11 達也からのプレゼント。~やけ食いの後に~
場所:アーシラの森
語り:小鳥遊宮子
*************
ターク様のキスで、恐ろしい記憶が蘇ってしまった私。
記憶の中の私は、宮子ではなく、ミレーヌと呼ばれていたけれど、あれは本当に私なのだろうか。
あまりにショックが強くて、なかなか涙が止まらなかった。
ターク様が静かに見守る中、高級なお菓子を次々に口に押し込む。
あの貴族風の男の蛇のような冷たい目……振り下ろされる鞭のしなる音、全てを吸い尽くされるサキュラルの嫌な感覚……あれはきっと、ただの夢や妄想ではない。
お菓子を三箱食べ切った私に、ターク様が恐る恐る話しかけた。
「それで……所有者の名前はわかったのか?」
――まったく、なんて人だろう。日本の話を信じてくれたのかと思ったのに、いきなりのこの仕打ち!
涙の止まらない目でギロリと彼を見ると、彼はビクッとして口を閉じ、バックからアンナさんの持たせてくれたサンドイッチを取り出した。
黙ったまま、それを私の前に並べるターク様。
彼を見据えたまま、私はサンドイッチを口に押し込む。
――だいたい、もう受け取れないと言ったはずの癒しの加護を、あんなに強引に流し込んで来るなんて……!
サンドイッチが飲み込めず、顔を赤くした私に、ターク様が水を差し出した。
「喉、詰まらせるなよ?」
心配そうに私を見守るターク様の顔を見ながら、サンドイッチを二人分食べきると、流石に少し冷静さが戻ってきた。
なんだか凄くショックだったけれど、よく考えるとこれは、私も望んでいたことだったのかも知れない。
一刻も早く自分の所有者を見つけ出し、そこに帰ろうと、私はずっと思っていたはずなのだから。
情緒が不安定なマリルさんの為に、ターク様が早く私を所有者に返したいと思うのも、無理はないことだ。
ターク様に渡された水をガブガブと飲み干して、私はようやく口を開いた。
「所有者の名前は……分かりませんでした」
やっと泣き止んだ私に、ホッと胸を撫で下ろした様子のターク様。
彼は私の頬に手を伸ばすと、そっと涙をぬぐった。
やさしい指先が頬に触れると、ターク様への怒りはシュンとして、完全に消えてしまった。
彼は、私が見た記憶の内容を細かく聞いて言った。
「そうか……。それだけ分かれば少しは探しやすくなるはずだ」
ターク様があの男を見つけたら、私はあの場所に戻らなくてはならない。そう思うと、頭からどんどん血の気が引いていく。
だけど、それ以上に、この世界での過去の記憶が、自分の中に存在する、私はそのことが一番怖かった。
自分が元々この世界の人間だったとしたら、日本にいた自分は誰なのだろうか。
そんな風に考えると、自分を形成しているその全てが、サラサラと崩れ落ちていくような感覚に陥った。
「ターク様、私の記憶は、やっぱり全部、偽物なんでしょうか……?」
私が不安げな顔でそうつぶやくと、ターク様は「違う違う」と言うように、首を横に振って見せた。
「いや、間違えていたのは私の方だ。さっき、お前と繋がった時、私は確かに、日本に居るお前を見た」
不安に俯く私の頭をなで、「すまなかったな」と、つぶやくターク様。何を見たのかとたずねると、ターク様は不思議そうに首を捻った。
「私はお前と並んで、テレビとかいうのを見ていたぞ。妙に満たされた気分だったな……」
「ターク様が日本に……?」
「いや、あれは私の中に居るタツヤの記憶だろうな」
ターク様が達也の記憶を体験したと言うのなら、私が体験したのは、ミレーヌと呼ばれていた女性の記憶だったのだろうか。
そうなると、私は達也と同じように、こちらの世界の、自分にそっくりな人の身体に入り込んでいるのかも知れない。
何も解決はしないけれど、日本がまやかしじゃなかったと分かり、少しホッとした気持ちになった。
「だけど、本当にターク様の中に、達也が……?」
ターク様の中に達也を見ようと、じっと彼を見つめてみる。顔は同じだけれど、今のターク様はターク様にしか見えない。
「あぁ、タツヤのやつ、さっきから、お前と話がしたいとうるさいんだ」
ターク様はそう言って、「こほん」と咳払いをすると、改まった顔で、私の正面に正座をした。
「本当に、少しだけだからな」
彼が目を閉じ俯いて、次にその顔を上げた時、ターク様の少し硬かった表情がフワフワと緩み、朗らかな笑顔が私に微笑みかけた。
――この笑顔は!
「みやちゃん! 久しぶり。やっと話せるね!」
ターク様の口から、懐かしい私の呼び名が呼ばれ、私は、おどろきのあまり泣きすぎて腫れた目を見開いた。
目の前にいる彼は、いつも以上に金色に輝いてはいるけれど、その表情や話し方は達也そのものだった。
「達也、なの……?」
「そうだよ、みやちゃん!」
私は思わず目の前の彼に抱きついた。やっと止まった涙がまたあふれ出す。
「会いたかった! 会いたかったよ!」
たくさんの思いが一気に込み上げてあふれ出してきた。
達也が突然居なくなったあの日の絶望感。
信じられなくて、会いたくて、泣き暮らして、何度も探しに行こうとしては止められて。
ようやく、宿舎の人が一緒ならと許してもらい、山に向かったあの日、私はここに飛ばされた。
地下牢で初めてターク様を見た時の衝撃、ターク様が達也じゃなかった時のショック……。
何から話せば良いだろう? 何を聞かなくちゃいけない?
話したいことが沢山あり過ぎて、うまく言葉が出てこない。私は、ただただ、「わぁーん」と泣き声を上げた。
そんな私を、達也はそっと抱き寄せた。
「みやちゃん、ゴメンね。僕が急に居なくなったことで、僕は君を悲しませたくなかった……。だけどその気持ちが裏目に出てしまったんだ。君がこんなことになったのは、僕のせいだよ」
「どういうこと? よく分からないよ」
「本当はね、僕が自分で君を守りたいんだけど……出来なくてごめんね」
悲しそうな顔で、謝るばかりの達也。彼にいったい、何が起こったのだろう。
私が首を横に振ると、達也は小さな包みを取り出して渡してきた。
「日本は今日、君の誕生日だ。さっき隙を見て、ターク君に買ってもらったものだけど、受け取ってくれる? 髪飾りだよ。きっと似合うと思う」
「嬉しい、ありがとう……」
「ごめん……そろそろ戻らないとまずい」
「まって! 達也! 消えないで!」
「大丈夫、僕はずっと、ターク君の中にいるよ」
「まって! お願い!」
必死に呼びかけたけれど、その顔から、達也の笑顔が消え、いつものターク様に戻ってしまった。
ガックリと肩を落とす私を、不満そうな様子で眺めるターク様。
「私の顔を見て、そんなにガッカリするのはお前くらいだ」
彼は拗ねたように横を向き、そのまま木の影にうずくまってしまった。
「ターク様、ごめんなさい。達也に会わせてくれてありがとうございます」
「あぁ」
「だけどもう、何も頭に入ってきませんね」
「あぁ、私も、もう限界だ」
暖かな日差しの下、小鳥の囀りを聞いていると、もうこれは、何もかもが夢なのでは……? と思えてくる。
「ミヤコ……寝よう」
「そうですね……」
私達はその場に横になって、少しうとうとと、昼寝をしたのだった。
ようやく落ち着いた宮子に、ターク様は「所有者が探しやすくなった」と言います。どうやら自分は、自分にそっくりのゴイムの体に入っているらしいと気づいた宮子。ターク様は達也に身体の制御を譲り、達也は宮子に誕生日プレゼントを渡しました。色々ありすぎで、すっかり考える能力を失った二人でした。
次回、宮子とターク様はバルコニーで今日の出来事について話します。




