07 外で菓子を食べよう。~ウィンドウ・ショッピング~
語り:小鳥遊宮子
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昨夜、私の入眠サポートで、ターク様が眠りについたのを確認した私、小鳥遊宮子は、小さくガッツポーズをして、軽い足取りで書庫に戻った。
ターク様があんなに弱ってしまっていたのには驚いたけれど、無事に眠った彼を見た時の、達成感はなかなかのものだった。
普段、誰の役にも立たない日々を送っているだけに、ちょっと癖になりそうだ。
翌朝、私が書斎のソファーで本を読んでいると、ターク様は、ずいぶんとすっきりした顔で起きてきた。
「よく眠れましたか?」
「ああ、助かった。あの、眠くなる歌は毎日歌ってくれ」
「は、はい!」
照れながらも素直に頼んでくれるターク様の、はにかんだ笑顔が可愛くて堪らない。
私の歌った子守唄を、ターク様はずいぶん気に入ってくれたようだった。
あの程度で朝までぐっすり眠れたなら、ターク様の不眠症は案外簡単に解決出来るのかもしれない。ずっと心配していただけに、なんだかとてもホッとした気持ちだ。
私がニコニコしながらターク様を見ていると、彼は私の顔をチラチラと見て、少しもったいを付けるようにしながら、こんなことを言い出した。
「それはそうと……。お前、また退屈してるんじゃないか? ずっと部屋の中で」
「はい……?」
「前にその、マリルが言ってただろ? 外に出たり菓子を食べたりしないと退屈だ……とかなんとか」
「あ、はい、言ってましたね」
――でも、あれは私を連れ出す口実だった気がするけど……。
ターク様が何を言いだすつもりなのかと、キョトンとする私。
彼は少し緊張した様子で、ポリポリと自分の頬を掻きながら言った。
「なら、私と菓子を食べに出かけるか?」
――え!? ターク様とお菓子!?
声にならない叫びで口をパクパクさせた私を見て、ターク様は「ふふ」と笑う。
――なんですか? その可愛すぎる笑顔は! 殺す気ですか!?
再び口を開け、手に持っていた本を床に落としそうになる私。
「なんだ嫌か?」
「う、嬉しいです!」
――いったい、どういう風の吹き回しかな?
――もしかすると、昨日の入眠サポートのお礼のつもりかしら。
――何にしても、外に出られるのはすごく嬉しい!
「なら、今日は仕事は休みだ。さっさと準備して出かけるぞ」
「はい!」
私は大急ぎで、着替えを持ってバスルームに駆けこんだ。
――ターク様……可愛すぎるんですけど……!?
婚約者のいる男性に、こんな考えをいだくのは、かなり心苦しいし、本当ならお出かけも断った方がいいのかもしれない。
だけどこの間、マリルさんのお屋敷に行ってから、私はまた、一週間以上外に出ていなかった。いくらターク様のお部屋が広いとはいえ、運動不足と、日光不足による、軽い頭痛やちょっとした肩凝り、なんとなーく感じる全身の怠さ……と言った、微妙な不調が私を襲いはじめていた。
ターク様のとなりで眠っていた時は、そんな些細な不調も、全てターク様の癒しの光で治ってしまっていたのだろう。
だけど、今はそういう訳にも行かないのだ。室内での健康を維持するためにも、出かけられる時に出かけておきたい。
はりきってバスルームに駆け込んだ私だったけれど、出かける準備は、非常に簡単だった。サーラさんにもらった櫛で髪をとかし、いつものブカブカしたワンピースを着ただけだ。
お洒落なアクセサリーなど持ち合わせるわけもなく、代わり映えはないけれど、日本にいた頃から地味なので、特に気にはならなかった。
「これでよしっと」
ターク様も、真っ黒な鎧とマント姿で、背中に黒い大剣という、いつもの剣士感あふれる格好だった。
お菓子を食べに行くにしては重装備だけど、普通の服では眩しすぎるし、見慣れたこの姿が、一番落ち着く気はする。
アンナさんがお昼ご飯にと渡してくれたサンドイッチを持って、私達は馬車に乗り込んだ。
メルローズ領内のお散歩じゃないんだ……? と思っていたら、どうやら王都まで行くつもりらしい。
移動中のターク様は、私が持っていた本を読んで、文字を教えてくれた。その声も、時折私に向けられる視線も、あまりにも優しくて、いけないと思いながらもついついドギマギしてしまう。
この一週間、ターク様は毎日、本当につらそうな顔をしていた。こんなに落ち着いた彼を見たのは久しぶりだった。
△
王都に入り、しばらく行くと、大きな通りに出た。様々な可愛い店が立ち並び、人々が賑わっている。
そこは、マリルさんのお屋敷に行く時も馬車で通った、お洒落な商店街だった。
「王都のお店、のぞいてみたかったんです!」
私が沢山のドレスやアクセサリーが並ぶ店先に目を輝かせていると、その様子を見ていたターク様が「気に入ったなら買ってやる」と言って、ドレスを次々と腕に抱えはじめた。
――え? ウソでしょ!?
それを店主に渡そうとするターク様を、私は大慌てで止めに入った。
ターク様が手にしているのは、まるで貴婦人のような豪華なドレスばかりだ。こんなのを着ているところをマリルさんに見られたら、一巻の終わりだろう。
「ダメですよ、ターク様、マリルさんが怒りますって!」
私がそう言うと、「そ、そうか。じゃあこれだな」と、ターク様は、また違うドレスを買おうとする。今度はかなりフリフリしたレースいっぱいのドレスだ。
「そう言う問題じゃないです!」
「なんだ、ドレスはダメか。なら帽子はどうだ?」
ターク様の手には、カラフルな鳥の羽根の飾りがふんだんに付いた、ド派手な帽子が握られていた。
――いつかぶるんですか? それ!
私は心の中で思いっきり突っ込んでから、「だめですってば! 何もいらないですから、大丈夫です」と、ターク様の手から帽子を棚に戻した。
ターク様が、全く女心を理解していないと言うことに、改めて気付かされる。
私が地味なワンピース姿じゃなかったら、あの日、私はマリルさんに、もっとボコボコにされていたはずだ。
地味な姿で居ることは、達也やターク様のような目立つ存在と縁のある私にとって、唯一の自己防衛策なのだ。
――ターク様がこんな調子じゃ、マリルさんは、これからもちょっと、苦労するんじゃないかな。
――入眠サポートのお礼なら、散歩に連れ出してもらえるだけで十分ですよ。
ターク様は「そうか」と、なんだか少し残念そうにしながら、また違うドレスに手を伸ばした。
「これなんか、お前に似合いそうだと思うが……?」
ターク様が最後に手に取ったその青いドレスは、ボリューム満点のスカートに上品なレースで作られた大きな青い薔薇が配置されていた。縫い付けられた小さなビーズが、キラキラと美しい。
「わぁ。なんて素敵……! でも、こんなのが私に似合う訳ないですよ」
「だが、青だ。眠くなる色だぞ。似合うに決まっているだろ」
「ターク様、私、見るだけで十分楽しいです。ウィンドウ・ショッピングですよ!」
「ウィンド……ショッピング……?」
「はい! 目の保養です!」
「そんなのが楽しいのか?」
「すごく楽しいですよ! ターク様のお買い物は豪快過ぎますから、ターク様も少し、ウィンドウ・ショッピングをした方が良いですよ」
「そ、そうか……」
私達はそれから、いくつかのお店を見て回って、目の保養を楽しんだ。可愛いものは私には似合わないけれど、見ているだけで十分楽しかった。
「そろそろ菓子を買って行こう」
ターク様はそう言うと、色とりどりのお菓子が所狭しと並べられた、可愛いお菓子屋さんに入っていった。
彼が手に取ったお菓子は、まるで宝石箱のような美しい箱に入った、高級そうなお菓子の詰め合わせだった。
チョコに焼き菓子に砂糖菓子……どれもカラフルで美味しそうだ。
「わぁ……!」
私が目を輝かせると、ターク様はその箱を三つも買った。
――いくらなんでも、買い過ぎでは……? やっぱり、豪快……。
私は首を傾げながら、満足そうなターク様と一緒に、また馬車に乗り込んだ。




