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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第5章 マリルさんのお屋敷で

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11 ターク少年森へ行く3~投げ出された癒しの加護~

 場所:アーシラの森

 語り:ターク・メルローズ

 *************



 ファシリアは木のうろに体を丸めたまま、しくしくと静かに泣いた。彼女がすすりあげるのに合わせて、彼女からこぼれる淡い緑の光が、弱々しく明滅していた。


 ひどく悲しそうな彼女を見て、私は言い知れぬ焦りを感じながら、乱れる呼吸を必死に整えていた。



――さっきのあれは何だったんだ? まるで悪い夢を見ているみたいだ。


――あのキレイなシュベールが、あんな事になってしまうなんて……。



 恐ろしくて何も聞けずにいる私を、ファシリアは、怨めしそうに見上げた。



『あの子の心はオゾのせいで闇に囚われていたの。でも光の加護の力でなんとか正気を保っていたのよ。それをあの子は、あなたにあげてしまった』


「僕に? どうして?」


『本物のお化けになるため……。それに、あなたが可愛かったのね。きっと、巻き込んだお詫びに、せめてケガさせないようにって、思ったのかもしれないわ』



 私はようやく、自分の身体がシュベールのまとっていた、金の光に包まれていることに気付いた。シュベールはあのキスで、私に自分の力を譲り渡してしまったらしい。



「さっきから、妙に眩しかったのはそのせいだったのか。ジュベールは、元には戻らないのか?」


『あの子の闇はとても深いわ……。きっと今頃……』


「そんなのダメだ!」



 私はそう叫ぶと、必死になって元来た道を戻った。何度も脚がもつれ転びながら、精霊狩りの男とシュベールが消えて行った、池の向こう側を目指して走った。



      △



 森は恐ろしく暗かったが、私の走る道は、私から放たれた光に明るく照らされていた。


 闇雲に走り回った私が、ようやく二人を見つけた時、真っ黒になったシュベールが、精霊狩りの男に襲いかかったように見えた。


しかし、叫び声をあげたのはシュベールの方だった。



『キギャァァァーーーーーー!』



 男がシュベールに剣を突き立て、耳をつんざくような恐ろしい叫び声がアーシラの森にこだました。



「シュベール!」



 私は必死で男を突き飛ばし、シュベールを背中に守りながら男に剣を向けた。しかし、自分よりはるかに大きい男を前に、剣を持つ手がガタガタと震えて止まらない。



「け、脅かしやがって、何かと思えば死にかけの精霊とガキかよ。なんだ、ちび、やるのか?」



 男はゆらりと立ち上がって、シュベールから抜き取ったばかりの、黒く汚れた剣を振り回した。怒りで頭に血が上った私は、気が付くと大声を張り上げながら、男に向かって走り出していた。



「お前のせいで、シュベールは……!」



 いくら相手が大人でも、こんな悪いやつに負けるわけにはいかない。私は男に向かって大剣を振り下ろしたが、私の渾身の一撃を、男は軽々とよけてしまった。


 私はそのまま、ただただ、力まかせに、何度も剣を振り回した。しかし剣は容易くはじかれ、激しい痛みとともに、男の剣が私の腹に突き刺さった。


「う……!」


 しゃがみ込んだ私の背中に、男はもう一度深く剣を突き立てた。


「ぐあぁ!」


 痛みに悶え叫ぶ私の前に、聳えるように立ち、「ひははは! なんて馬鹿なガキだ!」と、高らかに笑う男。



――痛い……僕は死ぬのか……?


――本当になんてひどい奴だ……。十歳の子供相手に、容赦なく剣を突き立てるなんて。


――それも、ニ度も!



 私は転がったまま、笑う男を睨みつけた。


 涙が勝手にどんどんあふれてきた。




 その時、突然鋭い閃光が走り、無数の剣が高笑いしている精霊狩りの男を貫いた。男は一瞬でバラバラの焦げた肉片になり、無残に地面に散らばった。


――この凄すぎる剣技はまさか、イーヴ先生……?


 剣が飛んで来た先に目をやると、()()()()()()()()()を使ったばかりのイーヴ先生が、真っ白な稲妻をバチバチと放ちながら、鋭く光っていた。


 その白い光が治まると、一瞬、怒りに燃え、見事につり上がった眼が、男の屍を睨みつけているのが見えた。


『愛の国の王子』と呼ばれるほど、いつも朗らかなイーヴ先生が、こんな恐ろしい顔をしているのを見たのは、後にも先にもこの一瞬だけだ。


 私が呆気に取られていると、先生はすぐにいつものパニック状態になって、血まみれでしゃがみこんでいる私のもとに駆け付け、オイオイと泣き出した。



「ターク! ターーーク! あぁ! なんて事だ、ターク! やっと見つけたのに、こんな、こんな……」


「イーヴ先生、ごめんなさい、迷惑をかけてしまいました」


「いいんだ、いいんだ、傷口が広がるからもう喋るな! くそう! すぐ連れて帰ってやるからな! 死ぬなよ、ターク!」



 イーヴ先生の腕にしっかりと抱きしめられた私は、「敬愛する先生の腕の中で死ねるなら……」と死を受け入れようとしていた。


 しかし、あんなにグッサリと剣を突き立てられたというのに、不思議なほどにどこも痛くない。死ぬ時というのはこういうものなのだろうか?


 私はさぐりさぐり腕を動かし、腹の傷口を探したが、私の腹は、まるで何事もなかったかのように、ツルツルとしていた。



「イーヴ先生、ごめんなさい、あのぉ……」


「どうした! 静かにしていろ! くそう!」


「あの! イーヴ先生、あの!」


「なんだ!?」


「僕、傷が治ったみたいです」


「は!?」



 イーヴ先生は、ようやく私を離し、私が金色の光に包まれていることに気付いた。


「何だこの光は? これで傷が治ったのか?」


 私の無事を確認した彼は、大喜びで、また私を抱きしめてオイオイ泣いた。


「うぅー、ターク、無事でよかった! しかし、これはいったい、どういう事だ?……この光はまるで……」


 彼はそうつぶやくと、突然ハッとした顔で立ち上がった。涙に濡れた顔は、完全にこわばっていた。大慌てで周辺を見渡した彼はすぐに、真っ黒になって倒れているシュベールを発見した。



「まさか、シュベールか!? なんて事だ!」



 金色の髪も、宝石をちりばめたように輝いていた蝶の羽も全てが黒く汚れ、透き通るように白かった肌はひび割れ血に濡れて、灰色とも紫ともつかない色に、変色してしまっていた。


 そして、キラキラと美しかった金の光の代わりに、不気味な黒いモヤが、うねうねと妖しく蠢きながら、その身体を包み込んでいた。その姿はまるで死霊のようだった。


 イーヴ先生がシュベールを抱き起こそうと近づくと、風と共にファシリアが現れ、彼を吹き飛ばした。



「触っちゃだめよ。気を失うわよ」



 イーヴ先生は悔しそうにまた涙を流した。私は、ファシリアの忠告を無視し、シュベールの手を握り、彼女の額にキスをした。



「シュベール、オゾは死んだよ」


『ありがとう、可愛い坊や。愛してるわ。これからは、私の加護とずっと一緒ね』


「うん、うん……」



 私はキスで、この光をシュベールに戻せないかと考えていたが、その考えはうまく行かなかった。


 ファシリアは、私からシュベールを奪うように引きはがすと、手が届かないほど高く舞い上がって言った。



『バカなシュベール。大切な力を投げ出すなんて』



 ファシリアがシュベールとともに風の中に消えると、私とイーヴ先生は、しばらく呆然とその場に立ちつくした。


 その後シュベールがどうなってしまったのか、私にはわからない。


 私は、シュベールからもらったこの力で、あの日以来、どんな傷もたちどころに治る不死身の剣士となった。


 そして、消えることのない光と、共に生きる日々が始まったのだ。



ファシリアから、シュベールはもとに戻らないだろうと聞かされたターク。必死にシュベールを探し、精霊狩りのオゾと戦いましたが、剣で貫かれてしまいました。イーヴ先生の腕の中、死を覚悟した彼でしたが、癒しの加護のおかげで、傷はすっかり治っていました。シュベールに加護を返そうとするターク。しかし、彼女はファシリアに連れて行かれてしまいます。


次回からは、いよいよ第六章です。ターク様が精霊の加護を授かったアーシラの森を舞台に……色々と大変です……。あんまりここで言えないので是非読んでみて下さい。


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森の奥に棲むという闇の精霊には逢えませんでしたが、英雄となるターク様の最初の冒険、とても面白かったです! ターク様が持つ不死身は、やはりシュベールの加護が引き継がれたものだったんですね。 でも、その…
[良い点] 10の子どもが悪漢に惨たらしく剣で刺されていたら、どんな人格者もイーヴのようになることでしょう。 子どもがこんな怪我なら、確実に致命傷ですよね。 しかしここまで癒しの加護は効力がありますか…
[一言] 少年タークのピンチにやっときてくれたイーヴ先生! 助かってよかった! ホッとしましたし少年タークの話楽しませていただきました! 次なる話も楽しませていただきます(* 'ᵕ' )☆
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