08 元気の出る歌。~おねだりされると弱いです~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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ターク様に、「もう一緒に寝れません」と、宣言した私は、その夜、書斎から繋がる書庫にベッドを置いてもらった。
このベッドは、メイドさん達の部屋で余っていたもので、とてもシンプルだった。
ターク様のベッドルームにある、煌びやかな装飾の天蓋付きベッドとは違い、硬くてきしむけれど、とても落ち着いて眠れそうな気がする。
ターク様の書斎のデスク横に入口があるこの書庫は、かなり狭くて三方を天井まである本棚に囲まれていた。
大切な本もあるらしく、普段は鍵がかかっていたし、ベッドを置くと取り出せなくなってしまう本もあるのだけれど、それでもターク様は「好きにしろ」と言ってくれた。
かなり今更だけれど、ベッドが一つしかないのはやっぱり、良くなかったと思う。それに、なんだか自分の部屋ができたみたいで少し嬉しかった。本に囲まれて眠るというのも結構悪くない。
――これならマリルさんもちょっと安心するかな? それに、本を読んで暇をつぶす場所としては、かなり快適かも!
私は少しはしゃいでしまって、知らず知らずのうちに、日本の歌を口ずさんでいた。
「頼ってよー 僕の力~♪
頼りなく見えるかもしれないけど
意外と役に立つよ~♪」
「楽しそうだな」
振り返ると、かなりしょんぼりした様子のターク様が、書庫の入り口に立っていた。
「ごっ、ごめんなさい、うるさかったですよね」
私があわてて口を押さえると、ターク様は辛そうな顔にほんの少し微笑みを浮かべた。
「いや、続けてくれ、独特のメロディだが元気の出る歌だな」
置いたばかりのベッドに腰を下ろし、「ほら、早く」と催促をする彼。組んだ指の上に顎をのせ、期待に満ちた瞳で私を見あげている。
――わ……その顔……!
ふいに、「おねがい、みやちゃん」と、私を見上げる達也を思い出し、ドキッとする私。
ドギマギしながらも、私が再び歌いはじめると、彼は嬉しそうに、少し目を細めた。私が歌うのに合わせて、彼の口がほんの僅かに動いて……。
「こんなに側にいるのに
眩しくて君が見えない~♪
伝えたい想いは言葉にしよう
目を細めてもいいから~♪」
まるで、この歌を知っているかのように動くターク様の唇に、私の視線はくぎ付けになっていった。
――なんだか、見たことのある光景だわ……。
あの学校の音楽室で、歌う私をやさしく見つめながら、唇を微かに動かした達也の顔が脳裏に浮かぶ。胸が急激に高鳴って、気がつくと私は、歌うのをやめ、ただただターク様を見つめていた。
「なんだ、歌わないのか?」
――ターク様ですよね……?
「どうしたんだ? 変な顔して」
「な、何でも……ないです」
「そうか?」
――ダメダメ。人違いはダメだって。
頭を左右に小さく振って、雑念を振り払う。
ターク様と達也は確かにすごく似ているけれど、明らかに別人なのだ。全く別の人生を送って今に至っているのは、もう間違いのない事実だった。
少しがっかりした様子のターク様は、「まぁいい」と言って立ち上がると、キョロキョロと書庫を見まわした。
「狭いな。こんな所で本当に眠れるのか?」
「このくらいの方が落ち着いて眠れますよ」
「そうか……?」
不思議そうに首を傾げるターク様に、ずっと思っていたことを言ってみる。
「ターク様のベッドは豪華過ぎるし、カバーの色が良くないと思いますよ。赤は興奮するので眠りにくいですから」
「何!? そうなのか? あのベッドは、前の領主の時から有ったものでな。最初からあんな感じだったんだが……」
「せめてシーツだけでも、鎮静作用のあるブルー系に変えると、少しは眠りやすくなるんじゃないですか?」
「色でそんなに違いがあるのか?」
「えぇ。試してみて下さい!」
「すごいな……だがお前、何もかも忘れているくせに、何なんだ? その知識は」
「日本では常識ですよ」
私は思わずそう言って、また慌てて口をふさいだ。ターク様に日本の常識の話をしても、頭の心配をされるだけだ。
「日本では……か。本当は加護でお前の頭を治してやらないといけないんだがな……」
彼は案の定そう言って、困ったように眉を下げた。
「シーツの色か……。それで魔力が回復出来たら、ヒールを試してみるか……」
――信じたのか信じてないのか、どっちなんですか? ターク様……?
加護を与えていれば、そのうち私の記憶が戻ると信じているターク様。彼は、私の治療を進められないことで、結果的に、私がここに居る期間が長引いてしまうのを、懸念しているのかもしれない。
ターク様の魔力が無駄になるのが気になるけれど、私はとりあえず、「よろしくお願いします」と返事をした。
「あぁ、それと、風呂は私の後だ。しっかり入れよ」
「分かりました」
「よし……さっさと寝て魔力を溜めるか」
ターク様はそう言うと、ひらひらと手を振って、書庫を出て行った。
「おやすみなさい、ターク様」
「あぁ。おやすみ、ミヤコ」
ターク様の後姿を見送っていると、小さな黒い影が彼の後を追って、滑り込むようにベッドルームに入って行くのが見えた。
――ライル……?
もしかしたら、ライルが私の代わりに、ターク様を寝かしつけてくれたりして……。そんな淡い期待を胸に抱きながら、私は硬いベッドに横になった。
書庫で日本の歌を歌っていた宮子に、ターク様は上目遣いで続きをおねだりします。その姿が達也と重なり、ターク様が知るはずのない歌を歌っているようにも見えて、宮子は動揺してしまいました。前回、ターク様は本当に自分がいないと眠れないらしいと気づいた宮子はターク様にベッドカバーの色を変えるようにアドバイスしました。ターク様が無事に眠れたかどうかは六章でお話しします。
五章はあと三話ありますが、森で色々起こる六章に備え、ターク様が森で癒しの加護を授かった時のお話を挟みたいと思います。
次回、スアの実が欲しい十歳のターク様は一人アーシラの森へ出かけます。




