05 迎えに来たエロイーズ。~マリル様は最高です!~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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数日前から、ターク様はカミルさんと森へ行くことが増え、いつも以上に留守がちになっていた。
相変わらず暇を持て余している私、小鳥遊宮子は、書庫に籠り、毎日本に読み耽っていた。
ターク様の部屋の書庫には、童話や図鑑、歴史の資料、魔導書など、沢山の本があった。
先日買ってもらった子供向けの本で、一通り文字も読めるようになったので、簡単な童話を読んでみたり、この世界の伝説や偉人の本を読んでみたりして、今は辞書を片手に図鑑を眺めている。
こんなに勉強したのは初めて、というくらい、私は熱心に本を読んだ。
図鑑には、この世界独特の、見たことのない動物や植物、魔獣や魔物まで、詳しい説明付きでイラストが載っていた。
――ターク様、戦地でこんなのと戦ってたの?
私が開いたページには、体長が六メートルはある、恐ろしい魔獣が描かれていた。
黒々と渦を巻く二つの角を持ったバッファローのような頭と身体、興奮したように赤い目、ギザギザと尖った歯。それなのに人間のように二足歩行で鎧を着込んでいたりする。
説明には、生息地はルカラ湿地帯、突進攻撃と、噛みつきが得意、と書かれていた。
そして、もっと怖いのは顔の見えない闇魔導師だ。闇の黒いモヤに包まれ、何を考えているのか全く分からない彼らは、あらゆる魔法を使いこなし、また魔獣をも操り、けしかけてくるようだ。更に、幻覚を見せ惑わせる精神攻撃が得意だと書かれている。
ターク様が受けた精神攻撃はどれだろうかと、あちこちページをめくってみたけれど、異世界の人の心が身体に入ってしまうような攻撃は、全く見当たらなかった。
他に私が気になったのは、この世界の珍しい植物達だ。火傷に効くとされるアロエのようなものから、一見雑草にしか見えないけれど咳止めになる草、炎症を抑える塗り薬が作れる木の実、飲むと眠くなる白い花など、様々な薬草が存在しているようだ。
――この花があれば、ターク様がよく眠れるようになるかも。私にも作れないかな? あの森に草花を取りに行けたら良いのに。
そんなことを考えていると、となりの書斎に誰かが入ってきた。
「ミヤコさんに、お客様です」
サーラさんが連れてきたのは見覚えのある重装備の女戦士だった。
ガチャガチャと音を立てながら、書斎に入ってきた彼女。部屋の中で見ると、彼女の大きな盾がさらに大きく見える。
「あなたは確か、マリルさんの護衛のエロイーズさん?」
「はい、護衛と言っても、マリル様は私よりずっとお強いので、単なる話し相手みたいなものですが」
「そうなんですか!?」
エロイーズさんの話では、マリルさんは炎属性魔法では右に出るものが居ないほどの使い手なのだそうだ。
攻撃魔法の威力は特にずば抜けていて、隕石の雨を降らせ、広範囲を燃やし尽くすくらいのことは軽く出来てしまうらしい。
また防御の時には、巨大な燃える鉄の壁を自由自在に召喚する。それは正に鉄壁の守りだと言う。
マリルさんが本気を出すと、訓練用に集めた魔物が可哀想になるくらいだ、と彼女は言った。
エロイーズさんはどうやら、マリルさんが大好きのようだ。興奮した様子で、さっきからマリルさんの話ばかりしていて、なかなか用件を言わなかった。
どうせ暇なので、「ほうほう」と聞いていると、彼女はマリルさんの強さと可憐さについてひとしきり話した後、「ふう。マリル様の話でついつい熱くなってしまいました」と言いながら、一枚の手紙を取り出した。手紙には、こんなことが書いてあった。
『今度こそ、きちんとしたお詫びをさせてください。ターク様とはお話ししました』
簡潔すぎて、よく分からない内容に、私がキョトンとしていると、エロイーズさんが悲しそうな瞳で、今度は最近のマリルさんの様子を語りはじめた。
「マリル様は先日の一件から、塞ぎ込んでしまいまして……毎日ベッドの上で泣いてばかりなんです。私はもう辛くて見ていられなくて……」
「そうなんですか?」
「えぇ。それで。どうしたいのかとお聞きしたところ、もう一度あなたをお招きして、今度こそ謝罪がしたいと仰るのです」
「マリルさんが、そんなことを……」
「ミヤコさん、どうか、このまま私に同行していただけないでしょうか? ミヤコさんが部屋から出ている間は、このエロイーズが責任を持ってお守りします」
「えーっと……」
先日の一件を思い出し、流石に少し困ってしまった私が口籠っていると、エロイーズさんは、「お願いします!」と、真剣な様子で頭を下げた。
そんな彼女を見ていると、自分のせいで落ち込むマリルさんを放っておくのも、わざわざ迎えに来てくれたエロイーズさんをこのまま帰すのも、なんだか申し訳ないという気がしてくる。
「私が行けば、マリルさんが元気になるんですか……?」
私の質問に、彼女は食い気味に「もちろんです!」と答えた。
――マリルさんの所なら問題ないかな?
結局私は、彼女に連れられ、ターク様の部屋を出てしまった。
夢中で本を読み漁る宮子は、ターク様がポルールで、思った以上に恐ろしい敵と戦っていたことに気付きます。ですが、ターク様の受けた精神攻撃が何なのかは分かりませんでした。エロイーズの迎えにホイホイとついて行ってしまう宮子。心配です。
次回、宮子はマリルさんと楽しいひと時を過ごしますが……。




