04 やる気を出してよ。~生きたまま死んだターク~
場所:アーシラの森(精霊の集会所)
語り:ターク・メルローズ
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静かな風の音だけが聞こえる精霊の集会所で、すっかりケガの治ったカミルは、いつもより眩しく光っている私を、好奇心に輝く瞳で眺めまわした。
「すごい眩しさだね。今ならどんな魔物も、君に爪の先ほどの傷もつけられないだろうな。まさに無敵状態だ」
「これなら魔王とでも戦えそうだな。しかし自分でも流石に眩しいぞ……」
少しでも光を和らげようと、鎧を着込み、大剣を背中に担いでみたが、それでも私は、神か天かと言うほどに輝いていた。
「さっきの話だけどさ……。君は、まだ戦地に戻らないのか? みんな君が、この国を救ってくれると信じて待っているのに」
輝く私に希望を見たのか、また同じことを言いはじめるカミル。
子供の頃は私をライバル視して、隙を見ては襲いかかってきていた彼女だが、いったい何時から、こんなにも私に期待するようになったのだろうか。
「一体どうしたって言うの? 不死身の君に、療養中だなんて言われても、納得なんて出来ないよ」
「まぁ、そうだよな……」
確かにそれは、自分でも不思議だ。
今だって身体はこれ以上ないくらいピンピンしているし、例え大剣が、いきなり十倍の重さになったって、同じように振り回せる自信がある。
私の問題は、本当に精神的なものだ。闇魔導師に受けたと言う精神攻撃は、ステータスに表示される状態異常でもないらしく、何が起こっているのか自分でも分からない。カミルに信じてもらえないのも、無理はないのだ。
帰った理由はあまり説明したくはないが、はぐらかしたところで、カミルは自分が納得するまで、何度でも同じ質問をしてくるだろう。
これ以上会う度に「戦地へ戻れ」と、うるさく言われるのも困る。私はしぶしぶながら、重い口を開いた。
「私は沼地で長い間気を失っていたらしい。イーヴ先生からは、今回は何とか起こせたが、次はないと言われてな……」
「そっか……先生は君が、生きたまま死ぬんじゃないかと心配したんだね」
「生きたまま死ぬ……か……」
確かに、イーヴ先生は、不死身の私にも死は有るのだと、よく言っていた。
そんなもの、戦地で戦っていた頃の私なら気にもしなかったが、毎日泥沼に沈む悪夢にうなされている最近の私には、目前にある未来のように思える。
カミルは少し考えて、「うーん」と唸ると、こんなことを言いはじめた。
「だけど、ターク、いつまでもここに居たんじゃ、君は生きたまま死んでいるのと同じじゃないか? 大願を果たすためなら、君は先生に反対されたって、戻って来たりしないはずだ」
「もっともだな。皆命がけで戦っている中、私だけ帰されるのは納得がいかないな」
「なら、どうして君は戦わないんだ。君は不死身の大剣士ターク・メルローズじゃなかったの?」
カミルは苛立った様子で唇を尖らせ、私を睨む。その鋭い眼差しは、街に留まる私を全否定しているようだった。このままではカミルの催促は終わらないだろう。
――やはり、これを言わないと納得はしてもらえないか……。
私はついに覚悟を決め、掠れた声を絞り出した。
「実は……本当に、情けない話なんだが、戦地に立つと身体が動かなくなってしまうんだ」
「……なんだって?」
「だから……なぜ戦っていたのか、わからなくなって、立ち尽くしてしまうんだよ」
「……へ?」
改めて口に出したその言葉が余りにも情けなくて……カミルの呆れた顔が私をバカにしているようで……私の心は、更なる泥沼に沈みはじめた。
「だから……私が戦地に行ったところで、何も出来ないまま切り刻まれるだけなんだよ」
「はぁ……?」
「お前な……なんなんだ。私はまじめに話しているのに」
「そんなこと言われてもねぇ……」
カミルは「聞きたくなかった」とでも言うように、両耳を押さえてうずくまってしまった。
その長い沈黙が、私の不甲斐ない気持ちを増幅させていく。情けなくて、苦しくて、今すぐ戦地へ逃げて帰りたかった。
――例え一歩も動けないまま切り刻まれるだけだとしても、ここに居るよりはマシだな。
頭を抱えた私に、カミルは追い討ちをかけるように話しはじめた。
「精神攻撃って随分恐ろしいんだな。あんなにたぎっていた君の闘志も、叶えると誓った願いも、根こそぎ奪ってしまったのか? それじゃぁ、君に託した僕の希望はどうなってしまうんだ。やる気を出してよ、ターク」
「やる気ならあるさ。私は今、自分にできることを、精一杯しているつもりだ」
「そうかな。街の人を治療して回ったって、砦が壊されたらどの道手に負えない。君の役目はそうじゃないはずだろ」
「だから、私は戦えないと言っているじゃないか」
「君は戦えるよ。さっきだって十分強かっただろ」
結局、私達の会話はどこまで行っても平行線のままだった。
彼女には、私がやる気さえ出せば、この国の問題が全て解決するように見えるらしい。
――確かに……さっきは普通に戦えたしな……もしかすると、もう治ったのか……? ならあの悪夢はなんなんだ。
私はポルールに戻り、戦う自分を想像してみた。とたんに気分が悪くなり、目の前がぐるぐる回りはじめる。
「うぇ……目が回る……吐きそうだ」
何日も食べていない筈の腹の底から、何か込み上げてくるのを感じて、私は口元を手で押さえた。
こんなに気分が悪いのでは、戦うどころか、ポルールに近づくことさえ出来ない。療養をはじめてからかなり経つが、これではむしろ、前より悪化しているようにさえ思える。
「うぉえ……ダメだ……。期待に沿えなくて悪いが、私は役に立ちそうにない」
地面に手をつき、激しくえずく私を見て、カミルは深いため息をついた。
「森では戦えるのに、ポルールには行けないなんて、そんなバカな話、知らないよ」
カミルの言葉の一つ一つが、私の心に刃のように突き刺さる。
まるで神かのように光り、無敵状態のはずの私だが、この傷だけは自分で癒すことが出来ないらしい。
抱えきれない程の散々なダメージを負った私は、身じろぎ一つできないまま、完全に泥沼の底に沈んだ。
戦地へ戻れない理由を説明したターク様に、あからさまにガッカリしたカミルは、ターク様を責め立てました。しかしポルールへ戻るところを想像しただけで吐き気に襲われてしまうターク様。かなり心配です。
次回、心がすっかり泥の底に沈んだターク様に、不思議な声が聞こえてきます。




