10 試してみよう3~こじ開けられた記憶~[挿絵あり]
場所:アーシラの森
語り:小鳥遊宮子
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「試してみたい」
そう言って、がっしりと私の肩を掴んだターク様は、ますます強い光を全身から放っていた。
「試すってなにを……?」
彼のあまりに切羽詰まった表情に、なんだか嫌な予感がした私は、少し怯んで後退りした。
「もし、お前に記憶障害があるなら、今ここで治せるはずだ。記憶が戻れば、わかる事もあるだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
そう言って逃げ出そうとする私を、ターク様はグイッと引き寄せた。
キラキラ十倍増しの顔が間近に迫り、眩しすぎて目を細めずにはいられない。
「いいから、口を開けろ」
焦る私の顎を、ターク様が指先でグイグイ押しさげる。
――あわわ、やっぱりこれ、初日にやられたやつですよね……?
キラキラ光る吐息を漏らしながら、「ほら、早く」と囁いたターク様は、返事も待たず、私の口に唇を被せた。
――あーん、強引すぎる!
ターク様の指と舌先が、私の唇をこじ開けようとしている。
だけど、ターク様は今日、いつもの何倍も光っているのだ。このまま口を開けたら、とんでもない量の光が私に入ってくるだろう。
――まって、まって、こんなの無理です、ターク様! 唇を舐めないで……!
私は歯を食いしばったまま、ターク様の腕の中で、ジタバタと抵抗を試みた。
抵抗すればするほど、身体が仰け反り、結局押し倒されてしまった私。癒しの光に包まれて、ほんわりと体の力が抜けていく。
――ほんわりしちゃダメ! 私!
覆い被さったまま顔をあげ、「観念して口を開けないと……鼻、つまむぞ?」と脅しをかけるターク様。
――うがー! そっか、ターク様、最初からそのつもりで、私をここに連れて来たんですね……!?
どうやら、これ以上抵抗しても無駄らしいということに気付いた私。
再びターク様の唇が私の口に被さると、私は諦めて、「えーい!」と、口を開けた。
唇を押し開こうとしていた彼の舌先が口の中に入ってきて、私の舌先にチョンと触れる。
――ぎゃー! ディープなやつ!?
ターク様の口から、いつもの癒しの光とは比べものにならないほど、濃い光の束が溢れ出している。
それが、つながった口を通じて、ドバドバと私のなかに流れ込んできた。
――もうだめ、すごすぎる……。
光で目の前がチカチカして、意識がどんどん薄らいでいく。
そのとき、真っ白になった視界に、見たことのない風景が浮かびあがった。
△
――あれ? 私、何してた?
どこか、ターク様のお部屋とは違う、貴族のお屋敷の一室にいる私。
目の前には、豪華な貴族の装いをした男が、苛立った様子で歩き回っている。
追い込まれた気持ちで、恐怖に震えている私の心。手足には枷がはめられ、身体は動かせず、声も出ない。
『役目を果たせ! ミレーヌ!』
男は叫びながら、うずくまる私に鞭を振りおろした。
強烈な痛みが走り、肌が裂け、血があふれ出す。長時間こんな目に遭っていたらしく、すでに身体中が傷だらけだった。
恐ろしい顔で私を見下ろす男の目は、まるで蛇の目のように冷たい。ひどく釣りあがった逆三角の目の中で、小さい黒目が鋭く光っていた。
『サキュラル、サキュラル、サキュラル、サキュラル! 足りない、全然足りないぞ!』
男は気が狂ったように、執拗にサキュラルを唱える。
魔力も体力もなにもない身体から、さらになにかが吸いあげられようとしている。身体中が痛くて重くて、吐きそうに気分が悪い。
為す術もなく倒れ込むと、また鞭が振りおろされた。
――もういや……消えてしまいたい。
目の前の大きな姿見には、哀れに転がる自分の姿が映し出されている。
――これが私……? いやだ……どうして!?
△
突然、意識を取り戻した私は、必死になってターク様を押し返した。
「もう、やめてくださいっ! いきなり、ひどいですよ! こんなの、あんまりです!」
ポロポロと涙を流す私の顔を、ターク様が不安げな顔で覗き込んだ。
「なにか見えたか?」
「ご主人様が……見えましたよ」
「そうか……。よし……まぁ……とりあえず菓子を食おうな」
ターク様はそう言うと、さっき買ったお菓子の箱を三つとも取り出し、私の前に並べた。
――お菓子!? このために!? 私が泣くのも予定どおりですか? ターク様? もう、恨みますからね!
バツの悪そうなターク様の横で、私は泣きながら、とにかくお菓子を口に詰め込んだ。




