02 森の調査。~闇に侵された森~[挿絵あり]
場所:アーシラの森
語り:ターク・メルローズ
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すっかり不眠症を再発させてしまった私は、そそくさと部屋を飛び出し、カミルの防衛部隊が行っている森の調査に同行していた。
何日もまともに寝ていない頭は石のように重く、気が付くとぼんやりと、別のことを考えてしまっている。
こんな状態であまり役に立つとも思えないが、部屋でミヤコをベッドに連れて行きたくなる衝動と戦っているよりかは、カミルの嫌味でも聞いている方が、いくらかマシかもしれないと思ったのだ。
昼間のアーシラの森は、子供の頃と変わらず美しい。ひんやりとして程よく湿った空気が肌に心地よく、私の落ち込んだ気分を緩和してくれるようだ。
しかし、よく見ると、以前は殆ど見かけなかった毒性の植物があちこちに生えているし、魔物や凶暴な動物が随分ウロウロしている。アーシラの森はこの数年の間に、少しずつ闇に侵食されているようだった。
「フィルマン様が言っていた通りだな」
「シュベールが癒しの力を失った影響もあるのかな……?」
森を歩いていると、魔物や狼やイノシシだけでなく、ウサギや小鳥のような小動物にまで襲われる。皆何かに怯え、殺気立っているようだった。
私は襲いかかってくるリスを魔道具で捕獲しながら、大きなため息をついた。
――なぜよりによって、リスが襲いかかってくるんだ。
リスを見るとついミヤコを思い出してしまう私だが、こんな殺気立ったリスでは安眠の友にはならない。
とりあえず魔道具で捕獲して、大人しくなったら、闇の気配のない場所に放すのがいいだろう。
しかし、このままでは、森はいずれ危険な魔物であふれかえることになりそうだ。
シュベールが、この森で、どんな役目を担っていたのかは定かでは無いが、この身体に宿った癒しの力は、本来ならこの森のために使われていた力のはずだ。
私はこの力を彼女に返そうと、過去に何度もこの森に足を運んだ。
しかし、シュベールにも、その友人のファシリアにも、その他の精霊にすら、一度も出会うことは出来なかった。
そもそも、精霊というのは、そう簡単に出会えるものではないようだ。
――シュベール、どこにいるんだ……?
シュベールが闇に堕ちた時の、あの悪夢のような光景を思い出すと、息がつまるような感傷が私を襲う。
――彼女はあの後どうなったのだろう。
「まぁ、今のところ、そこまで厄介な魔物は、この辺りには居ないみたいだね」
ぼんやりシュベールのことを考えていた私に、カミルがそう話しかけた時、何か危険な気配を感じて、私はハッと振り返った。
逆光に照らされたカミルが、私に向かって白い歯をのぞかせているのが見える。
そんな彼女の背後には、今まさに飛びかかろうとしている、大きな魔獣の影が見えた。
「カミル! 危ない!」
「わっ」
カミルは慌てて振り返ったが、魔獣の爪が肩に突き刺さり、そのまま地面に押し倒された。
「フェンシアスが出たぞ!」
「カミル隊長を助けろ!」
兵士たちは一斉にカミルに駆け寄ったが、魔獣の燃えるような赤い目に睨まれると、怖気づいたように距離を取って固まってしまった。
フェンシアスと呼ばれたその魔獣は、鋭い牙をむき出しにした、狼のような姿だが、そのサイズは狼と言うより、バッファローに近かった。
胸には血に濡れたような真っ赤な毛を生やし、その四肢からはメラメラと炎が上がっている。
「うぁあ!」
押さえつけられた肩がじわじわと焼け、カミルは呻き声を上げた。
「カミル!」
駆け寄ろうとする私の前に、フェンシアスがさらに三匹現れ、行く手を塞ぐ。
森に住む魔物の中では、一番恐ろしいと言われているこの魔獣は、一匹現れるだけでもかなり珍しい。
――ぐ……四匹だと!? 戦えるのか!? 私は……。
一瞬オヤツになった記憶が蘇った私だったが、次にカミルの呻く声が聞こえた時には、脚が地面を蹴り、空中で剣を構えていた。
「どけ! 子犬ども!」
そのまま空中を跳ね回ると、次々と四匹のフェンシアスを倒し、カミルの前に見事な着地を決める。
――呆気ない程に弱いな。
――いや、私が強いだけか?
切り裂かれた魔獣たちが完全に動かなくなると、兵士たちの間に歓声が沸き起こった。
「おぉー! さすが、不死身の大剣士様だ!」
「大剣士ターク・メルローズ様万歳!」
――普通に戦えてしまったぞ……?
湿地の魔獣より弱いと言っても、森では一番強い魔獣だ。何の問題もなく倒せてしまうことに、自分でおどろいている私がいた。
思わずポカンと口を開けてしまいそうになったが、それを顔に出すわけにはいかない。
久々の歓声に、少々圧倒されつつも、私はクールに振舞った。
「ふん。手応えのないやつらだな。カミル、この程度のザコを相手にいちいちケガをするな」
「ごめんごめん。やっぱり、さすがだよ、ターク。君は早く戦地に戻ったほうがいい」
私がなんでもないふりをして、カミルに手を差し伸べると、カミルは血の吹き出す肩を抑えながら、苦しそうにそう言った。
「とにかく、安全な場所に移動して治療しよう」
私達は兵士たちにその場を任せると、かつてシュベールと出会った、大木のある広場まで移動した。
魔物が寄り付かないその場所は、その事を知る一部の人間達の間で、精霊の集会所と呼ばれていた。
「自分は戦えなくなってしまった」と、思っていた様子のターク様でしたが、森で一番強い魔獣を四匹も簡単に倒してしまいました。驚きながらもクールに振る舞うターク様。
次回、ターク様は妹弟子カミルに禁止されていたある事をして睨まれます。




