09 ターク少年森へ行く1~シュベールとの出会い~[挿絵あり]
語り:ターク・メルローズ
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子供のころ、私、ターク・メルローズは、大魔道士ガルベル様から、とある物語を読み聞かされた。
深い森の奥深くに住む、闇の精霊の物語で、絵本や劇にもなっている有名な話だ。
その森には、世界を変えるほどの貴重な宝があり、それを守るため、闇の精霊は近づく人間を手当たりしだい惨殺するのだとか。
それは、子供向けに調整されてはいても、身の毛もよだつような恐ろしい内容だった。
そして、その物語に登場する森は、ベルガノン王国の西方に実際に広がっている、アーシラの森だと言われていた。
嫌がる私を捕まえては、その話を聞かせようとするガルベル様に、私は本当に迷惑していた。
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私が十歳になったある日、フィルマン様がアーシラの森から、たくさんの木の実や獲物を持って帰ってきた。
私が驚いて、なぜ生きて帰ってこれたのかと聞くと、フィルマン様は筋肉隆々の巨大な腕を見せながら、豪快に笑って言った。
「このわしにかかれば、弱っちい精霊なんぞ虫ケラ同然じゃー! がっはっは!」
実際のところ、フィルマン様は森の入り口付近で狩をしただけで、闇の精霊には会っていなかったようなのだが、私はすっかり騙されてしまった。
私が「さすが、フィルマン様!」と、尊敬の眼差しで彼を見上げると、彼は喜んで、私に木の実を分けてくれた。
それは、スアという、アーシラの森にしか生えないと言われている低木になる実で、とても甘酸っぱく、たまらなく美味しかった。
王都でもめったにお目にかかれないその実を、私はミアと一緒に食べた。ミアが「美味しい、美味しい」と喜んでくれたのが嬉しくて、私はまた持ってくると、軽い気持ちで約束してしまった。
フィルマン様にスアの実をもらおうと、私は彼が屋敷に遊びにくるのを何日も待っていた。
しかし、そんなときに限って彼はなかなかやってこない。
――早くミアにあの木の実をあげたいのに。確かフィルマン様は精霊は弱っちいって言ってたな。僕だって腕力なら強いし、剣技もたくさん覚えたから、大丈夫かも。
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スアの実が欲しい私は、こっそり大剣を持ち出し、一人で森に出かけた。
とても不気味な森だと聞いていたが、そこは意外と明るく、美しい森だった。
小道には暖かい木漏れ日が差し込み、頭上では小鳥が囀って、小さな川もサラサラと流れている。
――なんだ、聞いてたのと違うな。全然平気みたいだ。もしかすると、あの話は子供が森に入らないよう怖がらせるために、大人が考えたおとぎ話だったのかもしれないな。
そんなことを考えながら、私はスアの木を探しつつ、どんどん森の奥に入っていった。
しばらく行くと少し開けた場所に出た。森のシンボルのような大きな木が一本生えていて、まるで雨上りの秋空のように空気が澄んでいる。
――ここは剣の練習にちょうどいい場所だな!
時間が止まったように静かなその場所で、私はしばらく剣の練習をした。
大剣を振り、張り詰めた空気を切り裂くと、その音がどこまでも気持ちよく響き渡る。なんだかとても気分がよくて、私は何度も剣を振った。
――広くていいな。でもちょっと疲れた。大剣は重すぎる。
森に来て三時間くらいはたっただろうか、少し疲れた私は、涼しい木陰に座るとスヤスヤと居眠りをはじめた。
羨ましいことに当時の私は、いつだって好きな時に眠れたのだ。
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しばらく気持ちよく眠り、目が覚めると、あたりは暗くなり、霧が立ち込め、不気味な風の音が吹きすさんでいた。
――しまった……。ガルベル様に聞いたとおりになってる!
物語がおとぎ話でなかったことに気付いた私は、慌てて帰ろうとした。しかし、真っ暗で方向がわからない。
焦ってキョロキョロしていると、どこからか、『こっちよ』と言う声が聞こえてきた。
「だれだ!? 闇の精霊か?」
私は咄嗟に剣をかまえた。心臓がバクバクと音を立てている。
『こっちよ……可愛い坊や……』
声のほうを見あげると、金色の光を纏った美しい女性が空中を舞い、手招きしている。彼女の光に照らされて、暗かった森も、キラキラと明るく輝いていた。
「お前が闇の精霊か?」
彼女の緩やかにウェーブした長い髪が、金色に輝きながら空中に漂い、ゆっくりと揺れている。透きとおるような白い肌、吸い込まれそうなブルーの瞳も美しく、薔薇色の頬や唇は、とてもやわらかそうだった。
背中には宝石をちりばめたように光り輝く蝶の羽が生えていて、全身が金の光に包まれキラキラと輝いていた。その完璧なまでの美しさは、精霊と言うよりはまるで、女神のようだった。
恐怖にバクバクと鳴っていた私の胸が、今度はどきどきと高鳴っていく。心を奪われた私は、ただただ素直に精霊を褒めていた。
「すごくキレイだ……」
『うふふ、ありがとう、可愛い坊や』
精霊は鈴が転がるような美しい声でそう言うと、とても嬉しそうに、空中でくるりと回ってみせた。彼女が動くと、金の光が粒子のように飛び散り、彼女を追いかける。
「僕は坊やじゃないぞ! 剣士なんだ! 強いんだぞ」
私はぼうっと彼女に見入りそうになる自分の頭を、ぶんぶんと振って正気を取り戻した。
そして、自分の身長と変わらない長さのある、重量感たっぷりの剣を持ち上げ、ブンッと一振りしてみせた。
『知ってるわ。ずっと見てたのよ。あなたが森に入ってきたときからね。あなた、タークでしょ?』
精霊はにっこり笑って言った。
「なんだ? なぜ知っている?」
『イーヴが言ってたわ。タークはすごく可愛くて、強いって』
イーヴ先生の名前を聞いた私は、すっかり彼女への警戒を解いた。可愛いというのは納得いかないが、強いと言われるのは悪くない。
「イーヴ先生の知り合いか? ならいい。お前の名前は?」
『シュベールよ』
「シュベール、僕は道に迷ったんだ。王都への道を教えてもらえないか?」
シュベールはまた空中でくるりと回ると、私に手を差しのべて言った。
『ええ、いいわ。でもその前に、私のお願いも聞いてもらえる? 友達を助けて欲しいの』
「もちろん、かまわないぞ」
私はそう言って頷くと、シュベールに誘われるまま、さらに森の奥へと入っていった。
ミアにスアの実をプレゼントするため、恐ろしい闇の精霊がいるといわれている森へ、一人で出かけた少年ターク。
出会ったのは美しい金色の光を纏った癒しの精霊シュベールでした。友達を助けるのを手伝って欲しいと頼まれたタークは「もちろん」と快諾しました。




