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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第8章 契約解除への道

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10 イーヴの愛。~あなたの土下座は見飽きたわ~

 場所:アーシラの森

 語り:イーヴ・シュトラウブ

 *************



 その日の森は、まるで悲しみに沈んでいるかのように昼間から薄暗かった。


 立ち並ぶ大木が光を遮り、深い霧に(はば)まれ、少し先もよく見えない。


 足元に横たわる木の根に足を取られながらも、ひそかにつけた目印を頼りに奥へ奥へと進んで行く。


 すると、びっしりと茂った草木の奥に、人ひとりがようやく通れる隙間がある。


 苔むした地面を()って進むと、毒々しい赤い花が咲き乱れるその谷に、ひっそりとたたずむ小さな小屋があった。



「シュベールの調子はどうだ」



 谷に流れる川の水で、真っ黒に汚れた布を懸命に洗っていたファシリアは、私を見て深いため息をついた。



『もう来ないでって言ったはずよ』


「そういう訳にはいかない。私にも手伝わせて欲しい」



 全身草にまみれた私が、そう言って洗濯の(かご)から汚れた布を取り出そうと手を伸ばすと、ファシリアは慌てて(かご)に覆いかぶさった。



『触っちゃダメよ、人間には毒気が強すぎる』



 ファシリアは布から立ち上がる黒い蒸気のようなモヤに(むせ)ながらも、キッと私を(にら)むと、黙ったまま籠をもって立ち去ろうとした。



「ファシリア、お願いだ。シュベールに会わせてくれ」



 その悲痛な声にファシリアが振り返ったのを見て、私は地面に頭をこすりつけ、「頼む!」っと何度も頭を下げた。



『イーヴ、あの子はひどい状態よ。ずっとあの坊やの名前を呼んでいるわ。貴方の事を覚えているかもわからない』


「それでもいい、頼む。私にも面倒を見させてくれ」



 若い頃、森で偶然出会ったシュベールに心を奪われた私、イーヴ・シュトラウブは、冒険や戦いの武勇伝を手土産に何度も森に足を運んだ。


 シュベールは私を見つけると、いつも自分から姿を見せてくれた。


 タークを弟子に取ってからは、自分の弟子が如何に強くて可愛いか、得意になってシュベールに言って聞かせた。


「タークは私の自慢だ」と話す私の顔を、シュベールはいつも、キラキラした笑顔で見つめていた。



 ――まさかあのシュベールが、タークに光を授け、精霊の闇に堕ちてしまうなんて……。



 あの金色に輝く髪、バラ色の頬、宝石を散りばめたような美しい羽、優しい癒しの光……それが失われた今も、私はシュベールの事が忘れられず、何度もこうしてファシリアに頭を下げに来ていたのだった。


 タークが癒しの加護をシュベールに(たく)されてから、そろそろ二カ月が経とうとしている。


 その間、来るな触るなの一点張りだったファシリアだが、その日ついに、私の想いの強さに根負けした。


『イーヴ、あなたの土下座はもう見飽きたわ。分かったから、それじゃぁ痛み止めに使う薬草を取ってきてちょうだい』



「ああ! 任せろ! 任せてくれ!」



 私は喜んでファシリアの手伝いをした。


 闇の毒気が強いからとファシリアは一向にシュベールに会わせてくれなかったが、私はそれでも出来る限り森に通った。


 私の可愛い弟子を精霊狩りから救う為、闇に堕ちた彼女を見捨てるわけにはいかない。私は、彼女を愛しているのだから。



      △



 半年ほど経つと、『ようやく少し、闇が落ち着いてきたわ』と、ファシリアは私をシュベールに会わせた。



「シュベール、私が分かるか?」



 しかしシュベールは、どす黒い闇に包まれうなされては、『ターク……可愛い坊や……』と、弟子の名前を呼ぶばかりだった。



「シュベール……。なぜタークなんだ……? 一度でいい、私の名前を呼んでくれ! シュベール!」


『イーヴ、もう離れて! 気を失うわよ!』


「あぁ……シュベール……」


『大丈夫、あなたのおかげで、シュベールはだんだん元気になってきてるわ。もうすぐきっとあなたの事も思い出す。あきらめないで頑張りましょう!』


 ファシリアは落ち込む私を懸命に慰めてくれた。彼女は一見そっけないように見えるが、本当に心の温かい精霊だ。



「ファシリア……シュベールの面倒を見てくれてありがとう」


『当然よ、この子は私のためにこうなったんだから』



      △



 それから二年も経ったころ、シュベールはようやく話ができる状態にまで回復した。


 その頃には私は、シュベールと同じくらい、ファシリアを愛するようになっていた。


 そして、ファシリアもまた、私を愛してくれた。



 癒しの力を投げ出し、精霊の闇に堕ちたシュベールを懸命に治療しているファシリア。そんな彼女にイーヴは自分も手伝いたいと土下座しました。しかし、シュベールが愛したのはイーヴではなくタークだったようです。


 次回、突然姿を消したシュベールを探しに行ったイーヴは、癒しの光の真実を突きつけられます。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
シュベール、回復してきているのは何よりです。 全快したとして、癒しの力をターク様に渡してしまった彼女がどうなるのか分かりませんが、あのまま闇堕ちや消滅したりせず、ホントによかった。 イーヴ先生はシュ…
[良い点] いまだイーヴの価値観がよくわかりませんが、弟子の名前を呼ばれて嫉妬しているあたりシュベールに懸想していたのですかね? ファシリアも愛しているようで、無事に両手に花と成れるといいのですが。 …
[一言] こちらはイーヴ先生の話。 だけどシュベールはターク様の事を。 だけどイーヴ先生はシュベールを治す為に頑張る事でしょう٩(ˊᗜˋ*)و
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