04 君は愛を知らない。~全部お前のせいか?~
場所:王都(訓練所)
語り:ターク・メルローズ
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夢中で剣を振るうちに、かなり暗くなってきた。
そろそろ帰ろうかと振り返ると、カミルが兵士達を連れ、森の魔物討伐から帰ってきたところだった。今は兵士達に何やら指示を出しているようだ。
私から見るとカミルは少し頼りないやつだが、立派に一部隊の隊長を務めているのにはなかなか感心する。兵士達からも案外慕われているようだ。
「やぁターク! 今日はまた一段と辛気臭い顔してるじゃないか! どうしたんだい?」
兵士たちを兵舎に帰すと、彼女は弾けるような屈託のない笑顔を見せ、私の方へ駆け寄ってきた。結い上げた藍色の髪をなびかせて走る彼女の姿はとてもはつらつとして好ましく見える。
しかし、開口一番、大声で辛気臭いなんて言われて、気分の良いやつはいないだろう。私は思わずムッとして眉を顰めた。今さっき褒めたことは全て撤回したい。
――この光り輝く男前を捕まえてなんなんだ。
私が妹弟子の口の悪さに辟易としていると、『ターク君って自分大好きだよね』と、心の中でタツヤがクスクス笑いはじめる。
――お前も引っ込んでろ!
心の中で会話をしている時は、気をつけていないと挙動がおかしくなってしまう。下手をすると気付かないうちに、独り言を言ってしまったりする。
さっきから、カミルがまじまじと、私を観察しているが、何か変な動きをしてしまっただろうか。
「おやおや? なんだかいつもより更に様子がおかしいね?」
「そ、そうか?」
「あ、マリルちゃんと喧嘩でもした?」
「あー、まぁそんなところだ」
いきなり図星を突かれて少したじろいだが、誤魔化しても無駄なので素直に答える。カミルは、「やっぱりかぁ、そうなると思ってたよね」と、妙に納得した顔だ。
「いったい、何故わかるんだ? 私はこんなことになるとは思ってなかったぞ」
私がため息混じりにそう言うと、「まぁ、そう気を落とすなよ。彼女、君に夢中だから、そのうちきっと分かってくれるさ」と、まるで現場を見て来たかのように、カミルは私を励ました。
やはり、彼女にごまかしは通用しないようだ。
付き合いが長いとは言え、私にはカミルがどういうつもりかなんて、さっぱり見当もつかないというのに、どうして私ばかりが、こんなに見抜かれてしまうのだろうか。
「ところで、まだイーヴ先生から呼び出しはかからないのか? 何も進展はないの?」
ポルールには行けないと話をしてから、まだ数日しか経っていないと言うのに、カミルはまた私にせっついてきた。
「そうだな……イーヴ先生からは何も連絡はないし、この数日で私の症状はむしろ悪化したようだ……」
「そんなにピカピカしてる癖に、いったいどこの調子が悪いのかな?」
カミルはまるで、私が嘘をついてサボっているとでも言いたげだ。勘がいいくせに、能天気で子供臭い彼女は、少し理解力が足りない。
「お前は本当に容赦がないな」
「僕は君が、ポルールの戦いを終わらせるべきだと思ってるんだよ」
「何故そうなるんだ?」
「君の為さ。君は自分を愛してくれている、沢山の人の気持ちにもっと気付いて、恩返しするべきだ」
私のしかめっ面を、全く気に留めない様子で、よく分からないことを言いはじめるカミル。
「いったい、なんの話をしているんだ?」
彼女の思わせぶりな表情を見て、私は首を傾げた。
「その君の話し方、イーヴ先生の真似だろ? 似合ってないよ?」
「う、うるさいな。これは、大剣士の威厳を保てって言う、イーヴ先生の指示だ。もう一年これでやってる。今更なんだ?」
「形だけ真似したって無駄さ。君は、全く愛を分かってないからね。愛の国の住人にはなれないよ」
私はますます首を傾げた。
カミルに私の愛をとやかく言われる筋合いは全くない。しかし、マリルとの話し合いに失敗したばかりの私は、彼女が言わんとしていることが少し気になった。
「お前には愛が分かるのか?」
「分かるよ。ポルールを取り戻せば君にも分かるはずだよ」
「意味不明にも程があるぞ」
頭の上に疑問符が飛び交う私に、彼女は冷たい目を向けた。どうやら思うところを話す気は無いらしい。
「まぁ、これは世の中の人達の為でもある。君がこんな所でフラフラしてちゃみんなが不安になるよ」
「それは分かっている……」
私はまた、ポルールに向かう自分の姿を想像し、フラフラとよろけ、頭を抑えた。
カミルはそんな私の様子を見て、「だめだこれは」というように肩をすくめている。
「まぁイーヴ先生が来るなって言うなら仕方ないよね。先生の言うことは絶対だ。きっと考えがあるんだろう」
「お前はしぶとくイーヴ先生が好きだな」
不屈の精神を持つ彼女は、子供の頃から一貫してイーヴ先生を追いかけている。先生が一人を選ぶことは無いと分かっているのに、そのしぶとさは見習いたくなる程だ。
「当然だろ! あんな眩しい人は見たことない! イーヴ先生は背景に薔薇が見えるんだよ? 君なんて先生のとなりに立ったら霞んじゃうよね。ピカピカ光ってる癖に良く見ると大抵暗い顔してるもんね」
「先生を褒めるついでに私を貶めるのはやめろ」
「へへ。まぁ、暇なら明日、また討伐を手伝ってよ。じゃ! よろしくね!」
「お前、調子良すぎないか?」
私は、立ち去ろうとするカミルの後ろ姿に「今日はケガはないのか?」と、声を掛けた。
しかし彼女は、「大丈夫」という風に手を振って行ってしまった。
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――ケガもないのにわざわざ寄ってきて、あいつはいったいなんなんだ? 何が言いたいのか分からなさすぎる。
――討伐の手伝いを頼むついでに、私で憂さ晴らしでもしたかったのか?
カミルが行ってしまった後、モヤモヤとそんなことを考えていると、タツヤが話しかけてきた。
『君の周りの女の子達はみんな性格がきついよね。やっぱりみやちゃんが一番可愛いな。そう思わない?』
――お前……うるさいぞ。
『ターク君、あんまり気にしない方が良いよ。不死身だからって君が一人で背負いこむ必要はないと思うよ』
――なんだ? 私を励ましてるのか?
『君に戦場に行かれると困るんだ。僕は魔物とか、戦いとか怖いのは苦手なんだよ』
――まさか、私がこんなことになってるの、お前のせいじゃないだろうな……?
『どうだろうね』
――なんてやつだ。もう一人の私だと言うわりに、似ている所がないと思っていたが、大事な事は全部はぐらかすじゃないか……。
自分のダメな部分を見せつけられたようで、嫌な気分になった私は、大剣を背中に担ぐと、重い足を引きずり、ようやく屋敷に引き返した。
怪我もないのにわざわざ話しかけてきてよくわからない事を言うカミル。彼女はタークに何を伝えたかったのでしょう。それが分かるのはもう少し先のお話になります。自分がポルールに戻れなくなったのは、達也のせいなのかと疑うターク。達也はどうして彼の中にいるのか。謎の多い一話になりました。
次回、部屋で本を読み漁っている宮子の元に、ガチャガチャ音を立てながらお迎えがやってきます。




