03 ウィーグミンへの道のり(2)~は…早すぎる!~
場所:ベルガノン王国
語り:小鳥遊宮子
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「こんなに国中が魔力不足でなければ、この辺りの街や村は転送ゲートで一瞬で移動できるんだがな」
宿を出発して二時間ほど経った頃、ターク様は馬車を操作しながら、ぽつりと呟いた。
景色は昨日と打って変わり、ゴツゴツした黄色い岩肌が目立つ、細い谷に差し掛かっていた。
「瞬間移動ですか? 凄いですね、やってみたいです!」
「あぁ、しかし今はゲートに魔力が供給されていない。乗り物での移動は危険だし時間がかかるな」
「ターク様がお強いので、冒険みたいで楽しいです」
「呑気な事を言うな。この谷の魔物は数が多く知恵もある。お前も少し警戒するんだ」
あんなに強いターク様が、少し緊張した顔をしている事に気付き、私は改めて目前に迫る谷に目をやった。
岩山に挟まれた細い一本道は逃げ場もなく、ここで強い魔物に遭遇したらと思うと確かに身震いがする。
私達は周囲を警戒しながら、ゆっくりと谷に入った。
だけど、しばらく進んでみても、これまで頻繁に出没していた魔物が、全く姿を見せなかった。
「妙に静かだな……」
あまりに谷が静まり返っているので、ターク様が馬車を降り、周辺の様子を窺っていると、突然ガラガラと大きな音がして、切り立った崖の上から大量の大きな岩が落ちてきた。
落石が馬車を潰しそうになると、ターク様は素早く大きなシールドを出して防ぎ、岩と一緒に飛び降りてきた魔物達を黒い大剣でバサバサと切り裂いた。
「数が多いな」
シールドを切らさないようにしながら片手で大剣を振り回すターク様。
すばしっこい上に、どんどん増える魔物に、次第に数で押され始めた。
「ライル、加勢してくれ」
「はいはい。報酬はきっちりもらうからね」
ライルは少年の姿になると、鋭い鎌のような武器を取り出して、バッサバッサと魔物達を切り裂き始めた。
黒いローブのフードを被って、鎌を振り回すその姿は、こう言っていいのか分からないけれど、まるで死神のようだ。
ぬらりと光るギザギザの歯をむき出しにして、「キキキ」と笑いながら魔物を切り裂くこの姿を見れば、皆がライルを恐れるのも納得が行く。
魔物達はターク様のひざ下くらいの大きさで、サイズこそ小さかったけれど、その分かなり素早かった。
これはきっと、図鑑で見た盗賊ネズミだ。
一見大きいネズミみたいだけど、攻撃的な赤い目と、鋭い爪を持ち、背中は爬虫類のような硬い鱗に覆われている。
図鑑にも確かに、どんどん仲間を呼ぶと、書かれていた気がするけれど、それがこんなに多いなんて……。
――ターク様、ライル、頑張って!
私は怖いのを誤魔化そうと、目をつぶって手を合わせ、心の中で祈るように歌った。
――諦めないで マイヒーロ~♪
信じる力 風に乗って~
はやる心今は抑えきれない~♪
とたんに緑に光る風がターク様とライルを包み込んで、彼らの動きが素早くなった。
「なんだ!?……ウィンドクイックか……!? しかしこれは……は、早すぎだっ……!」
「わぁ! 僕、風になったみたい!」
二人は見えないほどの早業で次々と魔物を倒していった。
馬車を守るターク様のシールドに群がっていた魔物達がすっかり倒されて、谷に静寂が戻ると、ターク様はゼーゼーと肩で息をした。
「わぁ、もう倒しちゃったんですか!? すごい数でしたけど」
「ミヤコ……お前何か歌ったか? また術が発動していたぞ」
「えっ!? 歌は声に出してませんが……私何かしたんですか!?」
「嘘だろ……無自覚な上、詠唱なしでそれか……?」
ターク様は驚いた顔をして少し後ずさりした。
「恐ろしいやつだな……」
「私また、何かご迷惑をかけたんですか?」
「いや、良いんだ。助かったよ。だがその歌も、歌うのは頼んだ時だけにしてくれ」
「分かりました!」
「うむ……。今のシールドで魔力を切らしてしまった。次に同じことがあれば危険だ。早く街へ入ろう」
谷を駆け抜け、その先の丘に上ると、目の前には大きな街と、海が広がっていた。
私たちはようやく、ミレーヌの主人の屋敷がある、ウィーグミン領に到着したのだった。




