01 夕暮れのティールームで1~誠心誠意、正直に~
場所:マリルの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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マリルと話をしなくてはと考えていた私、ターク・メルローズは、王都にある彼女の屋敷に来ていた。
本当はもっと早く来られればよかったのだが、マリルが魔力強化訓練中だったため、なかなか会えずにいたのだ。
メイドに案内され、ティールームに通されると、テーブルに顔を伏せていたマリルが、ゆっくりと立ち上がった。
「ターク様……こちらへ……」
「あ、あぁ……」
思った以上に重苦しい空気の中、私達は向かい合って座った。華やかを絵に描いたような彼女が、ひどく暗い顔をしている。
そんな彼女を見ると、私は喉を詰まらせたように、言葉を失ってしまった。
メイドが私の前に紅茶と菓子を並べ終わっても、言おうとしていたはずの言葉が、何一つ出てこない。
――私はいったい、どうするつもりだったんだ……?
黙ったままの私を見かねたのか、マリルが先に口を開いた。
「ミヤコさんは、大丈夫ですの?」
「あ、あぁ。もうすっかり元気だよ。マリル、君は大丈夫か?」
「えぇ、わたくしは平気ですわ」
マリルを刺激しないよう、いつも以上に慎重に話しかける。
彼女は平静を装っているつもりのようだが、声も手も少し震えているようだ。ただ、怒っているというよりは、落ち込んでいるように見えた。
――そうだ、まずは怒らせたことを謝罪しなくてはいけないだろうな。
私は震えているマリルの手を握り、心を込めて謝罪した。
「マリル、ミヤコのことで、君に辛い思いをさせてすまなかった」
「ターク様、わたくしの方こそ、ターク様がせっかく治療なさったミヤコさんに、おケガを負わせてしまいました……」
「いや、悪いのは私だよ」
私の態度に、マリルは少し安心したのか、辛そうな顔にわずかに笑みを浮かべた。今日の彼女の態度は意外な程にしおらしい。
ミヤコにはあぁ言ったが、私は正直、マリルが怒ってファイアーボールの一つでも投げて来るのではと思っていたのだ。彼女が怒ると厄介なのは昔からだった。
もっとも、彼女が怒りに任せ攻撃してきたとしても、相手が不死身の私ならば、大した問題はない。問題なのは、その怒りの矛先が、ミヤコに向かっているということだ。
だが、今日のこの様子ならば、本当のことを正直に話せば、彼女の機嫌を直せるかもしれない。
それから、ミヤコをもうしばらく手元に置いておくつもりであることも、きっちり伝えなくてはいけない。
――思っていた以上にこれは簡単ではないな……。何が自分の考えかもよく分からないと言うのに……。
――せめて嘘だけはつかないことにしよう。今日の私の作戦は、正直に、誠実に……だ。
緊張に詰まる喉を温かい紅茶で緩めながら、私は注意深く言葉を選んだ。
「私がミヤコを部屋に置いていることを、君が不満に思っているのはよく分かった。私だっていつまでも、こんな状態でいいと思っている訳じゃないんだ……」
「ターク様……でしたらなぜですの? ミヤコさんがターク様のお部屋にいらしてから、もうすぐ一カ月ですのよ?」
私の心の奥まで見透かしてしまいそうな、マリルの水晶玉のような大きな瞳が、私の一挙一動を見守るように見つめている。
突き刺さるような緊張感の中、私は、これこそタツヤではなく、自分の考えだったはずだ……と思える理由を選んで話した。
「実はな……宮子に出会った時、彼女は誰かに襲われたらしく全身傷だらけだった。私はそんな彼女を地下牢に残したまま、父に会うため、王都に出かけたんだ」
「はぁ……」
「戻った時には、使用人が彼女を襲い、彼女は更にひどいケガを負って虫の息になっていた。私はそのことに、責任を感じているのだ……だから……」
その時、しおらしく下がっていたマリルの眉がぴくりと上がり、私はゴクリと言葉を飲み込んだ。
――なんだ……? 何か、失敗したか?
膝の上に置いた手が緊張に汗ばむ。身構える私の顔を、ジロリと一目した彼女は、失望したようにため息をついた。
「はぁ……ターク様は以前、ミヤコさんは軽いおケガだったと仰ってましたわよね?」
「い……言ったかもしれない……」
あれはマリルの、国家魔術師の認定試験合格を祝うパーティーでのことだったか……。よく考えると、確かにそんなことを言った気がする。
「ターク様が、大切な魔力や、その有難い加護を誰に使おうと、わたくしに止める権利はございませんわ。ただ、フィアンセが別の女性と同じベッドで眠るのを、気持ちよく受け入れられる程の広い心が、わたくしにあれば良かったのですけれど」
「マリル……」
――だめだ、出だしから失敗してしまったようだ……。正直に言ったことでまさか、過去の軽い嘘が露呈してしまうとは。
焦りにうろうろと動く私の瞳を、マリルがまっすぐに見つめている。妙に口の中が粘りつく気がして、私はまた、紅茶を口に含んだ。
「それに、ミヤコさんはわたくしが一度お会いしに伺った時、既に十分お元気そうでしたわ。どうしてその後も、加護をお与えになっていらしたんですの?」
「そ、それは……」
「魔力が回復するからですの?」
「それは……違う」
「それじゃぁ、ミヤコさんの記憶喪失を治療なさるためですの?」
「……それも、あるが……正直に言うと、それも違うな……」
「なら一体なんなんです?」
思いの外早く、話がこの件に行き至ってしまい、じりじりと焦りが込み上げる。
この話の前にもっと、マリルには聞いてもらわなければいけない話が、色々とあるのだ。いきなりここから話せば、彼女の怒りは避けられない。
――せめて、戦地から戻った理由や幻聴のことだけでも、こまめにマリルに相談していたなら……。いや、今からでも遅くない。マリルには全てを打ちあけよう。誠心誠意、正直に……だ。
私は呪文のようにその言葉を唱えながら、焦る気持ちを抑え、「実は……」と、話を切り出した。
「私は、戦地で闇魔導師から精神攻撃を受けたらしくてな。その療養のために街に戻ったのだが……」
「まぁ……! そうだったんですの?」
「あぁ……だが、こちらに戻って以来、不眠症が悪化して、殆ど眠れなくなってしまってな……」
「そんな……ターク様、大丈夫ですの?」
「あぁ……」
マリルは私の手を握ると、心配に曇った顔で私の顔をのぞき込んだ。私を見つめる彼女の瞳は、やさしさにあふれている。
「お辛かったんですのね」
「あぁ……」
彼女のやさしい言葉と手の温もりが、私の強張った心を溶かしていく。私はなぜ、今までマリルに本当のことを伝えなかったのだろうか。
――そうだ、マリルは無駄に大きい期待を私に寄せているだけのカミルとは違う。
――マリルは何度も、私の心を救ってくれたじゃないか。やはり、マリルは私のことを一番に心配してくれている、私の可愛いフィアンセだ。
安心した私は、さらに正直に話を続けた。
「だがな、ミヤコをとなりに置いておくと、なぜかよく眠れるんだ」
ガタン、と音を立てて、立ち上がった彼女を、私は焦りに見開いた目で見上げた。緊張が緩んだせいで、少し先走ってしまったかもしれない。
「ターク様……そ……それは……っ」
夕暮れ時のティールームに、戸惑いに震える彼女の、長い影が出来ていた。
マリルに事情を説明しようと、彼女の屋敷を訪れたターク様でしたが、いざ彼女を前にすると思ったように話せなくなってしまいました。こまめな報告を怠った事を後悔しつつも、正直に真実を伝えようとするターク様。しかしこれはかなりの難易度です。
次回、ターク様は異世界から来た達也のことをマリルに伝えますが……。




