09 試してみよう2~ターク様の尋問~
場所:アーシラの森
語り:小鳥遊宮子
*************
「ミヤコ……タツヤって、どんな奴だ?」
突然の予想外の質問に、私はポカンと口を開いた。
――達也の話!? 全然信じてなかったのに……?
ターク様はいままで、私がする日本の話を、まったく信じる様子がなかった。
達也の話なんてしても、「記憶がおかしくなっているんだな」と、言われてしまうだけだったのだ。
――これは一体、どういうこと?
昨晩、急に日本の話をして、「冗談だ」とはぐらかしたターク様を思い出す。
そう思うと、彼の様子がおかしかったのは、昨日からだったのかもしれない。
「話してくれ。お前が会いたがっている、私にそっくりの男って、いったい何者なんだ……?」
驚く私に、ジリジリと迫ってくるターク様。
「どうして急にそんなことを聞くんですか……?」
ものすごく眩しいけれど、彼の真剣な眼差しから、目を反らせない。
「いままで、お前の話に取りあってやらなくて、悪かったと思っているんだ」
そう言って私の肩を掴むターク様。
――なんだかターク様、すごく切羽詰まってるような……?
なんだなんだ? と思いながらも、私は達也のことをターク様に話した。
「え、えっと……。達也は……家がとなり同士で、子供のころからいつも一緒だったんです。フワフワしてやさしい男の子ですよ」
「フワフワ……?」
「あ、えっと……いつも私が快適に過ごせるように、気を使ってくれるというか……とにかくやさしくて」
別人だとはわかっていても、達也と同じ顔の彼に、達也の説明をするのは変な気分だった。
簡単に説明を済ませようとする私に、ターク様が「ほかには……?」と食いさがってくる。
「甘えるのが上手で……子犬みたいに可愛くって……」
思わずそういった私に、ターク様が苦り切った顔をする。
自分と同じ顔だという達也が、子犬みたいに可愛いだなんて言われて、気分がいい筈もない。
「あ、すごくモテモテでした! 学校で一番モテてましたよ!」
慌てて付け足した私に、ターク様は不思議そうに首を傾げた。
「モテてたって……タツヤはお前の恋人じゃないのか?」
「ええっ……違いますよ」
不意に、達也に告白されたことを思い出した私は、思わず顔が熱くなった。
だけど、ターク様は達也と同じ顔なのだ。達也に告白されて断ったなんて言ったら、また気を悪くするかもしれない。
――あまり下手なことは言えないかも……。
戸惑い目を泳がせる私に、ターク様は「納得がいかないな」という顔で腕組みをした。
「違うって、お前……泣くほど会いたがっていたじゃないか」
「いえ、達也は大切な幼なじみなので……その、恋人とか、そういうのでは……」
「なんだ、片想いか?」
「えぇ……っとぉ……」
ターク様の答えがたい尋問は延々とつづき、私は甘酸っぱい思い出を、いろいろと聞き出されてしまった。
――もうやだ、なんかもう、恥ずかしい……。
ターク様があまりに真剣で、かなりタジタジになってしまった私。
そして最後には、達也が突然行方不明になってしまった、あの日の話になった。
「うーむ。タツヤがいなくなったのは、いつのころだ?」
「私がターク様のお屋敷に来た日の、だいたい一ヶ月前です」
「一ヶ月……」
そう呟いたターク様が、なにか思い出したように黙り込む。
――どうしてターク様は、こんなに達也のことを知りたがるんだろう。私が日本から来たことを、ついに信じてくれたのかな……?
もしかして……という期待が、私の胸をざわつかせている。ずっと言えなかった本音が、たまらず口から飛び出してきた。
「ターク様、私、日本にいた記憶がまやかしだなんて、どうしても思えないんです……」
こんなことを言ったら、ターク様はまた、呆れた顔をするだろうか……。そう思いながら、恐る恐る彼の顔を見ると、彼は意外なほど、真面目な顔で私を見ていた。
「うーん……。お前はずっと、日本にいた。そうなんだな……?」
自分に確認するように、そうつぶやくターク様。
「ターク様、信じてくれるんですか……? どうして急に……?」
「かなり古い記録で、詳細は不明だが、異世界の存在は確かに確認されている。お前たちが、なにかのはずみで飛ばされてきたとしても、おかしくはないのかもしれない……」
「お前たちって……もしかして、た、達也が、この世界に来てるんですか!?」
おどろきのあまりターク様に詰め寄ると、彼は、その勢いにたじろぎながらも、はっきりと答えた。
「タツヤは、私のなかにいる」
「ターク様のなかに!?」
目を見開いた私に、ターク様も驚いたように眉を上げた。
彼が言うには、ターク様は私と出会った日、『宮子を守れ』という、不思議な声を聞いたらしい。
「なにかいるとは思っていたが、まさかそれが、タツヤだったとはな……」
ずっと胸の内に、なにかの存在を感じていたというターク様。だけど、声が聞こえたのは一度きりで、ただの幻聴だと思うことにしていたようだ。
「タツヤは……私の心の中にいて、私の感情を勝手に突き動かしてしまう。だから……私は今、正直すごく、混乱しているのだ……」
自分の中に感じていた異物感が、達也だと言うことに気付き、困惑していると言うターク様。
だけど、達也が、ターク様の気持ちを勝手に動かしているなんて、そんなことが本当にあるのだろうか?
――ある……あるわ……! すごく心当たりがある気がする……!
私が涙を流すたび、苦しそうに顔をゆがめていたターク様を思い出す。
ターク様はそのあと、いつも急に優しくなっていた。
それだけじゃない。ターク様が、やたらと私の心配をしてくれていたのも、あんなに強引に、私と一緒に眠っていたのだってそうだ。全部達也の仕業だと言われたら、普通に納得できてしまう。
――じゃぁ、時々甘い空気を出しながら、私の髪や頬に触れていたのも?
――いやだ。何だかすごく、申し訳ない……。
婚約者のいるターク様に、タツヤがそんなことをさせていたのかと思うと、ひどく心がズキズキした。
だけど、ターク様自身はまだ、このことについて、半信半疑な部分が大きいらしい。
そもそも、自分は闇魔導師の精神攻撃を受けている最中で、幻術にかかっているだけかもしれないと言うのだ。
「そうなんですか?」と、私が聞き返すと、ターク様はまた、真剣な顔をした。
「ああ、だから試してみたいんだ」
ターク様にがしっと肩を掴みなおされ、ビクッと顔をあげる私。
「試すってなにを……?」
この場所のあまりに冴え渡った空気と静けさに、なんだか背中が、ゾクリとした。




