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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第6章 アーシラの森で

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06 安眠のターク。~泥のように眠れ~

 場所:タークの屋敷

 語り:ターク・メルローズ

 *************



 その夜、ミヤコはいつものようにソファに座り、私が買い与えた本を楽しげに読んでいた。


 私は書斎のデスクに向かうと、片手で頭を抱えたまま、仕事をするふりをしながら、彼女の様子をじっと眺めていた。



――あの幻聴の正体がタツヤだって……? これはいったい、どういうことだ……。



 頭の中で、ミヤコを守れと繰り返していたあの声は、今思い返しても、ただの幻聴ではなかった。


 ミヤコが泣くと胸を締め付け、ミヤコが傷つくと耳鳴りがして、彼女が元気になってからは、顔を見る度妙にホッとした。


 それらは全て、タツヤが引き起こしていたことだったのだ。この一月足らずの間、いつもいつもあの幻聴は、私の心を勝手に揺さぶっていた。


 ミヤコが私にそっくりだと言っていたタツヤが、なぜ私の中に居るのか……考えれば考えるほど、頭が混乱する。



 私の視線に気付いたミヤコは、不思議そうに首をひねると、立ち上がって私のところへやってきた。


「ターク様、大丈夫ですか? 何かありました?」


 やはり、ミヤコの顔を見ると、何だか心が落ち着く。小首を傾げて私の顔をのぞき込む様子は、今日もリスのようだ。黒目がちな丸い目、ぷっくりしたやわらかい頬、小さな口は、彼女の控えめな性格をよく表している。



――ずっと彼女を眺めていたい……。



 そんな思いが頭をよぎる中、また別の懸念が私に生まれた。



――これは、本当に自分の感情なのか? もしかして、タツヤに操られているんじゃないか……?


――あいつは私にミヤコを守らせる為、私が彼女を気に入るよう仕向けているんじゃ……。



 私の頭の中は混乱に満ち、もう、自分の気持ちすらよくわからなくなっていた。


 私がため息をつくと、ミヤコは私の両手を握り、何か自信ありげにこんなことを言い出した。



「ターク様、やっぱり寝付けないんですね。今日は本当に顔色が悪いですよ。ちょっと、私に任せてください!」



 私は思わず顔を上げた。操られているのではと思いつつも、ミヤコの言葉に、期待で胸が膨らんでしまう。私はミヤコと一緒に眠りたいだけなのだ。


 眠れないのも、あの悪夢も、正直言ってもう懲り懲りだった。



――これ以上はとても耐えられない。私は切羽詰まっている……。またあの夢を見たらと思うと、おかしくなってしまいそうだ。



 そんなことを考えながら、すがるような目で彼女を見上げた。



「……だがミヤコ……、一緒に寝るのはダメなんじゃ……?」


「そ、それはだめです」



 ミヤコに即答され、私は「なんだ」と、あからさまにがっかりしてしまった。



――こんな情けない私をみて、ミヤコはどう思っただろう。



 やるせない思いが胸を掻きむしる。


 もう少しだけでも元気があれば、「私は不死身の大剣士ターク・メルローズだぞ。寝不足なんてなんでもない」と強がるところだが、今の私にはその余裕すらなかった。



「はぁー。ダメなのは分かってる。だが私は、本当にお前がいないと眠れないんだ。私はいったい、どうすればいいんだ……」


「一緒に寝なくても、他にもよく眠れる方法はありますよ! 前に、テレビで見ました!」


「テレビってなんだ?」


「あっ……いいからちょっと、ベッドに横になって下さい」



 ミヤコは私の質問には答えず、何事もなかったかのように話を進めた。


 私は彼女に言われるままベッドに移動した。もう、安眠できると言うなら何でもいい。


 私を仰向けに寝かせると、ミヤコは私の頭の上方に座り込み、私の顔をやわやわと触りはじめた。



「まずはこうやって、お顔の緊張をほぐしますね。はい、リラックス、リラックス……」


「ふむ……? リラックスってなんだ……?」



 ミヤコの手はやさしくやさしく私の顔をなでる。最初は冷たい手にビクッとしたが、彼女が手を動かすほどに、その手は私の体温で次第に温まって、だんだんと私達の温度が揃っていった。



「気持ちいいですか? ターク様、最近お顔硬いですよ」


「ふむ……。なんだ? これは」


「フェイスマッサージです」


「フェ……イ……?」


「あ、……それから、ここ、頭のてっぺんに、眠くなるツボがあるんですよ? 知ってます?」


「ツボ……?」



 ミヤコは「押しますよー」と掛け声をかけると、私の頭のてっぺん辺りをグイグイと押した。



――ああっ、なんだ……? ここは天国か?



 それはあまりに気持ちよくて、私の頭を悩ませていたあれやこれやを見事にかき消した。


 戦地に置いてきた大願、大剣士としての威厳や使命、のしかかる皆の期待。怒らせたままの婚約者に、口うるさい妹弟子、ミヤコの今後、毎夜見る悪夢……。それから、情けない自分と、心の中で私を操るタツヤも……。


 とにかくあれもこれも、全てが真っ白に消し飛んだ。



「その……ツボ……とか言うのは、日本で学んだのか?」


「え……?」


「いや、冗談だ」


 私は唐突に、信じていなかったはずの日本を口にした。しかし、ミヤコのおどろいた顔を見て、すぐに誤魔化してしまった。


 日本なんて……ますます頭が混乱するだけだ。今は何も考えたくない。ミヤコは何か察したように、それ以上何も言わなかった。



「ほら、目を閉じて下さい。


 ね~むれ~ ね~むれ~♪

 可愛いおめめをつむりましょ~♪」



 彼女は歌を歌いはじめた。聞きなれないメロディだが、どうやら子守唄のようだ。私は不思議と眠くなった。彼女の歌声は、本当にとても美しい。



――それもお前がタツヤと過ごしたという、日本の歌なのか? なんてやさしいメロディなんだ。日本は、すごい所だな……。



 落ち着きを取り戻した心に、ミヤコのやさしい歌声が染みわたる。



「弱音を吐いてしまったな……」


「大丈夫ですよ。私しか聞いてませんから。ほら、ターク様、口も閉じないと眠れませんよ」


「ふむ……」


「ね~むれ~ ねーむれ~

 小さなお口も夢の中~♪」



 私はそのまま、数日ぶりに深い眠りについた。


 過去に一度も経験したことがないくらい、幸せな夢を見た気がした。



――もういい。操られたって結果は同じだ。


―― タツヤに言われるまでもない。この先何があろうとも、私は必ず、ミヤコを守る。



 翌朝、気分よく目覚めた私は、一人、そんな決心を固めていた。



強がる余裕もなくし、泣き言を言い始めたターク様を、宮子は優しく寝かしつけました。気持ちよく眠れたターク様は例え誰かに心を操られていても、自分の意思で宮子を守ろうと決心しました。


次回、宮子を王都へ連れ出したターク様。朝から何だか様子が変です。



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― 新着の感想 ―
なるほど! 安眠セラピーという手がありましたか。 医療行為ならセーフですね。 綺麗な声も子守歌に使えて、上手くはまったようで何よりです。
[良い点] 自分の感情が操られているのだと思えば、気が気ではありませんね。 達也が促した宮子の保護が原因で、マリルを筆頭に色々人間関係もこれまでに変わってきましたし…… それでも宮子を守ることを決心…
[一言] みやことターク様! ターク様は段々みやこなしではいられなくなりそうですね。 確かに癒しというのはそういうものなのでしょう…。 俺もここに癒されに拝読に来てますよ(* ᴗ͈ˬᴗ͈)” 花車様の…
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