08 空飛ぶあの人。~海の街ウィーグミン~
場所:ウィーグミン領
語り:ターク・メルローズ
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伯爵の屋敷を出た私、ターク・メルローズは、せっかく来たのだからと、ミヤコを連れ、ウィーグミンの街を見て回る事にした。
真っ青な海に面したこの街には、眩しい程に白い建物が立ち並んでいる。
領主の屋敷のある丘の上から見る景色は、白と青のコントラストが美しく、まるで絵画のようだった。
「おしゃれな街ですね」
潮風に吹かれながら嘆声をもらすミヤコに思わずドキリとしたが、よく見るといつのまにか、ステータスから「状態異常:チャーム」の文字が消えている。
「あぁ」と安堵のため息をついてから、私は「はは……」と苦笑いした。
おかしいくらいに眩しかったミヤコを、ようやく普通に見られるようになったのだ。
一安心、と言いたいところだが、実のところ私は、ミヤコを昨日以上に警戒していた。
何せ、今朝の契約解除で、彼女の封印された魔力は全て解放されてしまったのだ。
今までは補助魔法だけだったが、これからは回復魔法と攻撃魔法も突然発動する可能性がある。
いつ何が発動するか分からない上に、高い威力に長い効果時間……これは本当に恐ろしい。
――ミヤコが鼻歌でも歌おうものなら、空から隕石が降ってくる可能性もあるな。
美しい街が燃え上がる様子を想像して、私はまた苦笑いをもらす。
最初は歌によって発動したように思えた彼女の術だが、詠唱なしでウィンドクイックが発動したところを見ると、実際は歌った事によって、彼女の心が動いた事が原因で発動していると思われる。
考えただけで魔法を発動させてしまうという事は、千年に一人の逸材だと言われている、大魔導士ガルベル様と同じだけの素質があるという事だ。
――少しゾッとするが、マリルやガルベル様ならともかく、ミヤコはかなり心が広い……。彼女の歌う歌は優しいメロディーのものが多いし、変に刺激しなければ問題ないだろう。
そんな事を考えながら、入り組んだ迷路のような坂道を下ると、沢山の人が集まる広場があり、カラフルな雑貨・絨毯・香辛料などの店が軒を連ねていた。
店を覗き込んでは目を輝かせるミヤコに、何か買ってやりたい衝動に襲われる。
「それ、欲しいのか?」
「ターク様、ウィンドウショッピングですよ!」
全く欲のない彼女に、ますます何か与えたくなってしまう。
何件かウインドウショッピングをして周り、とある雑貨店で、何か小さな箱を手に持ったまま固まっている彼女に、もう一度だけ声をかけた。
「一つくらい、私にねだってみたらどうだ?」
「い……いいですか……? 一つだけ!」
「あぁ、なんだそれは?」
「ソーイングセットです!」
何だかよくわからないが、キラキラと瞳を輝かせる彼女に、謎の箱を買い与え、私は少し満足した。
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更に坂道を下り、私達は海に出た。
漁師達で賑わう漁港を抜け、人気のない砂浜に腰を下ろすと、強い潮風がミヤコの髪をかきあげた。
「そうだ……私、ターク様にお話ししたい事があるんでした」
彼女が話したのは、あの夜の森で、彼女が見た、新しいミレーヌの記憶だった。私が彼女を避けていたばかりに、今まで言いそびれていたらしい。
「私をターク様のお屋敷の前に置いた人は、これでターク様が英雄になれる、そう言ってました」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り、一瞬目の前が暗くなる。
――イーヴ先生か……? そんな事を言うのは彼しか考えられないが、彼は空を飛んだりしないはずだ……。
――それに、あのお人好しのイーヴ先生が、ミヤコにそんな事をする筈は……。
行ったり来たりする考えを巡らせ、黙り込んだ私の顔を、不安げに見つめているミヤコ。
――あり得ないと思いたいが、もし、異世界で平和に暮らしていたミヤコを、こんな目に遭わせているのが私の師匠だとしたら……私は……。
何も気付かないフリをしてはぐらかしてしまいたい衝動に襲われたが、《言いにくい事ほど先に言っておかないと後が怖い》という事を、私は学習していた。
重い口を押し開き、自分の中に湧き上がった疑念をミヤコに話して聞かせる。
「ターク様の、お師匠様が……?」
「闇魔道師に捕まり、精神攻撃を受けて気を失った私を、苦労して起こしたと言っていたが……もしかすると、その為に先生はタツヤやお前を……」
「わ、そうなんですか? それなら良かったです!」
ミヤコの意外すぎる反応に、私は驚いて目を見開いた。
「何がいいんだ? 全然関係のない異世界の人間のために、勝手に連れてこられて、ゴイムになったんだぞ?」
「ターク様は関係ない人間なんかじゃないですよ。私の大切な命の恩人です」
何の汚れもない、聖女のような瞳で私を見るミヤコ。
――どうしてそうなるんだ?
私の頭上には、大量の疑問符が飛び交っていた。
「しかし、ここに来なければ、あんな目に遭うことも無かったかもしれないんだぞ?」
「それでも、ターク様が私を助けてくれた事に変わりはありませんよ。私、闇魔導師が悪い魔術でターク様を苦しめようと、達也をターク様に入れたんじゃないかと思っていたんです。もし、そうだったら嫌だなって……思っていたので」
「それはないだろうな……。私も最初は少し疑っていたが、闇の魔術にしては、タツヤは善良だ……」
ミヤコ達をこんな目に遭わせている原因が、私かもしれないと言う疑念の中、彼女の感想は、自分達が、私を苦しめる存在で無くて良かったと、それだけなのだろうか。
――どうしてこんなに心が広いんだ……? 彼女のあの美しく澄んだ歌声のように、ミヤコの心には汚れがないらしい。
私は、久しぶりに彼女の顔をしっかりと見た。まるで、砂漠の中にオアシスを見つけたかのように心が安らぎで満たされていく。
ずっとこうしたかったと思う気持ちに、チャームは必要ないようだった。




