01 泥沼の悪夢。~その顔はやめてくれ~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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ミヤコがマリルの屋敷に行って以来、ミヤコを隣に寝かせることができなくなった私は、毎夜悪夢にうなされるようになってしまった。
私の見る悪夢、それは私がまだ戦場にいた頃の夢だ。夢の中の私は、休みなく戦い、戦い、戦い続けた。
戦うのは嫌いじゃない。
闇魔導師達は卑劣な手ばかり使ってくるが、イーヴ先生から教わった剣技と、シュベールから贈られた治癒の力があれば、恐れるものはなかった。
――皆が私を賞賛し、期待している。
――守りたいものも沢山ある。私の力で、この戦いを終わらせる。
昂った私は大剣を振り回し、闇魔導師の一団に突っ込んだ。しかし、不意に身体の力が抜け、大剣が異様に重くなる。私は剣を持ち上げられず、地面に片膝をついた。
闇魔導師達の不気味な詠唱の声が響き、足元が汚れた泥の沼に変わって行く。
沈んでいく大剣を持ち上げようと、足掻けば足掻くほど、身体が沼にはまり込んで行った。ムカつく泥の匂いに吐き気がこみ上げてくる。
――私はこのまま、誰にも知られず、泥沼の底で永遠を生きるのか?
言い知れぬ恐怖が私を襲い、心臓が爆発しそうなほどにバクバクと高鳴っている。
私を取り囲む闇魔導師達が、恐ろしい声で高笑いをはじめると、私はまるで、小さな子供のように泣き叫んだ。
「助けて、イーヴ先生……! 助けて、フィルマン様、ガルベル様!」
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目が覚めると、私は寝汗でじっとりと濡れていた。動悸がなかなか治まらず、涙と鼻水も止まらない。
「つらい……」
私は一人、枕を抱え、気分が落ち着くのを待つしかなかった。
――夢の中とはいえ、ガルベル様の名前まで叫んでしまうとは……。こんな悪夢を見ているようでは、戦地に戻ったところで、私はきっと戦えないだろう……。
情けなさと絶望感で心はまだ泥の中だ。
本当に朝から気分が悪いが、夢を見たということは、少しは眠ったということだろう。ほんの僅かではあるが、魔力も回復している。
ミヤコのアドバイス通り、ベッドカバーの色を青に変更してみたのが良かったのかもしれない。彼女の不思議な知識には感謝するべきだろう。
――しかしこのベッド、ミヤコがいないと無駄に広いな……。私もメイドの部屋からベッドを持ってくるか……?
ふらふらしながら起き上がった私は、バスルームで顔を洗った。
よく見ると、ひどく顔色が悪いが、光っているので遠目には分からない。
しかし念のため、私は顔色が元に戻るのを待ってから書斎に向かった。
カーテンの開かれた窓から朝日が差し込み、窓際に立つミヤコを明るく照らしている。
なんだか眩しくて、とてもつらい。
――今すぐミヤコを抱き上げて、ベッドに連れていきたい……。
私は思わず彼女に手を伸ばしたが、マリルの顔を思い出し、さっと手をひっこめた。
確かにつらいが、これ以上マリルを怒らせるわけにはいかない。私は何か、他に眠る方法を見つけなくてはいけないようだ。
黙って自分の手を見つめている私に気付くと、ミヤコは丸い目を、更に丸くして私を見た。
「あれ? ターク様、そこに居たんですね。おはようございます。眠れましたか?」
「いや……眠らなくてもどうということはない。私は不死身だからな」
「ターク様……」
ミヤコは心配そうに顔を傾けた。
最近彼女は、毎日こんな顔で私を見る。どうやら、私が殆ど眠れていないことに、彼女は気が付いているようだ。
しかし、眠れたふりをしたところで、どうせすぐに見抜かれてしまうだろう。下手に隠せば余計に心配させてしまうかもしれない。
彼女は一歩私に近づくと、笑顔を作って言った。
「ターク様、朝ごはん、食べませんか? 今日はお豆のスープもあるらしいですよ?」
彼女は毎朝、私に食事を勧めてくる。
しかし、悪夢を見た後の私は、食事の事を考えただけで、口の中に泥を詰められたように、気分が悪くなった。
こみ上げる吐き気をこらえつつ、「必要ない」と答えると、彼女はまた悲しそうな顔をする。
私の胸は、ミヤコのそんな表情にザワザワと過敏に反応した。彼女を困らせるなと、この胸は言っているのだ。
――まいったな……。もうさっさと出かけてしまおう。
出かける準備をする私に、アンナがサンドイッチを持ってきた。ミヤコがアンナに頼んだらしい。
「お昼には必ず食べて下さい」と、私に迫るミヤコ。
「あぁ。助かるよ」
私はそう言うと、いそいそと屋敷を出た。
――ミヤコが目の前にいるのに、それが逆につらいとは……。
落ち込む私の身体から、今日も、尽きることのない癒しの光があふれ出している。
泥に浸されているのは、心だけだった。
宮子と眠れなくなり、悪夢を見るようになったターク様の気分は最悪です。宮子と眠りたいのを必死に我慢している彼ですが、宮子に心配そうな顔をされると、胸がざわついてしまいます。
次回、ダブルパンチのターク様が妹弟子カミルの森の調査を手伝いに出かけると……!?




