07 契約解除。~熱烈キッス~
場所:ウィーグミン伯爵邸
語り:小鳥遊宮子
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翌朝目が覚めると、ターク様はまだしっかりとピエトナを抱きしめていた。
「ターク様、もう朝ですよ」
「ああ、よく寝た。ミヤコ、火傷が治ったか確認してくれ」
ターク様がピエトナから離れようとすると、ピエトナはくるっとターク様に向きなおり、彼にギュッと抱きついた。
「わ、なんだ? ピエトナ、私に惚れたか?」
ターク様が少しのけぞりながらも、優しくピエトナを抱きしめると、ピエトナは大きな口を窄め、思いっきり吸い付くように彼にキスをしはじめた。
「うわ、ちょっとまて……」
よほどターク様が気に入ったらしく、彼を押し倒し、のしあがり、何度もキスをするピエトナ。
「おい、ま、ピ……まて……!」
いつの間にか少年の姿になっていたライルが、襲われるターク様を見てケラケラと笑い転げていた。
ピエトナがターク様に気を取られているうちに、そっと彼女のスカートをめくり、傷を確認する。
「ターク様、火傷、治ってます!」
「よし、よかったなピエトナ。偉いぞ」
ターク様は、はぁはぁと肩で息をしながらも、ぐいっとピエトナの顔を押し返し、優しい顔で微笑んだ。
なんだか本当によく眠れた様子のターク様は、ずいぶんスッキリした顔をして、少しご機嫌だった。
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元気になったピエトナを見たウィーグミン伯爵は、三角につりあがった目から滝のように涙を流して喜んだ。
ターク様の手を両手で握り、ブンブン振り回しながら何度もお礼を言う伯爵。その様子を見たピエトナは、嬉しそうに手を叩いて跳ね回った。
「あんなにひどい火傷が魔力も使わずに一晩で……本当に素晴らしいです!」
「では、ミヤコのゴイム印を消していただけますか?」
「もちろんですとも! もちろんですとも!」
ウィーグミン伯爵はそう言うと、私たちを書斎に案内した。鍵付きのデスクの引き出しから厳重に保管された箱を取り出すと、そこには黒い印が押された魔法の契約書が入っていた。
「ミレーヌとの契約を破棄します!」
そう言いながらウィーグミン伯爵が契約書を破ると、私の腕からあの黒い刻印が剥がれるように浮きあがり、スッと消え去った。
――ずっと、ずっと、恐ろしくて、見るだけで気分が悪くなったあの刻印が……消えた……!
刻印が刻まれていたその場所を、反対の手で摩ってみると、そこはまるで、はじめからなにもなかったかのようにすべすべとしていた。
何度も確認するように、腕をさすり、気が抜けたようにその場に座り込む私。
ピエトナが私を心配するように、そばに近付き、スカートの裾を握ってくれる。彼女はチンパンジーだけど、とても優しい心を持っているようだ。
私は可愛い彼女をギュッと抱きしめた。
「これでミレーヌと私のゴイム契約は破棄されました。これはミレーヌの所有権をターク卿にお譲りするという証書です。受け取ってください」
「ありがとうございます。ウィーグミン伯爵」
ウィーグミン伯爵から、奴隷の所有権利書を受け取ったターク様は、深々と頭を下げた。これで私はターク様の所有する奴隷になったようだ。
「ターク様、ウィーグミン伯爵、ありがとうございます。ピエトナも、本当にありがとう!」
ピエトナと抱きあってポロポロと泣く私を見て、ターク様とウィーグミン伯爵は、笑顔で握手を交わした。
「ミヤコ、行こうか」
「はい!」
帰り際、馬車に乗り込む私たちを寂しそうな顔で見送っているピエトナを、ターク様は名残惜しそうに抱きしめた。
「またな、ピエトナ。ほんというと私はお前も連れて帰りたいぞ。すごくよく眠れた。ありがとう」
ウィーグミン伯爵が、「だめですよ」という顔をしてターク様を睨んでいる。彼はよほどピエトナが気に入ったようだった。
――ターク様の不眠症には、なにか癒しになるようなペットを飼うのがいいかもしれないわね。
そんなことを考えて、ふと、マリルさんに珍獣だと言われたことを思い出した私。
――もしかして、私、本当に珍獣なのかも。
そう思った瞬間、なんだか妙に納得してしまった自分に苦笑いする。
「本当に、ありがとうございました」
私たちはお互いに礼を言いあうと、馬車に乗り込み、手を振ってウィーグミン邸を出発した。




