03 スピード重視だ。~カミルに加護は禁止なんだが~
場所:アーシラの森
語り:ターク・メルローズ
*************
私は、ケガを負ったカミルを連れ、精霊の集会所に移動した。
ここは獣一匹入り込まない不思議な場所だ。森のシンボルのような大木がそびえ立つ少し開けた場所で、昔から精霊の目撃情報も多い。私が子供の頃、シュベールに出会ったのもこの場所だった。
今日は精霊の姿は見かけないが、それでも何か、神秘的なものに包まれているように空気がピンとしている。
「ここは相変わらず静かだな」
私はカミルを木の下に座らせると、彼女の肩に手をかざし、治癒魔法をかけようとした。しかし、カミルはそれを避けるように身を逸らして言った。
「君、最近全然魔力が回復しないだろ。それ使うと後がキツそうだ。癒しの加護で治してよ」
「カミル、お前に加護は……」
私はそう言いかけて言葉を止めた。
確かに、今は、魔力を出来るだけ残しておきたい。私のこの泥沼に浮かんだような精神状態では、魔力不足は致命傷になりかねないからだ。
しかし実を言うと、「カミルには加護を使うな」と、私はイーヴ先生から止められていた。
カミルは知らないようだが、昨年、彼女が私の前で気を失った時、私が彼女に口付けたのを見て、イーヴ先生が突然、怒りだしたのだ。
そして、光属性魔法を専門に習得していた私に、風属性の治癒魔法を半ば無理矢理習得させると、「カミルを治す時はこれを使いなさい」と、厳しく指導された。
もちろん、その時の私は不満しかなかったが、敬愛するイーヴ先生がそう言うのだから仕方がないと、諦めてヒールを習得したのだ。
カミルに言わせれば、私を贔屓していると言うイーヴ先生だが、私から見れば、彼はいつだってカミルが最優先だった。
――先生の指示に逆らうのは、少し気がひけるが……。
――やはり魔力は残しておきたい……。
迷う私に、事情を知らないカミルは笑って言った。
「この場所ならゆっくり治したって平気だよ」
「うーん」
悩みながらも、私は大剣と鎧を地面に降ろした。この剣や鎧は癒しの光を吸収してしまう。面倒でも外しておいた方が回復が早い。
「いや、ダラダラとくっついているよりはさっさと治そう」
カミルの後ろにくっつくように座った私は、彼女の焼けただれた肩に軽く唇を付け、金色に光る癒しの息を吐きかけた。
焼けただれた皮膚や、えぐれた爪痕が、じわじわと治っていく。
ただそばにいるよりは、この方がだいぶん早いのだ。しかし、傷口にキスされたカミルは、ビクッと肩を揺らして振り返ると、じっとりとした目で私をみた。
「ターク、まさかそれ、みんなにしてるの?」
「なんだ? 今更だな。前にもしてやったことがあるだろ。覚えてないのか?」
首を傾げる私に、カミルは「いや、そんなの子供の頃の話だろ」と、声を荒げた。
どうやら、気を失っていた彼女は、昨年私にキスされたことを一つも覚えていないらしい。
しかし、私が彼女の傷に口を付けたのは、一度や二度ではない。彼女がケガをして私の前で気を失ったのだって、覚えているだけで五回はある。私からすれば本当に今更だ。
「恩知らずなやつだな」
「わ、気持ち悪っ」
「く……お前な……」
カミルの口の悪さは本当に不愉快だ。私がイライラと頭を掻きむしるのを見て、彼女はペロッと舌を出した。
「加護で治せと言ったのはお前だろ。なぜそんな目で見るんだ? 本当に勝手なやつだな」
「キスしていいなんて言ってないよ。勝手はよしてよ」
「なんだ。抱きしめる方がよかったのか?」
「まったくもう! 僕がマリルちゃんに怒られるから!」
マリルの名前を出され、私は少しドキリとした。
しかし、カミルは私の妹弟子だ。私には彼女を守る義務がある。
「言っておくが、私は血まみれの傷口にキスしたって、少しも楽しくないからな。それに、私だって一応、相手は選んでいる。お前は付き合いが長いし、イーヴ先生にしか興味がないから問題ない。スピード重視だ」
「スピードねぇ……タークって、ほんと、せっかちだよね」
カミルはそう言うと、不満そうにしながらもギュッと目を閉じ、ようやく前を向いた。私の唇が触れるたび、彼女の肩がびくんと跳ね上がる。
――有難い癒しの加護を、彼女達はなぜ嫌がるのか……。
先日、マリルの所から帰ったミヤコに、癒しの加護を拒否された時、心に受けたダメージが、私の胸にジクリと蘇る。
カミルもそうだ。その力で国を救えと言うわりには、私がいざ加護を使うと、「近い」「眩しい」……終いには「気持ち悪い」だ。
「毎度治してやってるのに、少しは感謝しろよ」
「タークが僕の婚約者じゃなくてよかったよ」
「こっちのセリフだ……」
どこまでも可愛くない幼なじみに、私がため息を漏らすと、カミルがおどろいた顔で振り返った。
「わわ、何したの? 治りが異様に早いけど。これって、キスのせいなのか?」
「いや、今のはため息だが……? 本当だ。もう治ったな」
燃えて破れた騎士服の下から、つるんとした肩が顔を出しているのを見て、彼女は顔を赤くし、慌てた様子でマントを羽織った。
その仕草を見た私は、一見男勝りなように見える彼女が、実は結構、純情だったということを、今更ながらに思い出す。
――思ったより面倒なことになりそうだ。口にキスしたことは言わないでおこう……。
私が心の内に冷や汗をかいていると、こっちを向いたカミルが、ひどく眩しそうな顔で目を細めた。
「そんなに私が眩しいか?」
「いや……おかしいくらいピカピカしてるよ?」
自分の身体を確認すると、全身がいつもより濃く深い光に包まれていた。
「治りが早いのはこの場所の影響かな? ターク、君、大丈夫なの?」
「あぁ、すごいな。いつもの何倍も力があふれてるみたいだ」
「魔王みたいなセリフだね」
「はぁ、お前の口を加護で治せないものかな」
私達は、そんなことを言いあいながら、もうしばらくこの場所で休んでいくことにした。
魔力を減らしたくなかったターク様は、師匠から禁止された癒しの加護で、思い切ってカミルを治療しましたが、随分嫌がられてしまいました……。ますます凹むターク様ですが、身体がいつも以上に輝いている事に気付きます。
次回、ターク様はカミルにせっつかれ戦地へ戻れない理由を説明しますが……。




