06 伯爵の頼みごと。~伯爵令嬢ピエトナ~
場所:ウィーグミン伯爵邸
語り:小鳥遊宮子
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「先日、娘はうっかりかまどで火傷を負ってしまいまして……。ターク卿に、ぜひ治療をお願いしたいのです」
私達は、先程の客室から、ウィーグミン伯爵の娘だと言う、ピエトナさんの部屋に向かっていた。
「ええ、それはもちろんお引き受けしますが……。しかし、ウィーグミン伯爵も治癒魔法を覚えていらっしゃるのでは? 何日も経って、まだ傷が癒えないのですか?」
幻覚を見たウィーグミン伯爵はミレーヌから吸収した魔力を使って、娘を治療しようとしていた。
治癒魔法が使えるのでは、とターク様が考えるのも当然だった。
しかし、ウィーグミン伯爵は、実は魔法がほとんど使えないのだと言う。
「恥ずかしながら、私の下手な魔法では、あの深い火傷を治してやる事が出来ませんでした。それで、何人か治癒魔法師にも依頼したんですが、どなたにも断られてしまいまして」
ウィーグミン伯爵は、治癒魔法師に断られた時の情景を思い起こしたのか、無念の表情を浮かべている。
しかし、街に残っている治癒魔法師が少ないとは言え、領主の家族の治療が後回しにされるとは考えにくい。
「伯爵のお嬢様の治療を断るとは……街で何か、困った事態でも起きたのですか?」
「いえ……それが……その……。ほんの少し、事情がございまして……」
心配そうに質問するターク様に、ウィーグミン伯爵は、困った顔をして口ごもった。
それから、突然ターク様の前を塞ぐように立つと、両手を顔の前で合わせ、お願いのポーズをした。目をしっかりと閉じ、祈るように手を擦り合わせるその様子は、かなり必死なようだった。
「ターク卿、ミレーヌは必ず解放します。貴殿も、娘を必ず治療すると、約束していただけませんか? 貴殿に断られたら、あの子は……!」
ターク様は少し首を傾げながらも「分かりました」と、返事をした。
「ありがとうございます! こちらがピエトナの部屋です」
私達が案内されたその部屋は、ピンクのレースの天蓋がついた立派なベッドが置かれた、とてもフェミニンな部屋だった。
備えられたソファーやテーブル、お人形など全てが可愛らしく、まさにプリンセスの部屋といった雰囲気だ。
――すごい! マリルさんの部屋より女の子らしいわ! 映画のセットみたい!
あまりの華やかさに一瞬目を輝かせた私だったけれど、ふと、ターク様がここに来る道中で魔力を切らしていた事を思い出した。
あのピンクの天蓋の下で、ターク様が貴族のお嬢様を抱きしめている所を想像してしまった私。
なんだか凄く、苦々しくて、落ち着かない気持ちになってくる。
頭の中では、ターク様が自分にした治療の様子が、ぐるぐると回っていた。
――まさか、いきなり覆いかぶさったり、キスしたり……しないですよね……?
ターク様は治療のためなら何でもありの節がある。私のためにそんな事をさせては、マリルさんがまた大変な事になりかねない。
私はターク様のマントをチョンチョンと引っ張ると、困り顔で彼を見上げた。
「た、ターク様、私のために、ここまでしてもらうのはやっぱり、ちょっと……」
「何を今更。私は必ずお前を連れて帰るぞ!」
「ターク様……!」
ターク様は風を切って伯爵令嬢のベッドへ進んでいく。人の気配に気づいた御令嬢が、上半身を起こす姿が天蓋のレース越しに透けて見えた。
――なんだか……妙に、いや、すごく……大きくない?
御令嬢の影の予想外の大きさに、私達は、額に冷や汗をかき、ベッドの二、三歩手前で立ち止まった。
戸惑う私達を、ウィーグミン伯爵が追い越して、ベッドの天蓋に手をかける。
「ピエトナ、お前を治療してくれる方を連れてきましたよ! なんとあの、不死身の大剣士ターク・メルローズ様ですよ!」
そこにはピンクのフリフリのドレスを着た、大きなチンパンジーが座っていた。
「なっ! フィルマン様にそっくりの猿じゃないか!」
ターク様はそう叫ぶと、口を開けたまま固まってしまった。光っていて分かりにくいけれど、よく見ると青ざめているようだ。
ピエトナは私とターク様を交互に見ては、嬉しそうに「ウホウホッ」っと手を叩いた。
「言わずにいて申し訳ない、ターク卿、ピエトナは実は世にも珍しい大型チンパンジーなのです。言ってしまうと、断られてしまうと思ったもので……」
ターク様に申し訳ないと思いながらも、思わず胸を撫で下ろす私。
――ターク様、頑張って下さい……!
ピエトナは、私を指差し、「オッオッ」と楽しそうに鳴いている。ウィーグミン伯爵は、可愛くて仕方がない、という風に目を細めてピエトナの頭を撫でた。
「ピエトナ、ミレーヌに会えて嬉しいんですね。こんなに喜んでいるお前を見るのは久しぶりです。ミヤコさん、どうか治療中、ピエトナについてやってもらえますか?」
「ぜひ、そうさせてください」
ウィーグミン伯爵は、「よろしく頼みます」と何度も頭を下げてピエトナの部屋を出た。
私達はピエトナをはさんで彼女のベッドに入ると、顔を見合わせた。
「なんだか獣くさいぞ……」
「ターク様、だめですよ、そんな事いったら」
「フィルマン様は元気にしてるだろうか」
「ターク様、やめてください」
「私はこう見えても加護を使う相手は選んでいるのだ」
ターク様はしばらくぶつくさ言っていたけれど、私のじとっとした視線を感じたのか「はぁ」と、諦めのため息をついて言った。
「よし分かった、ピエトナ、火傷を見せてみろ」
ターク様がピエトナのドレスをめくろうとすると、ピエトナは「ウキャー!」と言ってターク様の頭をはたいた。
「こら、抵抗するな!」
「ターク様、強引過ぎます! 女の子なんですから、もっと優しくしないと……!」
ターク様はピエトナに何度も頭を叩かれながら、なんとかドレスをめくったけれど、ピエトナの火傷は見当たらなかった。
「無いぞ? どこだ」
彼が首を傾げていると、ピエトナは、哀しそうな目で私を見つめてきた。
「ターク様、ちょっと後ろを向いていて下さい」
ターク様が後ろを向くと、ピエトナは私の前にお尻を突き出してスカートをめくって見せた。
「わぁ……痛そうね、ピエトナ。でもターク様がすぐ治してくれるから、安心してね」
「あったのか?」
「はい。私が前から抱くので、ターク様は、後ろから抱いてあげてください」
「よし、分かった! こい、ピエトナ!」
私達は、前後からピエトナを抱きしめ、眠りについた。私の足元にはいつの間にか、ライルが丸くなって眠っていた。




