06 マリルのハーブティー。~あの花の名はマルベット~
場所:マリルの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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エロイーズさんに連れられ、マリルさんの屋敷に到着した私を、マリルさんは屋敷の入り口に立って出迎えてくれた。
「ミヤコさん、来てくれてありがとう」
「いえ……マリルさん、あの、大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ、ありがとう」
にっこりと笑顔を見せてくれたマリルさんだけれど、よほど泣いていたのか、ひどく腫れた目をしている。
私が所有者の元に帰らなくて済むように、マリルさんを説得すると、ターク様が言ってくれてから、既に数日が経つけれど、ターク様はその後マリルさんに会ったのだろうか。
――これは、ターク様と何かあったのかな……?
そう思って少しドキドキしていると、マリルさんは、私の手を取り、「こちらにいらしてね」と、広い庭を、ティールームや彼女の部屋とは反対の方向へ歩き出した。
改めて見ると、彼女の屋敷の庭には、沢山の種類の植物が植えられている。前に来た時は気が付かなかったけれど、ここは、薬草をつくるためのハーブ園だったのだ。
――あ、これ図鑑で見た、タカタカ草だっけ……あ、こっちにはシャナの木が! 実もなってるわ。あれは頭痛に効くんだっけ……?
そこは隅々まで手入れが行き届いた、とても美しい場所だった。いつもはマリルさんの執事のセバスチャンさんが大切に管理しているらしい。
ここ数日、植物図鑑を食い入るように見ていた私は、キョロキョロとしきりに辺りを見回した。
ハーブ園には、素敵なグラスハウスがあり、そこにはいかにも暖かい場所を好みそうな、葉っぱの大きな植物が勢いよく生い茂っていた。
其処此処に可愛らしい色とりどりの花が咲き乱れている中に、お洒落なテーブルと椅子が置かれたカフェのような休憩スペースがあり、彼女はそこに私を座らせた。なんとも素敵で、気分が落ち着く場所だ。
「少し待ってね、今、ハーブティーを淹れて差し上げますわ」
「あ、ありがとうございます」
「いつもは執事に淹れてもらってるから、上手く出来るか分からないけれど」
ハーブティーを準備しながら、かすれたような元気のない声で話すマリルさんは、ターク様に会いにきた時とは随分様子が違った。
「何度も酷いことをしてしまったのに、また来てくれるなんて、嬉しいわ、ミヤコさん。でも、わたくしと一緒じゃ……ね……落ち着かないですわよね?」
「そんな事は……」
「でも、緊張しないでいただきたいの。わたくし、今日こそはきちんとお詫びをしたいと、本当にそう思っているんですのよ」
可愛らしい小さな顔に辛そうな笑顔を浮かべる彼女が、なんだか不憫で、胸がキュッとする。
あんな風に叩かれたのは悲しかったけれど、やっぱり私が現れなければ、彼女がこんな想いをする事もなかった筈だから。
彼女は、美しいガラスの茶器に摘みたてのハーブとお湯を注ぎ、準備してあったバスケットからカップケーキやキャンディーなどを取り出して、手際よくテーブルを整えた。
「出来たわ! どうぞ、これはリラックス効果のあるハーブティーですのよ。お菓子も沢山ありますわよ」
「ありがとうございます、マリルさん。気を使っていただいて、嬉しいです」
お礼を言って、ハーブティーを手に取ってみると、確かに、なんだか心が休まるような、爽やかな香りがした。
「いい香り……」
「そうでしょう? セバスチャンに教えてもらったお気に入りのブレンドですのよ。たくさん作ったから、遠慮しないでね」
「はい、頂きます」
マリルさんは私がハーブティーに口をつける様子をじっとうかがって、心配そうに「どうかしら?」と声をかけてきた。
「すごく美味しいです」と返事をすると、「本当? 良かったですわ」と、両手の指先を口の前で合わせた可憐なポーズで、嬉しそうににっこり微笑んだ。
――こうしてるとマリルさん、上品で可愛いくて……ターク様が婚約者に選んだのもわかるわぁ。
私達は、しばらく穏やかなティータイムを楽しんだ。少し調子を取り戻したマリルさんは、ターク様の好きな所を熱く語り始めた。
好きな仕草、褒めてもらったドレス、辛かった時にかけてもらった優しい言葉、一緒に行って楽しかった場所。惚気話の連続だったけれど、前回のように食欲がなくなる事もなく、私は美味しいカップケーキをパクパク食べながら、「素敵ですね」と相槌を打った。
△
私がハーブティーを飲み終わった頃、マリルさんは、「そろそろね」と言って立ち上がった。
「ミヤコさんにプレゼントしたいものが有りますの。こっちにいらして」
「え、そんな、もう十分よくしていただいたのに……」
「気になさらないで。わたくしが差し上げたいんですから」
マリルさんは、遠慮する私の手を引いてグラスハウスを出ると、花の咲き乱れる赤煉瓦の小道をさらに奥へと進んでいった。
歩き始めた私は、なんだか妙に頭が重く感じ、どうにも足元がもつれて歩きにくかった。
「マリルさん、ちょっと待ってください、私、気分が……」
眉間がズキズキと痛み始めて、視界も狭くなり、倒れそうになった私はマリルさんを呼び止めた。
だけど彼女は、「もう、すぐそこですから」と言うばかりで、私の手をグイグイと引いて歩き、なかなか止まろうとしない。
足がもつれた私は、とうとう地面に膝をついてしまった。
「あ、いたた……」
「あら、大丈夫ですの? 足元が悪いから気をつけてね。もうすぐそこだから、頑張って、ミヤコさん」
マリルさんはそう言うと、私を支えて立ち上がらせ、肩を貸してくれた。
そうして、私は煉瓦造りの大きな建物に連れてこられた。
「ここは……?」
「魔力訓練所よ。わたくし専用のね」
「すごい……」
そう言うと、私はまたカクンと床に膝をついた。ものすごい睡魔に襲われて、目がぐるぐると回りはじめたのだ。
身体に力が入らなくなり、私は手もつかずに顔から地面に倒れこんだ。頬が思い切り擦りむけて、強い衝撃が頭を突き抜ける。
――痛い……。これ二回目だわ。
「ふふ、いいタイミングですわね。ハーブティーが効いたみたい。わたくしからのプレゼントはこちらですのよ」
かすれる目でマリルさんを見上げると、彼女は私に手をかざし、何やら長い呪文を唱えはじめた。
――すごく眠い……そうか……そうだ、さっきマリルさんが茶器に入れていたあの白い花は、睡眠薬のマルベットだ……。昨日図鑑で見た……の……に……。
硬いレンガに顔面をこすりつけたまま、私はゆっくりと意識を失った。
素敵なグラスハウスで美味しいお菓子とハーブティーをご馳走してくれたマリルさん。しかしそのハーブティーには睡眠効果のあるマルベットが入っていました。プレゼントがあると宮子を魔力訓練所に連れて行った彼女は、思った以上に思い詰めていたようです。倒れてしまった宮子の運命は……?
次回、宮子がいなくなった事に気付いたターク様はマリルの屋敷を目指します。




