08 試してみよう1~ターク様と精霊~
場所:アーシラの森
語り:小鳥遊宮子
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私たちは、アーシラの森の入り口で馬車を降りた。
ターク様は御者のおじさんに、夕方迎えに来るよう指示を出し、私を連れて森に入っていった。
「いい場所があるんだ」
――でも、ここって、絵本で読んだ恐ろしい精霊がいる森なんじゃ……。
ターク様に買ってもらった絵本のなかには、アーシラの森に眠る精霊の秘宝と、それを守る闇の精霊の童話が載っていた。
大きな森を前に少し不安になる私。だけど、実際に足を踏み入れてみると、そこは本の挿絵にあった、おどろおどろしい森ではなかった。
温かい木漏れ日に包まれ、とても明るくて、美しい小川も流れている。
「空気が美味しいですね!」
久しぶりの自然の風に思わずはしゃいでいると、ターク様は満足そうに微笑んだ。
「あぁ。だが、魔物がいるから、あまりはなれるなよ」
――魔物!? やっぱりいるんだ……。
急に怖くなった私は、慌ててターク様を追いかけた。
自然のなかを歩く彼の姿を見ていると、あの林間学校の日の達也を、思い出さずにはいられない。
――達也は突然、どこへ消えてしまったんだろう。もしかすると、私と同じように……。
ターク様は、森の中を迷うことなく進んでいく。しばらく行くと、キノコのような大きな木が生えた、少し開けた場所にでた。
「ここは精霊たちの集会所といわれている場所だ。魔物や凶暴な獣が近づかず、安全なんだ」
ターク様はそう言うと、剣を降ろし、鎧も脱いで木の影に座った。
そして、ひらひらと手招きをして、となりに座れと私をよび寄せた。
こんもりとした木が太陽の光を遮り、冷たく湿った空気が肌に心地いい。
「静かですね」
「あぁ……。こんなに静かな場所はなかなかない」
いつもより穏やかな表情の彼に、私まで力が抜ける。この場所は本当に、魔物に遭遇する心配がないようだった。
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「子供のころ、ここで光の精霊に出会い、加護を貰ったんだ」
ターク様は唐突に、子供のころに出会ったという、精霊たちの話をはじめた。
それは、フィルマンさんが来たときに少しだけ聞いた、ターク様が森で迷子になったときの話だった。
彼が自分からそんな話をするなんて、とても珍しい。
私は話を聞き逃すまいと、終始しっかり彼を見詰めていた。
神秘的で美しいターク様の思い出。彼が癒しの光を纏うようになった、始まりのストーリー。
――どうして急に、こんな話を私にしてくれるんだろう……。
私の質問に、記憶をたどりながら懸命に答えてくれるターク様。彼が自分に心を開いてくれたみたいで、なんだかすごく嬉しかった。
「シュベールは、私に加護を与えると、自分は闇に堕ちてしまったんだ」
悲しそうな顔でそう言って、彼女の姿を探すように、うえを見上げたターク様。彼はまだ、彼女にこの力を返すことを、諦めてはいないらしい。
「その精霊さん……ターク様が愛おしかったんですね」
私がそう言うと、ターク様はやさしい顔で微笑んだ。
「ああ、多分な。会ったのはあのときがはじめてだったが、私を知っているようだった。とても美しくやさしい精霊だったな」
私を治してくれた、ターク様の癒しの力は、彼が精霊に愛された証だったのだ。
目立ちすぎたり、寝付けなかったりして困ることもあるだろう。それでも、ターク様はこの力を悪く言われるのを嫌う。
彼はシュベールさんから貰ったこの力を、大切に思っているようだった。
ターク様のシュベールさんへの想いは、とてもやさしくて、そして強い願いのように思えた。
そんな彼の想いに心を寄せていると、彼はまた、横目でチラチラと私を見はじめた。
どうも朝から、様子が変だ。
――やっぱりなにか、私に言いたいことがあるみたい。
「ターク様、どうかしましたか?」
「……ミヤコ……」
ターク様は、ここが校舎裏なら告白でもされるんじゃないかと思ってしまうような、妙な緊張感を醸し出した。
この場所に着いてから彼は、いつも以上に輝いている。精霊の集会所とよばれる、この場所の澄み渡った空気の影響だろうか。
彼の光はいよいよ勢いを増し、目が開けなくなるくらいの輝きを放っていた。
「ミヤコ……タツヤって、どんな奴だ?」
「え……?」
今日は朝から、予想外のことばかり言うターク様。だけど、これはいよいよ様子がおかしい。
――本当に、どうしてしまったのかな。
ポカンとする私に、ターク様はジリッと近づいてきた。




