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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第8章 契約解除への道

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05 ミレーヌの主人(2)~彼女はもう、ミレーヌではない~

 場所:ウィーグミン伯爵邸

 語り:小鳥遊(たかなし)宮子

 *************



「あぁ、あぁ、あるとも……ありますとも……。それは私がやったのですから」


 伯爵が黙り込んでしまい、重々しい空気が部屋を覆う。



「ミレーヌが言うことを聞かなかったのですか?」



 伯爵は首を横に振ると、顔をこわばらせながらも、その日あったことを話し始めた。



「あの日私は、街を出てスクアナの森へ狩猟(しゅりょう)に出かけました。そこで私は恐ろしい闇魔導師に会ったのです」



 彼の話はこうだった。


 ウィーグミンの北にあるスクアナの森で闇魔導師に(おそ)われ、必死に逃げのびたウィーグミン伯爵は、自分が幻術(げんじゅつ)にかけられた事に気が付かないまま屋敷に帰ってきた。


 その夜、大切な一人娘のピエトナが、病気になってしまう幻覚(げんかく)に苦しんだ伯爵は、一刻も早く娘を治療しなくてはと言う、ひどい焦燥感(しょうそうかん)に襲われたと言う。



「そして私は、気がつくとミレーヌを傷だらけにしていました」


「なるほど……それは確かに闇魔導師が使う幻術のようですね」



 青ざめた顔で震えているウィーグミン伯爵。彼が正気に戻るまでには、実に三日を要したと言う。


 その間、傷を負ったミレーヌは、屋敷の中で倒れていた(はず)だったけれど、気がつくと姿が見えなくなっていた、と伯爵は言った。



「あぁ、すまなかった、ミレーヌ。あの傷は、もう癒えたんだね。ターク卿に治してもらったのか……?」



 それ以来、ずっとミレーヌが心配で探していたと言う伯爵。


 彼は、謝りながら、震える手を私に伸ばしたけれど、私は思わず、「ひっ」と声をあげて飛びのいてしまった。


 ウィーグミン伯爵がミレーヌを傷付けたのは、彼の意思ではないと理解できたけれど、あの記憶の恐怖は、簡単に消せるものではない。


 ターク様は、伸ばされた伯爵の腕を(つか)み、「すみません」と言って伯爵の動きを制止した。



「伯爵、彼女はもうミレーヌではないんです。記憶をなくして以来、ミヤコと名乗っています」


「ミヤコ……?」



 伯爵はターク様につかまれた手を引っ込めると、自分の(あご)をつまんで小首をかしげた。



「実は今日、私はお願いに上がったのです。彼女にすまないとお思いなら、彼女の刻印を消し、私に引き取らせてはいただけないでしょうか?」



 ターク様は立ち上がると、そう言って深々と頭を下げた。


 これを言うために、私達は、はるばるメルローズからやって来たのだ。


 私も慌てて立ち上がると、一緒に頭を下げ、ここにきて初めて言葉を発した。



「おねがいします!」


「ミレーヌを貴殿(きでん)のゴイムにしたいと?」



 驚いた声でそう(たず)ねた伯爵に、ターク様は「いいえ」と答えた。


 ゴイムにするつもりも、奴隷として使うつもりもないと言うターク様に、伯爵は首を傾げた。



「では、これほどの素質のある彼女を解放すると?」


「はい。彼女はまだ記憶も戻らず、見ての通りひどく(おび)えています。私が引き続き、面倒を見たいと考えています」



 今一度深々と頭を下げるターク様。彼の真剣な様子に、伯爵は感動した様子で三角の目をウルウルと潤ませた。



「大剣士ターク・メルローズ、貴殿は噂に(たが)わず慈悲(じひ)深い……」


「では、契約を破棄していただけるのですか?」


「ええ、良いですよ。突然居なくなってから、ずっと謝罪したいと思っていましたが、今日はそれが叶いましたからな」


「ほ、本当ですか!?」



 思いの外あっさりと、ミレーヌをターク様に託すというウィーグミン伯爵。私が顔をほころばせてターク様を見ると、彼もキラキラした笑顔を私に向け、うんうんと頷いた。



「「ありがとうございます! ウィーグミン伯爵!」」



 声を張り上げた私達を、伯爵は「ごほん、ごほん」と、大きな咳払いで制止した。



「ただし、ただしですよ、ターク卿」



 条件があると言う伯爵に、「はい」と身構えるターク様。


 伯爵の話では、ミレーヌはニ年前、奴隷商人が驚く程の高額で売りに出していたのを、伯爵が買い取ったのだと言う。


「彼女の能力は、ミア・グジェに匹敵する程だ!」と、奴隷商人に売り込まれたウィーグミン伯爵は、大喜びで彼女を買って帰った。


 けれど、ミレーヌの魔力回復スピードはそれほど高くもなく、首を傾げる結果となってしまったと言う。


 それでも、高い買い物をした伯爵は、きっといつか彼女の素質が開花するだろうと、ニ年間期待を込めて大切に使ってきたらしい。



 ――もしかして、ターク様に物凄い金額を請求するつもりなんじゃ……。



 青ざめる私をよそに、ウィーグミン伯爵はターク様に深々と頭を下げて言った。


「大切なミレーヌを手放すその代わりに、ひとつお願いを聞いていただきたい。貴殿に娘の治療をお願いしたいのです」



 思ったよりいい人だった感じがするウィーグミン伯爵。彼は宮子を解放する代わりに、娘の治療をお願いしたいとターク様に頼みました。


 次回、伯爵令嬢を加護で治療しようとするターク様に宮子は……?

 


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
案外、物分かりがいい人でした。 言っていることがすべて本当なら話は早そうですが、さて。
[良い点] 伯爵としても不本意な虐待だったようですね。 闇魔導師の目論見はとんとわかりませんが。 まるでミレーヌをターク様のところに届けるために行ったようです。 なんにせよ彼女は不幸の星の元に生まれた…
[良い点] 伯爵様が結構いい人♡
2023/05/17 19:18 退会済み
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