06 安眠のターク。~泥のように眠れ~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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その夜、ミヤコはいつものようにソファに座り、私が買い与えた本を楽しげに読んでいた。
私は書斎のデスクに向かうと、片手で頭を抱えたまま、仕事をするふりをしながら、彼女の様子をじっと眺めていた。
――あの幻聴の正体がタツヤだって……? これはいったい、どういうことだ……。
頭の中で、ミヤコを守れと繰り返していたあの声は、今思い返しても、ただの幻聴ではなかった。
ミヤコが泣くと胸を締め付け、ミヤコが傷つくと耳鳴りがして、彼女が元気になってからは、顔を見る度妙にホッとした。
それらは全て、タツヤが引き起こしていたことだったのだ。この一月足らずの間、いつもいつもあの幻聴は、私の心を勝手に揺さぶっていた。
ミヤコが私にそっくりだと言っていたタツヤが、なぜ私の中に居るのか……考えれば考えるほど、頭が混乱する。
私の視線に気付いたミヤコは、不思議そうに首をひねると、立ち上がって私のところへやってきた。
「ターク様、大丈夫ですか? 何かありました?」
やはり、ミヤコの顔を見ると、何だか心が落ち着く。小首を傾げて私の顔をのぞき込む様子は、今日もリスのようだ。黒目がちな丸い目、ぷっくりしたやわらかい頬、小さな口は、彼女の控えめな性格をよく表している。
――ずっと彼女を眺めていたい……。
そんな思いが頭をよぎる中、また別の懸念が私に生まれた。
――これは、本当に自分の感情なのか? もしかして、タツヤに操られているんじゃないか……?
――あいつは私にミヤコを守らせる為、私が彼女を気に入るよう仕向けているんじゃ……。
私の頭の中は混乱に満ち、もう、自分の気持ちすらよくわからなくなっていた。
私がため息をつくと、ミヤコは私の両手を握り、何か自信ありげにこんなことを言い出した。
「ターク様、やっぱり寝付けないんですね。今日は本当に顔色が悪いですよ。ちょっと、私に任せてください!」
私は思わず顔を上げた。操られているのではと思いつつも、ミヤコの言葉に、期待で胸が膨らんでしまう。私はミヤコと一緒に眠りたいだけなのだ。
眠れないのも、あの悪夢も、正直言ってもう懲り懲りだった。
――これ以上はとても耐えられない。私は切羽詰まっている……。またあの夢を見たらと思うと、おかしくなってしまいそうだ。
そんなことを考えながら、すがるような目で彼女を見上げた。
「……だがミヤコ……、一緒に寝るのはダメなんじゃ……?」
「そ、それはだめです」
ミヤコに即答され、私は「なんだ」と、あからさまにがっかりしてしまった。
――こんな情けない私をみて、ミヤコはどう思っただろう。
やるせない思いが胸を掻きむしる。
もう少しだけでも元気があれば、「私は不死身の大剣士ターク・メルローズだぞ。寝不足なんてなんでもない」と強がるところだが、今の私にはその余裕すらなかった。
「はぁー。ダメなのは分かってる。だが私は、本当にお前がいないと眠れないんだ。私はいったい、どうすればいいんだ……」
「一緒に寝なくても、他にもよく眠れる方法はありますよ! 前に、テレビで見ました!」
「テレビってなんだ?」
「あっ……いいからちょっと、ベッドに横になって下さい」
ミヤコは私の質問には答えず、何事もなかったかのように話を進めた。
私は彼女に言われるままベッドに移動した。もう、安眠できると言うなら何でもいい。
私を仰向けに寝かせると、ミヤコは私の頭の上方に座り込み、私の顔をやわやわと触りはじめた。
「まずはこうやって、お顔の緊張をほぐしますね。はい、リラックス、リラックス……」
「ふむ……? リラックスってなんだ……?」
ミヤコの手はやさしくやさしく私の顔をなでる。最初は冷たい手にビクッとしたが、彼女が手を動かすほどに、その手は私の体温で次第に温まって、だんだんと私達の温度が揃っていった。
「気持ちいいですか? ターク様、最近お顔硬いですよ」
「ふむ……。なんだ? これは」
「フェイスマッサージです」
「フェ……イ……?」
「あ、……それから、ここ、頭のてっぺんに、眠くなるツボがあるんですよ? 知ってます?」
「ツボ……?」
ミヤコは「押しますよー」と掛け声をかけると、私の頭のてっぺん辺りをグイグイと押した。
――ああっ、なんだ……? ここは天国か?
それはあまりに気持ちよくて、私の頭を悩ませていたあれやこれやを見事にかき消した。
戦地に置いてきた大願、大剣士としての威厳や使命、のしかかる皆の期待。怒らせたままの婚約者に、口うるさい妹弟子、ミヤコの今後、毎夜見る悪夢……。それから、情けない自分と、心の中で私を操るタツヤも……。
とにかくあれもこれも、全てが真っ白に消し飛んだ。
「その……ツボ……とか言うのは、日本で学んだのか?」
「え……?」
「いや、冗談だ」
私は唐突に、信じていなかったはずの日本を口にした。しかし、ミヤコのおどろいた顔を見て、すぐに誤魔化してしまった。
日本なんて……ますます頭が混乱するだけだ。今は何も考えたくない。ミヤコは何か察したように、それ以上何も言わなかった。
「ほら、目を閉じて下さい。
ね~むれ~ ね~むれ~♪
可愛いおめめをつむりましょ~♪」
彼女は歌を歌いはじめた。聞きなれないメロディだが、どうやら子守唄のようだ。私は不思議と眠くなった。彼女の歌声は、本当にとても美しい。
――それもお前がタツヤと過ごしたという、日本の歌なのか? なんてやさしいメロディなんだ。日本は、すごい所だな……。
落ち着きを取り戻した心に、ミヤコのやさしい歌声が染みわたる。
「弱音を吐いてしまったな……」
「大丈夫ですよ。私しか聞いてませんから。ほら、ターク様、口も閉じないと眠れませんよ」
「ふむ……」
「ね~むれ~ ねーむれ~
小さなお口も夢の中~♪」
私はそのまま、数日ぶりに深い眠りについた。
過去に一度も経験したことがないくらい、幸せな夢を見た気がした。
――もういい。操られたって結果は同じだ。
―― タツヤに言われるまでもない。この先何があろうとも、私は必ず、ミヤコを守る。
翌朝、気分よく目覚めた私は、一人、そんな決心を固めていた。
強がる余裕もなくし、泣き言を言い始めたターク様を、宮子は優しく寝かしつけました。気持ちよく眠れたターク様は例え誰かに心を操られていても、自分の意思で宮子を守ろうと決心しました。
次回、宮子を王都へ連れ出したターク様。朝から何だか様子が変です。




