03 傷心のターク様。~恥ずかしいリクエスト~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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マリルさんにプロポーズすると言って出かけたターク様は、大量のお土産を買って帰ってきた。
彼は書斎にお土産の山を築くと、メイド達を全員呼び寄せ「好きなものを持っていけ」と、得意げな笑顔を見せた。
メイドたちはキャーキャー言いながら大喜びだ。ターク様はその様子を満足そうに、微笑みを浮かべながら眺めている。
――ターク様、プロポーズ成功したんですね! こんなに上機嫌でお土産を買ってくるなんて、浮かれちゃって可愛いです!
ドレスにお菓子にアクセサリー。前に王都で一緒にウィンドーショッピングをしたときに、私が気に入って眺めていたものがたくさん混ざっている。
私はあのとき森で食べたお菓子の缶を見つけ、周りのメイド達に負けじと目を輝かせながら、土産の山に手を伸ばした。
だけど、ふと気になってもう一度ターク様をみると、キラキラオーラのせいで本当に分かりにくいけれど、どうも顔つきが暗い気がする。
――あれ? 落ち込んでる? え……まさか……ターク様……?
さらによく見ると、ターク様はしおれた花束を抱えていた。どうやら、マリルさんと出会って以来、私が一番心配していたことが起こってしまったようだ。
――どうしてすぐに気がつかなかったんだろう。豪華なお土産にすっかり気を取られていたわ……。
目の前の風景がグラグラ揺れ落ち、暗くなっていくような感覚が私を襲う。
――私のせいで、ターク様の幸せを壊してしまった……! あぁ! ターク様……! 本当にごめんなさい。
お土産に騒ぐメイド達の中で、立ち尽くしたまま自分を見つめている私の視線に気付くと、ターク様は気まずそうにふいっと顔を背けた。
――あぁ……、どうしよう、どうしたら……。
そのとき、固まっている私に気付いたサーラさんが、「ミヤコ? どうしたの?」と、私の肩をたたいた。
「早く欲しいものを取らないから、なくなっちゃったわよ?」
「あ、本当ね……ついぼーっとしちゃった」
「もう、何してるの? それじゃ、私、たくさん貰ったから、これあげるね」
サーラさんはそう言って、私にドレスを一着渡してくれた。それは、王都で、ターク様が私に似合うと言っていた、青い薔薇のドレスだった。
「ありがとう」と言ってドレスを受け取り、顔を上げると、そこにはもうターク様の姿はなかった。
「あら? ご主人様、ベッドルームへ行ってしまわれたみたいね。お疲れだったのかしら。あらあら、花束が、萎れてる。花瓶に挿しておきましょうね」
メイドの一人が書斎の花瓶に花束を飾ろうとしている。
「ターク様が、それはメイドの部屋に飾るように言ってましたよ」
私はそう言って、花束をメイドの部屋へ持って行ってもらった。
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ワイワイしていたメイドたちがみんな部屋に帰ると、私は恐る恐るターク様のベッドルームの扉をノックした。
「ターク様……?」
「なんだ、ミヤコか。どうした?」
彼はベッドの背にもたれかかり、本を読んでいるポーズをしている。しかし、手に持った本がどう見ても上下逆だった。
「ターク様、大丈夫でしたか? 今日……その……」
「なんの話だ」
「プ、プロポーズは、上手く行きましたか?」
私がそう尋ねると、ターク様はまた顔をふいとそらした。
「私のプロポーズが失敗するわけないだろ」
「ごめんなさい、ターク様。私のせいですよね。私が、ここにずっといたから……」
「な! だから、失敗してないって言ってるだろ!」
「でも! ターク様、バレバレですよ! あーん、ごめんなさい……!」
私がしくしくと泣き出すと、ターク様は大慌てで立ち上がり、私を引っ張ってベッドに座らせた。
「またお前は……。泣くのはよせといつも言ってるだろ」
「だけど、私のせいで、ターク様が……」
「私がバカだっただけだ。お前のせいじゃない、頼むからいちいち泣くな。泣きたいのは私なんだ」
ターク様がそう言って私の肩を抱くと、今日水仕事で作ったアカギレがスゥッと治っていく。
「ターク様、泣きたいときまで治療するの、やめてください」
私は、ターク様の元気のないときにまで、御構い無しにでてくる加護の光がなんだか恨めしかった。
――どうしてもう少し、ターク様の気持ちに寄り添ってくれないの?
そう思うけれど、癒しの加護を悪く言うことは出来ない。それで思わず、そんなことを言ってしまった。
「勝手をいうな。私だって好きでいつも光ってるわけじゃないぞ。一体なにをしに来たんだ? バカにしに来たならメイドの部屋に帰れ」
私の言葉にムッとしてしまったターク様。
もっと、ターク様に伝わるように言葉を選ばないといけなかったようだ。
「私、ターク様を慰めに来ました。どうしたら元気になりますか? ツボ、押しますか?」
彼は少し考えて、「いや、今日はいい」と首を横に振った。
「それじゃぁ、眠くなる歌を歌いますか?」
「それは……大丈夫だ」
「じゃぁ、どうしたら、ターク様は元気になりますか?」
そう尋ねる私を、ターク様はじっと見つめ返してきた。悲しみに沈んでいた黒い大きな瞳が、期待に輝いているのがわかる。
への字に閉ざされていたターク様の唇が少し開いて、なにかを言おうとしている。
――これ、しまったかも……。
と、私が身構えたとき、ターク様は私が抱えている青いドレスを指差した。
「それ、気に入ったのか?」
「あ、はい、先ほどいただきました。ありがとうございます」
「なら良かった。お前がゴイムから解放された祝いだ。だがお前だけにやるわけにいかないからな」
「そ、そうだったんですか!? ありがとうございます」
――そのために、メイド達みんなにお土産を!? すごい量だったけど……。
私はドレスを譲ってくれたサーラさんに感謝しながら、改めてその青いドレスを眺めた。
アクセントの青い薔薇はかなり大きいけれど、目立ちすぎず、上品で本当にすごく綺麗なドレスだ。
――ターク様はどうして、私にドレスを与えたがるのかな。
――王都でのあれは、達也の仕業じゃなかったの?
そんなことを考えていると、ターク様は急に私の耳元に唇をよせた。
「ミヤコ、私を元気付けたいなら、それを着て見せてくれ」
「はわ……!? わ、分かりました。すぐ着替えてきます!」
△
耳がゾクゾクするような甘い声で囁かれ、癒しの光に耳の中までくすぐられて、真っ赤になって飛び上がった私は、ドレスを抱えてバスルームに駆け込んだ。
――なにこの恥ずかしいリクエスト! ターク様ってときどきほんと困る!
――距離感! 距離感がおかしいの!
鏡に映った自分の顔が、驚くほど真っ赤になっていて、私はため息をつきながらバスルームの壁にもたれかかった。
「落ち着け……私……」
ドキドキする胸を必死に沈めながらドレスに着替え、バスルームを出る。
私のドレス姿を見たターク様は、立ち上がってじっくりと私を眺めた。
「やっぱりな。思った以上に似合ってる。ずっと、お前にそのドレスを着せてみたかったんだ」
すごく満足そうな顔でそう言って笑うターク様。
「タ、ターク様、大丈夫ですか? 達也に操られてませんか?」
「タツヤか……あいつも良く似合うと言っているぞ。だが、ジロジロ見るなと怒っている。自分も見たいくせにややこしいやつだな」
――うひゃー……。
ターク様は、赤面する私を見て、ニヤニヤと笑った。疲れたような虚な眼差しで、意地悪そうに笑うターク様を見るのはなんだか久しぶりな気がする。
「ターク様、からかいすぎですよ。もう恥ずかしいので脱いできます……」
「もう脱ぐのか? 私を励ますんだろ?」
「もう限界です」
「ちょっと待て、これをやるから」
ターク様はそう言うと、私の後ろに回り、青い小さな石がキラリと光るネックレスを首にかけてくれた。
「さっき並べ忘れて、一つ残っていたんだ」
「わ、ありがとうございます」
「本当は、お前に似合うと思ってよけてあった」
「はわぁわ……」
――ターク様さっきからわざとですよね!?
口をパクパクさせる私を見て、ターク様は満足そうにクククと笑う。
「よし。お前を見ていたら眠くなってきた。思ったとおり、青いドレスの沈静効果は絶大だな。私は寝るぞ」
「分かりました。バスルームお借りしてから失礼します!」
――なるほどー! 鎮静作用を求めてたんですね!
私がいそいそと着替えてバスルームから出ると、ターク様は本当に寝息を立てていた。ピエトナ抱き枕を抱きしめて眠るターク様の寝顔は相変わらず天使すぎる。
――おやすみなさい。ターク様。
彼は相当落ち込んでいるように見えたけれど、本当にもう、マリルさんとは別れてしまったんだろうか。
ターク様につけてもらったネックレスにドキドキしながら、私は小走りでメイドの部屋に戻った。




