04 恐ろしい魔女。~ミヤコは渡しません~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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メイドになった私は、床の掃き掃除をまかされ、箒を持って屋敷内を回っていた。
――いったいいくつ部屋があるのかしら。掃いても掃いても終わらないわー♪
屋敷から出るなと言われたときは少しガッカリしたけれど、ターク様のお屋敷は驚くほど広かった。
たくさんある部屋にはそれぞれに素敵な調度品が置かれていて、かなりの見応えがある。
私は周辺に人の気配がないのを確認しつつ、歌いながら各部屋を掃いて回った。
「頼ってよー 僕の力ー♪
頼りなく見えるかもしれないけど
意外と役に立つよー♪」
私がせっせと箒を動かしていると、背後から「こんにちは、メイドさん」と、だれかに呼びかけられた。
――あれ? だれもいないと思ってたんだけど……。
振り返ると、扉から知らない女性が覗き込んでいる。
「素晴らしい歌ね!」
「ありがとうございます!」
私の歌を褒めてくれた彼女は、いかにも魔女っぽいお姉さんだった。黒いとんがり帽子に黒いローブ姿。手には箒を持っている。
髪はアメシストのような美しい紫で、ゆるくウェーブしながら腰まで伸びていた。
歳はたぶん三十歳くらいだろうか。若く見えるけれど、なにかものすごく大物のオーラを感じる。
――すごい、きっと本物の魔女だわ!
私が感動していると、彼女はカツカツとハイヒールの音を鳴らしながら部屋に入って来た。
足はすらりと長く、胸とお尻は大きくて、ウエストはキュッとしまっている。
歩く姿はまるで、スーパーモデルのようにかっこよかった。
「いい歌だわ。しばらくここで聴かせてもらっていいかしら?」
彼女は私の近くのソファーを指さしてそう言った。
歌うときは気をつけろとターク様に言われたけれど、歌を聞かれてもなにも起こらなかったみたいなので大丈夫そうだ。
「いいですよ。下手ですが、本当にいい歌なので。掃除しながらですが大丈夫ですか?」
「ええ。ここに座ってるけど気にしないで続けてね」
金の装飾が施されたアンティークなソファーに、美人の魔女が足を組んで座っている様子はとても絵になっていた。
ついつい、うっとりと見ほれてしまう。
――いけない、掃除掃除!
箒を動かし、さっきの歌を歌う。
中学のときコーラス部で練習し、歌のコンクールにも出た私の十八番だ。
「こんなに側にいるのに
眩しくてきみが見えないー♪
伝えたい想いは言葉にしよう
目を細めてもいいからー♪」
魔女さんはまるで、演奏会でも聴きに来たかのように静かに耳をすませていた。
そして、私が歌い終わると、立ち上がり、興奮した様子で拍手をしてくれた。
「本当に素晴らしいわ! ありがとう! 感動しちゃった!」
「そ、そんなに褒めてもらうほどのことは……」
さすがに少し恥ずかしくなって、顔を赤らめながら口をもごもごさせる私。彼女はそんな私を見て、瞳をキラキラと輝かせた。
「なんて可愛いの! 私の歌姫になって!」
突然そう叫びながら私に飛びついてくる魔女さん。
大きな胸に弾き飛ばされそうになって、少しよろけた私を、魔女さんはしっかりと抱きしめた。
「お願い、お願い! 私と一緒に来てちょうだい!」
「ど……どこへですか?」
突然のことに戸惑っていると、「ガルベル様、こんなところに居ましたか!」と大きな声が聞こえて、開いた扉からターク様が飛び込んできた。
なんだかとても慌てながら、彼女を探し回っていたような様子だった。
「あら、タッ君じゃない」
「え? ガルベル様……? え? タ、タッ君……!?」
魔女さんは、私に抱きついたままターク様を振り返る。
呆れた顔で眉を顰めるターク様。
そして私は、ターク様が小さい頃の達也と同じ愛称で呼ばれていることに、ただただ衝撃を受けていた。
「ガルベル様、こんなところでミヤコになにを……?」
「あら、この子がカミルンが言ってたミヤコちゃんなの?」
驚いた顔で私を見る魔女さん。
どうやらこの人が、噂の大魔導師ガルベル様のようだけれど、怖い魔女のばあさんだと聞いていた割りには、若くて綺麗すぎる気がする。
「ミヤコを放してください」
ターク様にじっとりとした眼差しで見つめられた彼女は、ますます私を力強く抱きしめた。
「嫌よ。この子かわいいから、連れていくわ」
彼女の大きな胸に埋まりこみ、アップアップともがく私を、ターク様が少し強引に引っ張って引きはがした。
「なによ、力づくね」
「あなたのような恐ろしい魔女に、ミヤコは渡しません」
険しい顔でガルベルさんを睨んだターク様は、私の腕をしっかり掴んだまま、私を彼女から隠すように自分の後ろに押しやった。
ターク様は、なぜか酷くガルベルさんを警戒しているようだ。
「あら、タッ君、まだあのこと怒ってるの? いい加減、私にそんな顔をするのはよしてちょうだい」
「あなたこそ、いい年して、気に入ったからと何でも持って帰るのはいい加減にしてください。ガルベル様、フィルマン様より年上ですよね。確か今年六十二歳……」
「えぇ? 六十二……!?」
「タッ君!? それは言わない約束でしょ!?」
「ガルベル様こそ、その呼び方、もうやめるって言いましたよね……!?」
「そんなこと言った覚えはないわ! タッ君! タッ君! タッ君!」
興奮してギャーギャー喚くガルベルさんと、イライラを隠そうともしないターク様。
私は青ざめた顔でターク様の陰から二人を見上げていた。
――なになに!? なんだかすごく怖いんですけど!? 怖い魔女のおばあさんってそういう意味なの!?
ターク様とガルベルさんは睨み合ったまま固まってしまった。
お互いの目から電撃がバチバチと飛び交っているのが見えそうだ。
二人のただならぬ雰囲気に、私は冷や汗をかきながら二人の間に割って入った。
「あのぅ、ここは埃っぽいですから、お茶をご用意いたしますので、客室に移動なさいませんか?」




