02 夕暮れのティールームで2~異世界ってなんなんです?~
場所:マリルの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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「ターク様……そ……それは……っ」
「ま、待ってくれ。マリル、落ち着いて、一度座ろう、な?」
戸惑いに震えながら立ち上がった彼女に、私は両の手のひらをひらひらと上下させ、座るように促した。
彼女は、納得が行かないと言う顔をしながらも、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「確かに、私はミヤコが居ないと眠れない……だが、これは、断じて私のミヤコへの感情からくるものではないのだ」
「はぁ……? どう言うことですの?」
マリルは不安と苛立ちの入り混じった瞳で、私を見つめた。今更ながら、本当のことなんて言わない方が平和だった気がしてくる。
――だが、もうマリルに嘘はつかない……。
婚約者である彼女に、今まで自分の気持ちを何も話さずにきた。真剣に向き合わず、怒らせないようにといつもごまかしてきた。
これまでも、こんな風に誠心誠意話をしてきていれば、こんな困った事態にはならなかったかもしれない。
後悔の渦に飲み込まれそうになりながらも、私は話の続きを進めた。
「実を言うと、私の中には、もう一人、異世界から来たタツヤという男が入り込んでいるのだ」
「……はい?」
キョトンとした顔で首をかしげるマリル。当然だ。こんな話、私だってなかなか信じられたものではなかった。
だが、これをマリルに信じてもらわない訳にはいかない……。
とは言え、自分でもよく分かっていないだけに、うまく説明できそうな気はしなかった。
「その、タツヤが……なぜかミヤコと知り合いでな……どうも、幼なじみらしいんだが……」
「ターク様、何をおっしゃってるのか、わたくし、分かりませんわ……?」
「だからな、その、異世界から来たタツヤが、頭の中に……」
「ターク様、もういいです」
マリルは呆れた顔で私の言葉をピシャリと遮った。彼女の小さな顔が、怒りに震えている。
「ターク様、異世界、異世界って、一体なんなんですの? その男が、実在するかも分からない異世界へのゲートを通ってきたとでも? 異世界なんて、そんなの、古の伝説じゃありませんか!」
唇を噛みしめた私に、勢い付いたマリルがまくし立てる。
――うぐ……もう心が折れそうだ。こうなるともう、私の手には負えない。よく頑張ったが、私に出来るのはここまでだ……。
諦めの気持ちが思考を埋め尽くし、私はボンヤリと彼女の怒りの声を聞いていた。しかし、ミヤコとの約束もある。今日はこのまま帰るわけにはいかない。
「ま、マリル、聞いてくれ。タツヤがどうやって来たかは知らないが、とにかくそいつは私の中にいるのだ。そして、ミヤコを守れと私を操って……」
「いい加減になさって下さい。そんな突拍子もない話でわたくしをからかって!」
「違う、そんなつもりは……」
「そんなバカな言い訳をして、本当にミヤコさんのご主人を見つけるつもりはあるんですの? ターク様にやる気がないんでしたら、わたくしが今度こそ、ミヤコさんの封印を解除して差し上げます」
この時、私の胸から、ポキリと心の折れる音が聞こえた。
――誠心誠意作戦はもう限界だ。だが、これだけは伝えておかなくては……。
私はマリルの目をまっすぐに見つめた。私の真剣な眼差しに、マリルが一瞬黙り込む。その隙を突き、私は言葉を発した。
「……ミヤコは、主人の元へは返さない」
「なんですって!?」
凍りついたマリルの顔を見ても、私にはもう出来ることが無かった。
とにかく、こんなに怒っている彼女に、危険な封印を抱えたミヤコを預けることは出来ない。
「マリル、ミヤコの所有者はサキュラルで弱った彼女を鞭で打ち、虐待していた男だ。その上、彼女がいたぶられるのを承知で、ゴイム印を付けたまま外に放り出した。そんなやつの元にミヤコを返すことは、私には……」
私の話が終わらないうちに、マリルはテーブルに、バーン! と両手を叩きつけながら立ち上がった。
ティーカップがガチャンと音を立て、マリルの座っていた椅子が後ろに倒れると、ティールームにガターンと大きな音が鳴り響く。
「返さないでどうするおつもりですか!」
怒りに顔を赤くし、大声を張り上げるマリル。その瞳には、涙がたまっている。私は目を見開いたまま、震える彼女を見上げていた。
「どうしてあなたは……。珍しく自分からこちらにいらしてくださったかと思えば、わたくしより、ミヤコさんが大切だと、そう言いにいらっしゃったんですのね?」
「違う、そういうことじゃ……」
「何が違うんですの!? 今の話でいったい、何を信じろって言うんです!」
マリルの声がキンキンと私の頭に響いて、私は頭を抱え込んだ。正直に話したつもりだったが、私の言葉は全て、嘘になってしまったようだ。
「……マリル、君は彼女がどうなってもいいと……そう思っているのか?」
絶望が胸に押し寄せる中、思わず発した私の言葉に、マリルはわなわなと震えた。
夕暮れに染まるティールームは静まり返り、彼女のヒュッと息を呑む音が大きく響く。
「……マリル、君はいつも私を元気づけ、励ましてくれたじゃないか? そのやさしさを少しだけ、彼女に向けてもらえないか?」
「冗談はやめてください! わたくしはあなたとは違います! もう、今日はお帰りください」
最後に私は、マリルの同情心に期待した。しかし、マリルはますます怒った顔をして、ドカドカと音を立て、部屋に帰ってしまった。
――こんなはずじゃなかったのだが……。
痛む頭を抑えながら、私はすごすごとティールームを後にした。
しかし、考えようによっては、彼女の怒りの矛先を、私に向けることくらいは出来たのかもしれない。
そんな私の甘い考えが、この先の事件を引き起こした。
真実を正直に伝えようと頑張ってみたターク様でしたが、マリルさんは話の途中で怒って出て行ってしまいました。とりあえず怒りの矛先が自分なら問題ない、と思ってしまうターク様。やっぱりかなり、無頓着のようです。
次回、ターク様は達也にごちゃごちゃ言われながらマリルを想います。




