……? ターク様、やる気……?



 と思った次の瞬間、ターク様の額から、変な汗がどんどん噴き出してきた。


 目の焦点があわなくなって、明らかに目を回している。


 口からブクブクと、小さな泡が立って、ガクッと崩れ落ちたターク様は、顔面を思い切りテーブルの(かど)にぶつけた。


 ガチャン! と大きな音がして、テーブルのうえに血が広がっていく。



「ターク様!? 大丈夫ですか!?」



 大慌てでターク様の顔を持ち上げると、血はついているものの、ケガはすでに治っていた。



 ――外傷に強い!



 ターク様をなんとかソファーに寝かせ、私は彼の手を握りしめた。


 ポルールには行けないといっていたターク様だけど、まさか行くといっただけで気を失ってしまうなんて……。


 すぐに目を覚ましたターク様は、驚いた顔で起き上がった。



「なんだ……? どうなった?」


「ターク様、無理はダメですよ」


「あぁ……だがな……ガルベル様は湿地の闇魔導師なんかより、よほど恐ろしい人なんだ。いますぐ私が行かないと、お前たちを連れて行かれてしまう……」



 天井を見上げたまま、苦しそうに眉根を寄せるターク様……。



「どうして私は……こんなに情けないんだ……?」


「ターク様、これ以上考えるのはやめて、一度休みましょう。最近また、眠れてないんじゃないですか? 私のことより、ターク様のほうが心配です」


「休むって……いまはまだ夕方だぞ」


「ターク様は療養中なんですから、いつ休んだっていいんですよ。ほら、いつまでも鎧なんか着てないで早く脱ぎましょう!」


「あ……あぁ……え?」



 私が鎧を脱がそうと留め具に手をかけると、ターク様は慌てて立ち上がった。



「わ、待て待て、自分で脱ぐから」


「それじゃぁ、お風呂の準備をして、着替えをお持ちしますね。あ、食欲はありますか?」


「いや……いまにも吐きそうだ」


「きちんと食べたほうがいいですよ。いつから食べてないんですか?」


「ウィーグミンの帰りにパンを……」


「はぁ!? 何日たってると思ってるんですか? いい加減にしてください!」



 ターク様のあまりの不摂生に、私が思わず大声を上げると、ターク様は驚きに目を丸くして「えっ……」と小さく後退(あとずさ)りした。



「お食事ご用意しますから、きっちり食べてくださいね?」


「あ、あぁ……」



 私はそれから、テキパキとターク様の休む準備を整えた。


 言われるままお風呂に入り、「こんなこわいメイドになるとはな……」と、文句を言いながら食事を摂るターク様。



「それじゃぁ、もう寝ましょうか!」



 私はそう言って、ターク様をぐいぐい押しながらベッドへ連れて行った。


 以前は私に押されたくらいではびくともしなかったターク様が、「しかし、いまは寝てる場合じゃないぞ」と、文句を言いながらも押されるままベッドのほうへ後退りしていく。



「いいからいいから!」


「わ、おい、押しすぎだ……」


「きゃっ、ごめんなさい」



 私に押されたターク様がベッドにあおむけに倒れ、勢い(あま)った私はターク様の上に乗ってしまっていた。


 慌てて離れようとする私の腕を、ターク様ががっしりと掴む。



「ま……まって……行かないで」


 ――え?



 いつもなら、「まて!」と命令口調のターク様が、まるで、おねだりする子犬のようにすっかり可愛くなってしまっている。


 照れたように少し赤くなった顔。

 うるうると潤んだ瞳。



 ――これ、本当にターク様?



 妙に胸がドキドキして、彼から目が離せない。


 トキメキ……というよりは、嫌な予感……といった感じだ。



「ど……どうしましたか?」


「どうって……私は……お前がいないと眠れないとはっきり言ったはずだぞ」


「ターク様、最後に眠れたのはいつなんですか?」


「ウィーグミンでピエトナと……」


「それもう、一週間以上前ですけど……」


「いや……青いドレスの……」


「それでも五日前ですよね」


「だから頼んでるんだろ」



 ターク様は、私をひょいと持ち上げると、ぽいっとベッドの上に置いて、隣に横になった。


 胸に抱えたピエトナ抱き枕越しに、しっかりと私の腕を掴んでいるターク様。



「私はもう、限界だ……」



 酷く弱々しい掠れた声……。不死身の身体を持つ彼が、こんなになるまで、眠れないなんて……。



 ――なにかひとつでも、ターク様の悩みが解決しますように……。



 子守唄を歌うわけにもいかないので、腕を伸ばしターク様の髪を撫でてみる。


 柔らかくて、フワフワで、触れるたび光の粒が舞っている。


 ターク様はピエトナ抱き枕の頭越しにじっと私を見つめたままだ。



「ターク様、目を閉じないと眠れませんよ」


「ミヤコ……私が寝たら出ていこうと思っているな……?」


「あ、はい。まだ掃除が途中で……」


「ダメだ。私の目が覚めるまでここにいるんだ。分かったか?」


 ――ご命令とあらば、私はいつまででも、あなたのそばにいますよ!



 私が勢いよく頷くのを見て、少し口元を緩ませるターク様。



「それと……もう、ポルールに行こうとかバカなことは考えるなよ。ガルベル様は私がなんとかするから」


「分かりましたから! 余計なこと考えずにいまは休みましょう、ターク様」


「よし……」



 ターク様は、ようやく安心したように目を閉じた。



 ――ターク様をなんとか元気にしてあげたい……。



 見た目には、前となにも変わらなく見える彼だけど、明らかに前より気持ちが弱っているみたいだ。


 なんだか今日の彼は、小さな子供みたいに見えた。



 宮子たちをガルベルさんに連れて行かれそうになり、ますます落ち込むターク様。こんなことなら自分が行く! と気合を入れてみますが泡を吹いて倒れてしまいます。


 そんな様子を見かねてあれこれ世話をする宮子をターク様はベッドに押し込んでしまいました。


 次回、夜中に突然目覚めたターク様の様子に宮子は驚愕します。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
ターク様は心労が絶えないようです、気の毒に。 一つずつでも悩みが解決していくといいですね。 頼もしくなった宮子がそのための力になってくれると信じます!
[良い点] 学徒動員する程に、ボルールは追い込まれている戦況ということなのでしょうか? 戦争に負ければ皆殺しかもですし、ガルベルは戦力調達にマリルをも使うのでしょうね。 それは避けたいターク様ですが、…
[一言] ターク様も自分が戦地にいけない状態が続くのは辛いことでしょうね。 ですが今はまず回復を最優先でみやこを守りつつ頑張って欲しいですね(っ ॑꒳ ॑c)
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