02 ウィーグミンへの道のり(1)~黒猫とスーパーヒーロー~
場所:ベルガノン王国
語り:小鳥遊宮子
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ミレーヌの所有者から手紙が届いた翌朝、私、小鳥遊宮子は、ターク様の準備してくれた馬車に乗り込んでいた。
ターク様は自分で馬を操作するつもりらしく、御者台で出発の準備をしている。
ウィーグミンへは馬車で一日半はかかるらしい。そんなに長い時間ターク様と二人で居るのは、初めてかも知れない。私は控えめに言って、結構緊張していた。
ターク様は基本的には無口だし、会話が続かないのは仕方がないけれど、最近の彼は明らかに私を避けているのだ。
今日だって、こんなに近くに居るのに、ほとんど目も合わせてくれない。
――あんな事があって、気まずいのはわかるけど、ちょっと避けすぎじゃないですか? この空気、何日も耐えられるのかな……。
そんな事を考えながら、ターク様の背中を眺めていると、私の膝に一匹の黒猫が飛び乗ってきた。
「わぁ、ライル! 久しぶりだね!」
「えへへ、ミヤコ、おはよう! ウィーグミン、僕も付き合ってあげるよ」
「え、本当?」
ライルは、前足を揃えて私の膝の上にちょこんと座ると、「ゴロニャーン」とでも言いそうな顔で私を見上げてきた。
「うんうん」と、黒猫姿で頷くライルが可愛すぎて、彼が少年なのも忘れ、「可愛い!」と、思わず抱きしめてしまう。
ライルがいれば、ターク様とのこの微妙な空気も、随分ましになるだろう。
これで一安心、と喜んでいると、ターク様は不満いっぱいの顔をして、私からライルを奪い取り、ぽいっと馬車の外に放り出してしまった。
「ライル、何を企んでるのか知らないが、今回は大事な用なんだ。邪魔をするな」
「ひどいな、ターク。僕はお魚が食べたいだけだよ。連れて行ってよ。ずっと猫でいるからさ」
「なるほど魚か。ウィーグミンは海の幸が豊富だからな。しかし、何故私達がウィーグミンに行く事を知っているんだ? さては昨日、覗いていたな?」
「えへへ。気付かなかった?」
「魔女の化け猫め」
ターク様はそう言うと、「しっしっ」と言うように手を振った。けれど、ライルは「えへへ」と笑って、何食わぬ顔で再び馬車に乗り込む。
ターク様は「ふん」と前を向くと、諦めたのかそれ以上何も言わず馬車を発車させた。
こうして私達は、二人と一匹でウィーグミンを目指して出発する事となった。
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メルローズの街を囲む砦を潜り、東に向かうと、そこは広い平原だった。一見何もないけれど、時折木や岩の影から魔物が飛び出してきては道をふさぐ。
図鑑でかなり魔物に詳しくなっていた私だけれど、実際の魔物を見るのは初めてだった。
見た目は想像していた通りだけれど、鳴き声が不気味だったり、気持ち悪い粘液を吐き出してきたりしてかなり怖い。思わずライルを抱きしめる腕に力が入ってしまった。
魔物が現れると、ターク様が馬車を止め直ぐに退治してくれる。最初はいちいち怖がっていた私だけれど、ターク様にかかれば、どの魔物も可哀想なほど弱い、という事に気付くと、だんだんと余裕が出てきた。
「ターク様、かっこいいです!」
私がターク様の剣技に歓声をあげると、彼は見事なドヤ顔を見せてくれる。
「当然だ、私は不死身の大剣士ターク・メルローズだからな」
――それ、久々に聞きました!
戦っている時の彼は、最近のターク様からは想像もできない程にイキイキとしていた。
倒せば倒すほど、ターク様に力がみなぎっていくのが分かる。生命力に溢れた彼の戦いぶりは、彼の細身の体から繰り出されているとは思えないくらい、驚くほどパワフルで豪快だった。
普通の状態でも十分強いけれど、時折真っ黒な大剣から眩い光が溢れ出すと、ターク様の強さはさらに何倍にもなった。
彼の黒い瞳が金色に光り、重い剣圧と共に剣先から強力な光の刃が飛び出すと、大抵の魔物は近付く事さえ出来ないのだ。
こんなに強くて、しかも不死身。彼は間違いなく、大剣士様だ。戦地に居た彼は、スーパーヒーローだったに違いない。
今だってターク様が戦う姿を見ると、彼が療養中だと言う事を忘れてしまいそうになる。本当に彼は、どうして戦地から戻ってきたのだろう。
カミルさんがターク様の治癒に頼りながらも「君はここにいるべきじゃない」と、しつこく言うのも分かる気がしてきた。
いくら治療ができても、バローナが上手くても、ターク様は剣士で、戦っている時がきっと、一番輝いているのだ。カミルさんはその事を、誰よりもよく分かっているのかも知れない。
そんな事を考えているうちに、馬車は、草原の長い一本道を過ぎ、小さな村に入った。
私達はそこで、宿に泊まる事にした。
「一人にするわけにはいかないからな」
ターク様は当たり前のように二人部屋を取った。ライルは猫なのでカウントしなくていいらしい。
『ダブルベットだったらどうしよう……』と、心配しつつも部屋に入ると、そこにはシングルベットが少し離して二つ置かれていた。
少しホッとして隣を見ると、ターク様もどうやらホッとしている様子だった。
「あれ? 今日はミヤコと一緒に寝ないの? てっきりこっちのベッドは僕のかと思ったよ」
それぞれ別のベッドに入った私とターク様に、ライルが不思議そうな顔をする。
「ライル……私の寝室に忍び込むのはやめろ」
「えへへ」
――まさかライルに、私達の添い寝現場を覗かれていたなんて……。
全く気が付かなかったけれど、いったい、いつ見られていたのだろうと、不思議で仕方がなかった。ターク様ですら気付かない程に、ライルは本当に気配がない。
私が顔を赤くしてベッドに潜り込むと、「じゃぁ、僕はミヤコと一緒に寝よっ」と、ライルが胸元に入ってきた。
――黒猫ちゃんと一緒に寝るなんて、ちょっと幸せ!
私がライルをムギュッと抱きしめると、途端にライルがポンっと猫耳少年の姿になって、私を見上げギザギザの歯を見せてニカっと笑った。
「ひゃ、ライル、寝る時はそっちの姿なの?」
「こっちの方が抱きしめがいがあるかなと思って」
――うーん、これは逆に抱きしめにくいかな……。
私が苦笑いしていると、ターク様が苛立った顔でライルをヒョイっとつまみ上げた。
「猫に戻って床で寝ろ」
「ひどいよ。せめてベッドの端で寝かせてよ」
ライルはポンっと猫になると、拗ねたように私の足元に丸くなった。
――ごめんね、ライル……。
「明日は少しやっかいな魔物が出る谷を行かなくてはいけない。念のため少しでも魔力を回復しておきたいからな。さっさと寝るぞ」
「は、はい」
ターク様は最近、あんなに喜んでくれていた眠くなる歌を歌わせてくれない。
表情は日増しに硬くなっているし、絶対寝不足の筈だけれど、虚な顔でふらついているいつもの寝不足とは違い、なんだか瞳がギラギラしている。
――ターク様、大丈夫かな……。
断られると知りつつ、「歌を歌いましょうか?」と、ターク様に声をかけると、彼はやはり首を横に振った。
「いや……。また術が発動したら困る。お前もゆっくり寝るんだ」
「じゃぁ、ツボはどうですか?」
「……今日は必要ない」
ターク様は私に背を向けると、そのままじっと動かなくなってしまった。
――せっかく、ターク様のお役に立てたと喜んでいたのに。どうして少しも頼ってくれないのかな……。
――私が迷惑ばかりかけるからですか? というか、これ、絶対寝たふりですよね……。
また寂しい気持ちになって、ターク様の背中をじっと眺めていたけれど、慣れない旅の疲れもあって、私は知らない間に眠ってしまっていた。
△
翌朝、ターク様はかなり険しい顔で起きてきて、宿屋の朝食にも手をつけず、ほとんど喋らなかった。顔色はずいぶん悪いし、目つきが益々ギラギラしている。
――タ、ターク様……。本当に大丈夫ですか?
魔力残量を確認したいけれど、ターク様は最近ずっとステータスをロックしている。
何か見られて困る事でもあるのだろうか。そして今日も、私と目を合わそうとしない。
――いいもん、ライルが居るもん……。
私はライルを抱きしめて馬車に乗り込み、馬車は再びウィーグミンを目指して出発した。
ターク様は御者台に座り、ずっと前を向いたままだった。




