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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第8章 契約解除への道

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06 伯爵の頼みごと。~伯爵令嬢ピエトナ~

 場所:ウィーグミン伯爵邸

 語り:小鳥遊(たかなし)宮子

 *************



「先日、娘はうっかりかまどで火傷を負ってしまいまして……。ターク卿に、ぜひ治療をお願いしたいのです」


 私達は、先程の客室から、ウィーグミン伯爵の娘だと言う、ピエトナさんの部屋に向かっていた。



「ええ、それはもちろんお引き受けしますが……。しかし、ウィーグミン伯爵も治癒魔法を覚えていらっしゃるのでは? 何日も経って、まだ傷が癒えないのですか?」



 幻覚を見たウィーグミン伯爵はミレーヌから吸収した魔力を使って、娘を治療しようとしていた。


 治癒魔法が使えるのでは、とターク様が考えるのも当然だった。


 しかし、ウィーグミン伯爵は、実は魔法がほとんど使えないのだと言う。



「恥ずかしながら、私の下手な魔法では、あの深い火傷を治してやる事が出来ませんでした。それで、何人か治癒魔法師にも依頼したんですが、どなたにも断られてしまいまして」



 ウィーグミン伯爵は、治癒魔法師に断られた時の情景を思い起こしたのか、無念の表情を浮かべている。


 しかし、街に残っている治癒魔法師が少ないとは言え、領主の家族の治療が後回しにされるとは考えにくい。



「伯爵のお嬢様の治療を断るとは……街で何か、困った事態でも起きたのですか?」


「いえ……それが……その……。ほんの少し、事情がございまして……」



 心配そうに質問するターク様に、ウィーグミン伯爵は、困った顔をして口ごもった。


 それから、突然ターク様の前を(ふさ)ぐように立つと、両手を顔の前で合わせ、お願いのポーズをした。目をしっかりと閉じ、祈るように手を(こす)り合わせるその様子は、かなり必死なようだった。



「ターク卿、ミレーヌは必ず解放します。貴殿も、娘を必ず治療すると、約束していただけませんか? 貴殿に断られたら、あの子は……!」



 ターク様は少し首を傾げながらも「分かりました」と、返事をした。



「ありがとうございます! こちらがピエトナの部屋です」



 私達が案内されたその部屋は、ピンクのレースの天蓋がついた立派なベッドが置かれた、とてもフェミニンな部屋だった。


 備えられたソファーやテーブル、お人形など全てが可愛らしく、まさにプリンセスの部屋といった雰囲気だ。



 ――すごい! マリルさんの部屋より女の子らしいわ! 映画のセットみたい!



 あまりの華やかさに一瞬目を輝かせた私だったけれど、ふと、ターク様がここに来る道中で魔力を切らしていた事を思い出した。


 あのピンクの天蓋(てんがい)の下で、ターク様が貴族のお嬢様を抱きしめている所を想像してしまった私。


 なんだか凄く、苦々しくて、落ち着かない気持ちになってくる。


 頭の中では、ターク様が自分にした()()の様子が、ぐるぐると回っていた。


 ――まさか、いきなり(おお)いかぶさったり、キスしたり……しないですよね……?


 ターク様は治療のためなら何でもありの(ふし)がある。私のためにそんな事をさせては、マリルさんがまた大変な事になりかねない。


 私はターク様のマントをチョンチョンと引っ張ると、困り顔で彼を見上げた。



「た、ターク様、私のために、ここまでしてもらうのはやっぱり、ちょっと……」


「何を今更。私は必ずお前を連れて帰るぞ!」


「ターク様……!」



 ターク様は風を切って伯爵令嬢のベッドへ進んでいく。人の気配に気づいた御令嬢が、上半身を起こす姿が天蓋(てんがい)のレース越しに透けて見えた。



 ――なんだか……(みょう)に、いや、すごく……大きくない?



 御令嬢の影の予想外の大きさに、私達は、額に冷や汗をかき、ベッドの二、三歩手前で立ち止まった。 


 戸惑う私達を、ウィーグミン伯爵が追い越して、ベッドの天蓋に手をかける。



「ピエトナ、お前を治療してくれる方を連れてきましたよ! なんとあの、不死身の大剣士ターク・メルローズ様ですよ!」



 そこにはピンクのフリフリのドレスを着た、大きなチンパンジーが座っていた。



「なっ! フィルマン様にそっくりの猿じゃないか!」



 ターク様はそう叫ぶと、口を開けたまま固まってしまった。光っていて分かりにくいけれど、よく見ると青ざめているようだ。


ピエトナは私とターク様を交互に見ては、嬉しそうに「ウホウホッ」っと手を叩いた。



「言わずにいて申し訳ない、ターク卿、ピエトナは実は世にも珍しい大型チンパンジーなのです。言ってしまうと、断られてしまうと思ったもので……」



 ターク様に申し訳ないと思いながらも、思わず胸を()で下ろす私。



 ――ターク様、頑張って下さい……!



 ピエトナは、私を指差し、「オッオッ」と楽しそうに鳴いている。ウィーグミン伯爵は、可愛くて仕方がない、という風に目を細めてピエトナの頭を撫でた。



「ピエトナ、ミレーヌに会えて嬉しいんですね。こんなに喜んでいるお前を見るのは久しぶりです。ミヤコさん、どうか治療中、ピエトナについてやってもらえますか?」


「ぜひ、そうさせてください」



 ウィーグミン伯爵は、「よろしく頼みます」と何度も頭を下げてピエトナの部屋を出た。


 私達はピエトナをはさんで彼女のベッドに入ると、顔を見合わせた。



「なんだか(けもの)くさいぞ……」


「ターク様、だめですよ、そんな事いったら」


「フィルマン様は元気にしてるだろうか」


「ターク様、やめてください」


「私はこう見えても加護を使う相手は選んでいるのだ」



 ターク様はしばらくぶつくさ言っていたけれど、私のじとっとした視線を感じたのか「はぁ」と、諦めのため息をついて言った。



「よし分かった、ピエトナ、火傷を見せてみろ」



 ターク様がピエトナのドレスをめくろうとすると、ピエトナは「ウキャー!」と言ってターク様の頭をはたいた。



「こら、抵抗するな!」


「ターク様、強引過ぎます! 女の子なんですから、もっと優しくしないと……!」



 ターク様はピエトナに何度も頭を叩かれながら、なんとかドレスをめくったけれど、ピエトナの火傷は見当たらなかった。


「無いぞ? どこだ」


 彼が首を傾げていると、ピエトナは、(かな)しそうな目で私を見つめてきた。


「ターク様、ちょっと後ろを向いていて下さい」


 ターク様が後ろを向くと、ピエトナは私の前にお尻を突き出してスカートをめくって見せた。



「わぁ……痛そうね、ピエトナ。でもターク様がすぐ治してくれるから、安心してね」


「あったのか?」


「はい。私が前から抱くので、ターク様は、後ろから抱いてあげてください」


「よし、分かった! こい、ピエトナ!」



 私達は、前後からピエトナを抱きしめ、眠りについた。私の足元にはいつの間にか、ライルが丸くなって眠っていた。


 大きなチンパンジーのピエトナを見てフィルマン様を思い出すターク様。「加護を使う相手は選んでいる」と文句を言いつつもピエトナを抱きしめて眠りにつきました。


 次回、ターク様は無事にピエトナを治療し、宮子をゴイムから解放できるのか。お楽しみに!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
ちょっと待って! 娘って言ってましたよね? 少しどころじゃありません、事情! これは、呪いで姿を変えられているとかじゃなくて、普通にチンパンジーなんですね。 ターク様がんばってください!
[良い点] そこまで深刻な火傷とは、痕が残りかねません。 ターク様が綺麗に治療できるのであれば、うってつけの役目でしょう。 ピエトナはこのような淑女でありましたか。 まったく予想から外れていて、面白…
[一言] 花車様おはようございます٩(ˊᗜˋ*)و そして早速今日もあなたの素敵な作品を拝読させていただきますね(っ ॑꒳ ॑c) そしてピエトナ…なんて可愛らしいのだ! ターク様! 是非!ピエトナを…
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