10 ターク少年森へ行く2~捕らえられたファシリア~
場所:アーシラの森
語り:ターク・メルローズ
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アーシラの森で出会った精霊、シュベールは、フワフワと飛びながら、どんどん森の奥へ入って行った。
森は深い霧に包まれ真っ暗だったが、彼女が明るく輝いているので、私はあまり恐怖を感じなかった。
彼女についてしばらく行くと、大木が立ち並ぶ中に、ぽっかり穴があいたような、真っ黒な池が姿を現した。
その池の向こう側には、明かりのもれる小さな小屋が見える。シュベールはどうやら、その小屋に用があるようだった。
彼女は自分の光で気づかれないようにと、池の周りを大回りして小屋の側面にしゃがみこんだ。
私がキョロキョロしていると、シュベールが窓を指差して小声で言った。
『あそこから中をのぞいてみて。静かにね』
小屋の中では、ずんぐりした髭の男が、森で仕留めた動物の肉を食べていた。あまり上品とは言えない食べ方だ。お世辞にもいいやつには見えなかった。
「なんだあいつ。山賊か?」
『違うわ、あいつは精霊狩りのオゾよ。見て、私の友達のファシリアが捕まってるの』
よく見ると小屋の奥には翡翠のような緑の石で飾られた檻があり、何匹かの動物と一緒に、緑色に光る精霊が捕まっていた。
「あれは精霊を動けなくする特殊な檻なのよ」
「へぇ……。あいつ、精霊なんて捕まえてどうするつもりなんだ?」
私がたずねると、シュベールは悲しそうな声で答えた。
『精霊を殺せば加護が得られると、嘘をついて売るつもりなのよ』
「加護……?」
『精霊の力よ。でも、精霊を殺したってそんなものは得られないわ』
「なるほど、悪いやつだな」
『そうよ、だからファシリアを助けるのを手伝って欲しいの』
「分かった。どうすればいい?」
『簡単よ。私がお化けになってあの男を小屋から追い出すから、坊やはその隙にあそこの壁に掛かってる鍵で檻を開けて、ファシリアと一緒に逃げて欲しいの』
シュベールの頼みに、私は勇ましく応えた。
「分かった。緑の精霊は僕が必ず助けてやる」
『ありがとう、可愛い坊や』
精霊はそういうと、私の額にやさしくキスをした。
ムズムズとくすぐったく、心地よい感覚が身体中に広がって、ぶわっと顔が熱くなるのを感じた。
だが、高揚感に浸っている場合ではなかった。
唇が離れた瞬間に、シュベールからあの美しい金色の光が消え、黒いモヤがブクブクと溢れるように噴き出したのだ。胸がムカつくような、嫌な匂いが鼻をついた。
『光ったままじゃ、お化けになれないから、この加護はあなたにあげる。ファシリアをよろしくね』
「何をくれるって? おい、シュベール、大丈夫なのか?」
みるみるうちに黒く膨れていくシュベールを見て、私は激しく動揺した。何かとんでもないことになっている気がする。
――お化けになるって、これ、元に戻れるのか?
だが考える間もなく、シュベールは作戦決行の合図を出した。
『いくわよ、かくれて!』
私はあわてて小屋の影に隠れた。シュベールは見るも恐ろしい姿になって、黒いモヤを撒き散らしながら、その小屋に入っていった。
『憎い、憎い精霊狩りめ! 殺された精霊達の恨みを思い知れ! 殺してやる、殺してやる!』
さっきまでの美しい姿や、やさしい声からは想像もつかないような、恐ろしい怒声が響き、小屋からあわてた髭の男が飛び出してきた。
その後を真っ黒なシュベールが追いかけて行く。私は急いで小屋に入り、檻の鍵を開けた。
『……なんてことなの! 私を助けるためにあの子は!』
ファシリアが悲しみと怒りに震えると、緑の風がヒューヒューと音を立てて渦を巻き、彼女の髪を巻き上げた。
「早く出てきて!」
私が声をかけても、ファシリアは強ばった顔をして動こうとしない。
――そうだ、この檻は、精霊を動けなくする檻だった!
私は彼女を引っ張り出そうと檻の中に手を入れた。自分まで力が入らなくなるような感覚に襲われながらも、私は必死に、彼女を檻から出した。
「とにかく早く、ここを出よう。今逃げないと何もかも台無しだぞ!」
私はファシリアの手を引き、霧が立ち込める妖しい森の中をひたすらに走った。ファシリアもとても明るく光っているので、このままではすぐに見つかってしまうだろう。
どこかに彼女を隠さなくては。私は、森の中を走り回り、大きな木の幹にぽっかりと空いたうろを見つけると、彼女をその中に押し込んだ。
お化けになって精霊狩りを追い出すと言ったシュベールは、タークにキスをしたかと思うと、黒いモヤに包まれてしまいました。困惑しつつも、作戦通りファシリアを連れて逃げ出す少年ターク。光り輝くファシリアを隠すため森を走り回り、彼女を木のウロに押し込みましたが……。
次回、精霊狩りを追い掛けたシュベールを探しに、少年タークは再び走り出します。




