05 ポルールからの迎え。~ターク様のトラウマ~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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書斎の隣の客室に移動すると、ターク様とガルベルさんは、向かい合ってソファーに座った。
ワゴンで運んできたティーポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ私。
お茶出しは初仕事だけど、いかにもメイドって感じがして、少し楽しかった。
――まぁ……こんな険悪な雰囲気でなければ、だけど。
さっきからずっと睨み合ったままの二人。
ターク様とガルベルさんの関係性は分からないけれど、あまり仲が良くないのは確かみたいだ。
「いったいなにしに来たんですか?」
ツンケンした声で尋ねるターク様に、ガルベルさんは不満そうな顔をして言った。
「私の可愛いタッ君の顔を見にきただけよ」
「僕はガルベル様の持ち物じゃありません」
苛立った顔ですっとガルベルさんから目を逸らすターク様。
腕組みをしてぷりぷり怒っていたガルベルさんも、プイッと横を向く。
――いったい、この二人、なにがあったの?
只ならぬ二人の様子に、ソワソワしていると、ガルベルさんが拗ねたように文句を言い始めた。
「なぁによ! 冷たいわね! 小さい頃はいつも、綺麗なガルベルおねぇさんって、私について歩いてたのに!」
「あ、あれは、あなたが僕に……!」
「なぁに? 私がどうしたの?」
「……!」
ターク様が唇を噛んで黙り込むと、ガルベルさんは「ふふん」と、得意げな顔をした。
ターク様が小さい頃……。
十年前だとしても、ガルベルさんは五十二歳だ。
だけど、今でもギリギリ二十代にも見える彼女を、ターク様がお姉さんだと思い込んでいても不思議はない。
彼女の実年齢を知って、ターク様はショックを受けてしまったのだろうか。
「お二人とも、お茶が入りましたよ。そんなにピリピリして、いったいどうしたんですか?」
私が紅茶を並べ始めると、ガルベルさんはクルッと私のほうに向きを変えた。
「歌姫ちゃん、ごめんね。タッ君があんまり冷たいから。でも、もういいわ、タッ君なんて。私、あなたが気に入ったの。歌姫ちゃん、私と一緒にポルールへ行きましょう!」
ガルベルさんの唐突な誘いに、私が驚きの声を上げるより早く、ガタン、と音を立てて、ターク様が立ち上がった。
「バカなこと言わないでください!」
戦地に誘われたこと以上に、ターク様の大声に驚く。
――ターク様がこんなに声を荒げるなんて……。
彼の表情がますます険しくなって、ギリギリと歯をくいしばる音が聞こえてくる。
それでもガルベルさんは、なに食わぬ顔で話し続けた。
「タッ君、あなた、ずっと歌姫ちゃんを屋敷に閉じ込めてるらしいじゃない。なんなの? 人を自分のもの扱いして不自由にしてるのはタッ君のほうじゃないの?」
「な! 僕はあなたとは違います! あなたは、僕にチャームをかけて連れ回してたんですよ!?」
――な! なんですと……!?
とんでもないことを叫んだターク様を見上げて、私は目を見開き、ポッカリと口を開いた。
私と目があったターク様は、「しまった」という顔をして、慌てて目を逸らす。
そして、真っ赤になった顔を隠すように、腕で顔を覆い、横を向いて座り込んだ。
まさか、ターク様にそんな過去があったなんて。これではターク様が警戒心丸出しなのも無理はない。
それでも彼女に敬意を込めた話し方をしているのは、よほど彼女が怖いからだろうか。
「だから、そんなの十歳のときの話じゃないの。ピカピカしてて可愛かったんだもの。もう、何度も謝ったでしょ?」
「あーもう……」
うっかり話してしまったのがショックだったのか、すっかり元気がなくなってしまったターク様。
大きなため息をついて、頭を抱えながらも、目だけはギロッとガルベルさんを睨んでいる。
「とにかく、ミヤコを戦地に連れていくなんてとんでもないですよ。そんなこと、僕が絶対許しません」
「タッ君は関係ないでしょ。私は歌姫ちゃんに聞いてるの。ね? 一緒に行きましょうよ! あなたのその力があれば、闇魔導師も魔獣もぶっ潰せるわ! きっと楽しいわよ」
ターク様の牽制をものともせず、ガルベルさんは立ち上がると、「素晴らしいでしょ」と言わんばかりに両手を広げた。
「なにを言ってる!?」
驚いてガルベルさんを見上げる私とターク様。
「私の力でぶっ潰す……?」
「そうよ! しかと見なさい、私の魔力を! 空っぽだったのに、さっきの歌で全回復したのよ!」
「そんな……まさか!」
見ると、ガルベルさんの魔力は確かに満タンになっていた。
だけど、私はそれ以上に、彼女の魔力の最大値の、桁が一つ多いことに驚いていた。
「さ、最大魔力二六〇〇〇!? ターク様の二十倍じゃないですか!?」
「そうよ。この魔力量をあなたは三、四分で回復したの。自分の魔力を使わずにね。しかも歌だから、魔導士たちを集めて聞かせれば、みんなの魔力をあっという間に回復できるわ!」
「わ、私にそんなことが……?」
「ポルールはタッ君が居なくなってからギリギリの状況が続いてるの。本当はタッ君を迎えにきたんだけど、まだダメみたいね。ふにゃふにゃしてるあなたを見ていたらよく分かったわ。戦意なんて微塵もないじゃない。私はタッ君の代わりに歌姫ちゃんをポルールに連れて行くから」
勢いよくそう言い放つガルベルさんを、私は大きな口を開けたまま眺めていた。
――ポルールって、確か、六メートルの魔物がうじゃうじゃいるんですよね……?
青い顔でターク様に目をやると、同じくポカンとしていた彼は、慌てたように立ち上がった。
「ま、待ってください、ガルベル様。僕は戦いに巻き込むためにミヤコを解放したわけじゃない!」
「あら、この国にいて、戦いに巻き込まれずに過ごせる人がどれだけいるの?」
「だけど、彼女は……」
「嫌だわ。不死身の大剣士がこんなに意気地無しなのが知れたら兵士たちの士気が下がっちゃう。その前に歌姫ちゃんを連れて行きたいわ。タッ君の言うことなんて、聞いてあげないからね」
「ガルベル様! 待ってください!」
必死に声を上げるターク様に、ガルベルさんは冷たい視線を向ける。
「今のあなたに私を止める力はないわね。あ、後ね、マリルンとカミルンも連れて行くから」
ターク様は、さらに目を見開き、硬直したように固まってしまった。
今にも倒れてしまいそうなターク様が心配で、私も少し頭がクラクラしてくる。
そんな私たちにちらりと目をやって、「じゃ、もう行くわ」と、彼女は扉に向かって歩き始めた。
「待ってください! マリルはまだ十五の学生です。カミルだって、あいつはケガばかりで……」
焦った顔で追い縋るターク様を、彼女は面倒臭そうに振り返った。
「なんなの? タッ君だって十五歳から戦地にいたじゃないの。マリルンの魔術は大人顔負けよ。歌姫ちゃんが歌ってくれればかなりの戦力になるわ」
――え、私マリルさんの魔力回復係!? 無理無理無理……! そんなの、命がいくつあっても足りません!
私の頭から、ますます血の気が引いていく。
「カミルンだって、あなたに希望を託せないと分かれば、放っておいても戦地に来るはずだわ」
――もう、やめてあげてください……!
こんな状況でも、口をパクパクさせることしか出来ない私。
不敵な笑みを向けたガルベルさんは、立ち尽くすターク様の首元に腕を回した。
ごくりと生唾を飲んだターク様の耳元で、彼女は囁く。
「可愛いタッ君はそこで、戦いが終わるまで指でもしゃぶってればいいわ」
ターク様は「くっ……」と怒りの声を漏らし、ガルベルさんを振り払った。
その拍子にターク様の足元がぐらりとふらつく。
彼女の息がかかった耳を片手で抑え、悔しさに震えて……。
彼は片膝を床についたまま、今までよりいっそう険しい顔でガルベルさんを睨んでいる。
――ただでさえ弱っているターク様を、ここまで追い詰める人がいたなんて……。
「歌姫ちゃん、考えておいてね。また迎えにくるから」
後ろ手を振りながら、フンフンと鼻歌を歌い、ガルベルさんはそのまま、部屋を出て行ってしまった。
――確かに彼女は、恐ろしい魔女だわ。
床に膝をついたままのターク様の隣に、私はペタンと座り込んでしまった。




