11 ターク少年森へ行く3~投げ出された癒しの加護~
場所:アーシラの森
語り:ターク・メルローズ
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ファシリアは木のうろに体を丸めたまま、しくしくと静かに泣いた。彼女がすすりあげるのに合わせて、彼女からこぼれる淡い緑の光が、弱々しく明滅していた。
ひどく悲しそうな彼女を見て、私は言い知れぬ焦りを感じながら、乱れる呼吸を必死に整えていた。
――さっきのあれは何だったんだ? まるで悪い夢を見ているみたいだ。
――あのキレイなシュベールが、あんな事になってしまうなんて……。
恐ろしくて何も聞けずにいる私を、ファシリアは、怨めしそうに見上げた。
『あの子の心はオゾのせいで闇に囚われていたの。でも光の加護の力でなんとか正気を保っていたのよ。それをあの子は、あなたにあげてしまった』
「僕に? どうして?」
『本物のお化けになるため……。それに、あなたが可愛かったのね。きっと、巻き込んだお詫びに、せめてケガさせないようにって、思ったのかもしれないわ』
私はようやく、自分の身体がシュベールのまとっていた、金の光に包まれていることに気付いた。シュベールはあのキスで、私に自分の力を譲り渡してしまったらしい。
「さっきから、妙に眩しかったのはそのせいだったのか。ジュベールは、元には戻らないのか?」
『あの子の闇はとても深いわ……。きっと今頃……』
「そんなのダメだ!」
私はそう叫ぶと、必死になって元来た道を戻った。何度も脚がもつれ転びながら、精霊狩りの男とシュベールが消えて行った、池の向こう側を目指して走った。
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森は恐ろしく暗かったが、私の走る道は、私から放たれた光に明るく照らされていた。
闇雲に走り回った私が、ようやく二人を見つけた時、真っ黒になったシュベールが、精霊狩りの男に襲いかかったように見えた。
しかし、叫び声をあげたのはシュベールの方だった。
『キギャァァァーーーーーー!』
男がシュベールに剣を突き立て、耳をつんざくような恐ろしい叫び声がアーシラの森にこだました。
「シュベール!」
私は必死で男を突き飛ばし、シュベールを背中に守りながら男に剣を向けた。しかし、自分よりはるかに大きい男を前に、剣を持つ手がガタガタと震えて止まらない。
「け、脅かしやがって、何かと思えば死にかけの精霊とガキかよ。なんだ、ちび、やるのか?」
男はゆらりと立ち上がって、シュベールから抜き取ったばかりの、黒く汚れた剣を振り回した。怒りで頭に血が上った私は、気が付くと大声を張り上げながら、男に向かって走り出していた。
「お前のせいで、シュベールは……!」
いくら相手が大人でも、こんな悪いやつに負けるわけにはいかない。私は男に向かって大剣を振り下ろしたが、私の渾身の一撃を、男は軽々とよけてしまった。
私はそのまま、ただただ、力まかせに、何度も剣を振り回した。しかし剣は容易くはじかれ、激しい痛みとともに、男の剣が私の腹に突き刺さった。
「う……!」
しゃがみ込んだ私の背中に、男はもう一度深く剣を突き立てた。
「ぐあぁ!」
痛みに悶え叫ぶ私の前に、聳えるように立ち、「ひははは! なんて馬鹿なガキだ!」と、高らかに笑う男。
――痛い……僕は死ぬのか……?
――本当になんてひどい奴だ……。十歳の子供相手に、容赦なく剣を突き立てるなんて。
――それも、ニ度も!
私は転がったまま、笑う男を睨みつけた。
涙が勝手にどんどんあふれてきた。
その時、突然鋭い閃光が走り、無数の剣が高笑いしている精霊狩りの男を貫いた。男は一瞬でバラバラの焦げた肉片になり、無残に地面に散らばった。
――この凄すぎる剣技はまさか、イーヴ先生……?
剣が飛んで来た先に目をやると、ライトニングソードを使ったばかりのイーヴ先生が、真っ白な稲妻をバチバチと放ちながら、鋭く光っていた。
その白い光が治まると、一瞬、怒りに燃え、見事につり上がった眼が、男の屍を睨みつけているのが見えた。
『愛の国の王子』と呼ばれるほど、いつも朗らかなイーヴ先生が、こんな恐ろしい顔をしているのを見たのは、後にも先にもこの一瞬だけだ。
私が呆気に取られていると、先生はすぐにいつものパニック状態になって、血まみれでしゃがみこんでいる私のもとに駆け付け、オイオイと泣き出した。
「ターク! ターーーク! あぁ! なんて事だ、ターク! やっと見つけたのに、こんな、こんな……」
「イーヴ先生、ごめんなさい、迷惑をかけてしまいました」
「いいんだ、いいんだ、傷口が広がるからもう喋るな! くそう! すぐ連れて帰ってやるからな! 死ぬなよ、ターク!」
イーヴ先生の腕にしっかりと抱きしめられた私は、「敬愛する先生の腕の中で死ねるなら……」と死を受け入れようとしていた。
しかし、あんなにグッサリと剣を突き立てられたというのに、不思議なほどにどこも痛くない。死ぬ時というのはこういうものなのだろうか?
私はさぐりさぐり腕を動かし、腹の傷口を探したが、私の腹は、まるで何事もなかったかのように、ツルツルとしていた。
「イーヴ先生、ごめんなさい、あのぉ……」
「どうした! 静かにしていろ! くそう!」
「あの! イーヴ先生、あの!」
「なんだ!?」
「僕、傷が治ったみたいです」
「は!?」
イーヴ先生は、ようやく私を離し、私が金色の光に包まれていることに気付いた。
「何だこの光は? これで傷が治ったのか?」
私の無事を確認した彼は、大喜びで、また私を抱きしめてオイオイ泣いた。
「うぅー、ターク、無事でよかった! しかし、これはいったい、どういう事だ?……この光はまるで……」
彼はそうつぶやくと、突然ハッとした顔で立ち上がった。涙に濡れた顔は、完全にこわばっていた。大慌てで周辺を見渡した彼はすぐに、真っ黒になって倒れているシュベールを発見した。
「まさか、シュベールか!? なんて事だ!」
金色の髪も、宝石をちりばめたように輝いていた蝶の羽も全てが黒く汚れ、透き通るように白かった肌はひび割れ血に濡れて、灰色とも紫ともつかない色に、変色してしまっていた。
そして、キラキラと美しかった金の光の代わりに、不気味な黒いモヤが、うねうねと妖しく蠢きながら、その身体を包み込んでいた。その姿はまるで死霊のようだった。
イーヴ先生がシュベールを抱き起こそうと近づくと、風と共にファシリアが現れ、彼を吹き飛ばした。
「触っちゃだめよ。気を失うわよ」
イーヴ先生は悔しそうにまた涙を流した。私は、ファシリアの忠告を無視し、シュベールの手を握り、彼女の額にキスをした。
「シュベール、オゾは死んだよ」
『ありがとう、可愛い坊や。愛してるわ。これからは、私の加護とずっと一緒ね』
「うん、うん……」
私はキスで、この光をシュベールに戻せないかと考えていたが、その考えはうまく行かなかった。
ファシリアは、私からシュベールを奪うように引きはがすと、手が届かないほど高く舞い上がって言った。
『バカなシュベール。大切な力を投げ出すなんて』
ファシリアがシュベールとともに風の中に消えると、私とイーヴ先生は、しばらく呆然とその場に立ちつくした。
その後シュベールがどうなってしまったのか、私にはわからない。
私は、シュベールからもらったこの力で、あの日以来、どんな傷もたちどころに治る不死身の剣士となった。
そして、消えることのない光と、共に生きる日々が始まったのだ。
ファシリアから、シュベールはもとに戻らないだろうと聞かされたターク。必死にシュベールを探し、精霊狩りのオゾと戦いましたが、剣で貫かれてしまいました。イーヴ先生の腕の中、死を覚悟した彼でしたが、癒しの加護のおかげで、傷はすっかり治っていました。シュベールに加護を返そうとするターク。しかし、彼女はファシリアに連れて行かれてしまいます。
次回からは、いよいよ第六章です。ターク様が精霊の加護を授かったアーシラの森を舞台に……色々と大変です……。あんまりここで言えないので是非読んでみて下さい。




