09 夜の森で。~ターク様に襲われてます!~[挿絵あり]
場所:アーシラの森
語り:ターク・メルローズ
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私はミヤコを馬車に乗せると、闇夜を駆け抜けアーシラの森にきた。
――あそこなら、間に合うはずだ。
ミヤコは刻印がある右腕を中心に、半身がひどく焼けただれていた。眠ったまま、どんどん呼吸が浅くなり、先ほどからもうほとんど虫の息だ。
このままでは、いつ死んでしまってもおかしくない。
――頼む、間に合ってくれ……!
私は急いで、精霊の集会所までミヤコを運んだ。夜になると霧に覆われ、一寸先もわからなくなってしまうはずの森が、今夜は星空に照らされ、妙に明るく静かだった。魔物が襲ってくる気配もない。
――なんだか分からないが助かった……。
広場に着くと、私の身体を包む加護の光がどんどん強くなり、あたりを明るく照らし始めた。前に来た時より、さらに力が増している気がする。
『ターク君、早く早く』
――分かっている。静かにしていろ。
慌てるタツヤを宥めながら、私はミヤコを木の下に寝かせると、鎧を脱ぎ捨て、彼女に覆い被さった。
――ミヤコ……戻ってこい。
彼女の固く閉じた口を、指で開かせ唇をかぶせると、強い金の光が、束になってミヤコに流れ込む。
『あぁ、僕のみやちゃん……』
タツヤの悲しみに暮れる声が頭に響く。本当にタツヤはややこしいやつだ。だが、今はかまっていられない。
――治療だ。キスくらい我慢しろ。
何度かキスを繰り返すと、深かった火傷が癒え、つるんとした白い肌が戻ってきた。ミヤコの呼吸が回復し、その頬に赤みが差す。
「ミヤコ、眼を覚ませ。ミヤコ!」
耳元でそう呼びかけると、ミヤコはゆっくりと目を開いた。
「ターク様……ここは?」
「気が付いたか? ここはアーシラの森だ」
「夢みたいにきれいです」
「あぁ、そうだな。本当にきれいな夜だな」
気がつくと、広場の周りには色とりどりに輝く精霊たちが集まって、遠巻きに私達を見守っていた。
どうやら彼女達が、私に力を貸してくれていたようだ。
「ターク様、どうしてここに?」
「今は気にするな。それより、これ、落ちていたぞ」
私は拾った髪飾りをミヤコの髪に刺すと彼女を抱き起こし、抱きしめた。
安心すると同時に色々な感情がこみあげて、身体がひどく震えて止まらなかった。
「ターク様、泣いてるんですか?」
「私じゃない、これは……タツヤの涙だ」
「え、そうなんですか……? そっか、達也、ごめんね……」
勝手に溢れてくる涙をタツヤのせいにし、ミヤコの顔を覗き込む。
私の光を受けてキラキラと輝く瞳で、彼女は私を見つめ返した。その表情は儚い夢のように心許ない。
彼女の存在の不確かさを再確認したようで、私の心はなかなか落ち着かなかった。
――ミヤコは私を見つめながら、今誰を想っているんだ……? 私か、それともタツヤか……?
タツヤのミヤコに対する恋心の影響だろうか。まるで嫉妬のような考えが頭をよぎる。そんな自分に戸惑っていると、彼女は静かに歌を歌いはじめた。
「月の光に 照らされて……♪
妖しく光る闇夜の花
混乱が導く 夢の世界……
ついておいでと囁く 君……♪」
「日本の歌か?」
「はい……なんだかこの幻想的な景色を見ていたら思い出して……」
「不思議な歌だな。身体はもう大丈夫なのか?」
「少しボーッとしてますが、大丈夫です」
「そうか……う……ん……? なんだか私もボーっとするな……目が……回る……」
キラキラと輝いていた風景が、閃光のようにチカチカと目を眩ませ、頭の中がぐちゃぐちゃになって、次第に思考が定まらなくなる。
目の前にいるミヤコが六人に増え、重なりながらぐるぐると回っているように見えた。
「タ、ターク様、大丈夫ですか? どうしましたか?」
ミヤコの呼びかけが遠くに聞こえるが、何を言われているのか分からず返事もできない。
「あぁ、きれいだな。すごく、きれいだ……。ほんとうに……すごい……」
私はうわ言のようによく分からない言葉を繰り返し呟いていた。何が何だか分からないまま、やがて目の前のミヤコに焦点が合うと、私は欲情に揺り動かされ、吸い寄せられるように彼女に唇を重ねた。
彼女を抱きしめ、押し倒して、何度も何度も、その唇を食みながら、破れた服の中に手を入れる。
私達の頭上から、どこから現れたのかたくさんの花びらが舞い落ち、私達の周りに降り積もっていた。
その花の甘ったるい香りが、私の興奮を助長する。
「ターク様、やっ、やめ……。あぁっ……!」
私の荒々しい息遣いと共に、強い加護の光が束になって再びミヤコに注ぎ込まれた。
ミヤコは捕獲された小動物のように喘ぎ声をあげ、そのままぐったりと意識を失った。
ほんの数秒の後、頭をかち割るようなものすごい頭痛がして、私は我に返った。
ミヤコの上気した頬が、潤んだ瞳が、はだけた胸元が、私の目に飛び込んでくる。
まだ冷め切らない興奮の中で、私は唖然としてその光景を眺めていた。
――私はいったいなにをしたんだ? なぜこんな風にミヤコを襲った!?
ミヤコは「ターク様……?」と呟いて、私を見上げたまま固まってしまった。それはそうだ。今の行為は治療のそれとはあまりにも違う。
彼女にかける言葉は何一つ出てこなかった。
戸惑う私の中で、タツヤがひどく怒り狂っている。自分だって我を忘れていたくせに、本当にうるさいやつだ。だいたい、お前が興奮したからじゃないのか?
しかし、よく考えてみると、この感覚には少し覚えがあった。
――いや、そうか、これはあれだな。全く、油断していた……。
私はミヤコを馬車に放り込むと、無言のまま家路についた。
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場所:アーシラの森
語り:小鳥遊ミヤコ
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色とりどりの精霊達が妖しく光る夜の森で……。
私、小鳥遊宮子は、ターク様に襲われていた。
さっきまでマリルさんのお屋敷に居たはずなのに、いったいなにがどうなったのだろう。
涙を流しながら私を抱きしめていたターク様は、急に目の焦点が合わなくなり、うわ言を言い始めたかと思うと、突然私を押し倒したのだ。
そのまま、貪るようにキスの雨を降らせるターク様。
服の中に入ってきた彼の指が、私の背中を撫で回し、興奮した彼の吐息と、溢れ出す金色の光が私の身体を痺れさせた。
「ターク様、やっ、やめ……。あぁっ……!」
ターク様が眩しく輝いて、意識の薄らいだ私の視界は、真っ白になっていく。
△
突然、目を開けていられない程の激しい風が、ビュンビュンと顔面に吹き付けてきて、私は眉を顰めた。
――飛んでる!?
それはまるで、体が風になったかのような不思議な感覚だった。誰かに抱き抱えられ、猛スピードで空中を移動しているようだ。
ドキドキと高鳴っていた胸の鼓動がさらに早くなって、心臓が口から飛び出しそうになっている。
あまりのスピードに、軽く目を回していると、身体は突然ぴたりと空中に静止した。
「喜べタツヤ! お前の大切な女を連れてきてやったぞ」
風の中から、そんな声が聞こえて、私は恐る恐る目を開いた。
目下に広がっていたのは、朝焼けに染まるメルローズの町だった。
ターク様に本を買ってもらった商店街や、ターク様とサンドイッチを食べたカブ畑の真ん中の大木が見え、その奥には彼の立派なお屋敷が建っている。
ターク様が大切に守っている、彼の街だ。
――わぁ、凄い! 高い!
思わずテンションが上がった私の心に、悲しみに沈んだ声が響いてきた。
『もういや……何もかもどうでもいい……消えてしまいたい……』
弱々しく嘆いているのは、記憶の中のミレーヌだった。
――ミレーヌ、消えないで!
思わず声をかけてみたけれど、記憶の中の彼女に、私の声は届かない。
ミレーヌはそのまま、ターク様のお屋敷の前に転がされた。身体中が痛くて身動きが取れない。
「ターク、これでお前は英雄になれる」
また風の中から声がして、私は意識を取り戻した。
△
目を開けると、目の前には、私に覆い被さったまま、呆然としているターク様がいた。
真っ赤な顔で目を見開いた彼は、まだ呼吸が荒く、はぁはぁと肩で息をしていた。
「ターク様……?」
私が声をかけると、彼は「く……」と息を漏らしながら、慌てて私から目を逸らした。
彼に吸われた唇は熱を持ち、瞳からは涙がこぼれ落ちている。
――そうだ。私、ターク様に襲われてたんだった!
顔から火が噴き出しそうな羞恥心に襲われ悶える私を、ターク様はマントに包み、ポイっと馬車に詰め込んだ。
そのまま御者台に座り、私に背中を向けたまま黙って家路に着く彼。
――いったい、どういうつもりですか!?
私達は一言も言葉を発さないまま屋敷に帰り、私は書庫に駆け込んだ。
精霊の集会所に来たターク様は輝きが増し宮子はすぐに回復しました。しかし、達也の影響か思いの外感情がたかぶってしまうターク様。急に様子がおかしくなったかと思うと宮子を押し倒してしまいました。そして宮子はターク様の光で再びミレーヌの記憶を見ます。
次回、仏頂面で宮子を屋敷に連れ帰ったターク様は、怒っている宮子の腕を掴みます。




