01 メイドになった宮子。~ターク様、プレゼントです!~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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ウィーグミンでゴイムの契約を破棄してもらい、メルローズの屋敷に戻った私、小鳥遊宮子は、ターク様によって、すぐに奴隷の身分から解放された。
「これでお前は晴れて一般人だな」
「ありがとうございます! ターク様」
書斎のソファーに向かい合った私たちは、ミレーヌの身分証明書とも言える書類を一緒に覗き込んでいた。
王都で奴隷解放の手続きを済ませて戻ったターク様が、ついさっき持って帰って来てくれたものだ。
そこには確かに、ミレーヌが奴隷から解放され、一般人の身分になった事が記されていた。
そもそも、ターク様は初めから、私を奴隷から解放するつもりで所有者を探していたようだ。
いつも肝心なことを言わないターク様は、それをなかなか教えてくれなかったけれど……。
ミアさんと言う奴隷の少女を、彼のお父様がゴイムにしてしまった事を、ターク様は長い間気に病んできた。
「お前を、ただ所有者の元に戻したのでは、父と変わらないからな」
そう言ったターク様はとても悲しげに見えた。ターク様とお父様の間には、簡単には埋められない確執があるようだ。
「しかし、本当にメイドをやるつもりなのか?」
ターク様は少し不思議そうな顔で首を傾げた。
「のんびりお世話になっているだけでは落ち着かないので、ぜひお願いします!」
「なら、今日からはメイドの部屋に移り、アンナに仕事を教えてもらうといい」
ターク様は私がこの世界に慣れるまで、引き続き客人として面倒を見ようと思っていたようだけれど、私がメイドをやりたいと言うと、すぐに承諾してくれた。
――今日から私は、ターク様のお屋敷でメイドさんになるのよ!
もう襲われることもないので、ようやくターク様のお部屋も出られる事になり、一安心と言ったところだ。
「私、もう自由に外に出られるんですね!」
ニコニコしながらそう言う私に、ターク様は思い切り顔を顰めた。
腕組みをして首を傾げたまま、いつまでも「うーん……」と唸っているターク様を見て、嫌な予感に胸がざわつく。
「あの……何か問題ありますか?」
「うーん。問題しかないな。心配過ぎる」
案の定、ターク様は心配性を起こしていた。
「お前は無意識に魔法を発動するからな。いきなり何か飛び出したらどうするんだ?」
「私、歌わないように気をつけますから……」
「歌わなくても出てただろ。それに、お前はまだまだこの世界のことを知らなすぎだ。危ないからとりあえず屋敷の外には出るな」
ターク様はまだ私を自由に外出させる気は無いようだった。がっくりと肩を落とす私に、彼は宥めるように言った。
「がまんしろ。まぁ、でも屋敷は広いからな。今までよりは自由にやれるだろう」
「えー……」
「そんな不満そうな顔をするな。タツヤはお前を部屋から出すなと言ってるんだ。これでも一応説得したんだぞ」
「うーん……達也……」
「とにかく私が良いと言うまで屋敷の中に居るんだ。分かったな?」
いつものようにしつこく念を押すターク様。
――むー! ターク様と達也って、セットにすると心配性が悪化するのでは……?
かなりがっかりではあるけれど、部屋から出るなと言われなくなっただけマシだと思うしかない。
――まぁいっか! このお屋敷の中もよく知らないし、とりあえずメイドのお仕事を頑張ろう!
とりあえず私は、サーラさんに手伝ってもらい、ターク様の書庫に置いてもらっていたベッドをメイドの部屋へ運んだ。
「ミヤコ! ついにゴイムじゃなくなったんだ!? ご主人様ならきっとなんとかしてくれると思っていたわ。でも本当にそうなるなんて! やっぱりご主人様って本当に素敵!」
話を聞いたサーラさんは、瞳をキラキラさせて楽しそうに手伝ってくれた。彼女の話では、サーラさんやアンナさんも、メルローズ本邸にいた頃は奴隷だったらしい。
それを、ターク様がこの屋敷に連れてくる時に解放してくれたのだと言う。二人がターク様に忠実に仕えている理由がわかった気がした。
――ずいぶん長い間お世話になったけど、ついに、ターク様のお部屋での暮らしもおしまいか……。
――これからはターク様と、朝ごはん食べたり出来ないよね。ちょっと……、いや、かなり、寂しいかも。
最初はすごく暇で苦痛だったターク様のお部屋だけど、魔力がたまってからはずっと、本を読んだり歌を歌ったりして好きなように過ごしてきた。
最初は少し意地悪だと思っていたターク様は意外にもいつも優しかったし、心細い中でも達也がそこにいると思うと、なんだか嬉しかった。
何よりこの部屋は、ちょっと外に出ただけで襲われてしまうゴイムの私を、ずっと守ってくれていたのだ。
少し後ろ髪を引かれながらも、私はサーラさんに案内されたメイド用の部屋に、自分の荷物を運んだ。
着替えとほんの少しの身の回りのもの、達也にもらった髪飾り、それからターク様に買ってもらった沢山の本。
本は少し重いけど、二往復もすれば十分運べる量だった。
「今日からよろしくお願いします!」
メイド達の控室に入った私は、やる気いっぱいで先輩メイド達に挨拶をした。
ターク様のお部屋によく来ていたアンナさんとサーラさん以外にも、メイドさんは沢山いる。私が歌を歌うと、聞きに来てくれる人たちだ。
彼女たちは皆、私のゴイム印が消えたことに驚いていたけれど、サーラさんと同じくらい喜んで、にこやかに私を迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、ミヤコ! 今日から私たちメイド仲間ね!」
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場所:タークの部屋
語り:ターク・メルローズ
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ミヤコがメイドの部屋に移った夜、私、ターク・メルローズは、書斎で留守の間に溜まった書類の処理をしていた。
――落ち着かないな。
ミヤコは賑やかなタイプではないが、彼女が居なくなった部屋は、まるで夜の森のように静かだ。
身体中から溢れ出す光の粒子が、サワサワと肌をくすぐる音が、いつも以上に耳につく。
『あー、寂しい! どうしてみやちゃんを部屋から出しちゃうの?』
タツヤの文句を言う声も、いつも以上に頭に響く。
――うるさいな、ミヤコを書庫に閉じ込めるのはそろそろ限界だろ。
『歌も聴けないし最悪だよ』
――それは同感だな。
「うーん」と伸びをしたついでにため息をついていると、扉をノックする音が聞こえて、ガチャリと開いたその隙間から、思いがけず、ミヤコが顔を出した。
「ターク様、今大丈夫ですか?」
「あぁ、どうした?」
「あの……渡したいものがあって……」
そう言って、部屋に入ってきたミヤコは、彼女の身体ほどある大きな何かを抱えていた。
「な、なんだ? それは」
「奴隷から解放してもらったお礼にと思いまして……抱き枕ですよ、ターク様!」
そう言ってミヤコが差し出したのは、茶色い布に綿を詰め込んだ長いクッションのようだった。
「ターク様に買っていただいたソーイングセットを使って手作りしてみました! ピエトナですよ!」
「ピエトナ……?」
渡された抱き枕とやらをひっくり返してみると、確かにチンパンジーらしい顔や手足が縫い付けられている。倉庫に長年使われずに眠っていたクッションや何かを解体して作り直したらしい。
「抱きしめて眠ると、きっとよく眠れると思いますよ」
「あ……あぁ、ありがとう……すごいな」
ミヤコは「使って下さいね!」と言いながら、メイドの部屋に戻って行った。
――すごい迫力のあるクッションだな……。
『せっかくみやちゃんが作ってくれたんだから、使わなきゃダメだよ?』
その夜から私は、謎のピエトナ抱き枕を抱いて眠る事となった。少し変な気分だが、その具合の良さはなかなかのものだった。




