07 もう二度としません。~取り乱したターク様~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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マリルさんの屋敷から戻った私は、屋敷の入り口で出迎えてくれたアンナさんに背中を押され、ターク様の書斎に入った。
ほんの一日外に出ていただけなのに、なんだか久しぶりに帰ってきたような懐かしい感じがする。
いつも私が開けていた厚いカーテンが閉まったままになっている。部屋全体が薄暗い中、ゆるっとしたブラウス姿のターク様が、眩しく輝きながらデスクで頬杖をついていた。
ターク様が留守であればと、ついつい期待してしまっていたけれど、ここはターク様の部屋だ。
置いてもらっている立場で、勝手なことを考えてしまう自分が嫌になる。
「ご主人様、ミヤコさんがお戻りですよ」
「ん? なんだミヤコ、もう帰って来たのか?」
私の突然の帰宅に、驚いた様子で顔を上げた彼は、私の顔が赤く腫れていることに気付くと、目を見開いて立ち上がった。
「お、おい、どうした?」
「ちょっと転んでしまって……」
苦し紛れの嘘をついた私だったけれど、そんなケガではないのは明らかだった。
「嘘をつくな、見せてみろ。まさか、襲われたのか?」
「そういう訳では……」
「いいからここに座れ」
ターク様は私をソファーに座らせると、ケガを確認しようと私の顔をのぞき込んだ。いつも通りキラキラ光って見えたターク様だったけれど、間近で見ると、なんだかとても疲れた顔をしている。
まだ昼間だと言うのに、魔力も殆ど尽きているようだ。
「……良かった、これくらいなら癒しの加護でもすぐに治りそうだな。昨日あれから、治療して回ったからな。今日は魔力があまり残ってないんだ」
――それって、全然眠れてないですよね……。
そんな事を考えていると、ターク様の手が私の傷に触れ、やさしい癒しの光が頬をくすぐった。
いつもなら心地よいこの光だけど、今日はマリルさんの苦しそうな泣き顔が頭に浮かんで、罪悪感で胸がいっぱいになる。
私はとっさにターク様の手を振り払い、勢いよく立ち上がった。
「やめて下さい!」
思った以上に大きな声が出て、自分でも驚いた。ハッとしてターク様を見ると、彼は目を丸くして、私を見上げたまま固まってしまっていた。
なんだか今、ターク様の自尊心をかなり傷付けてしまった気がする。
――それでも、今言わなくちゃ。もう無理だって伝えなくちゃ。
私は意を決して、さらに大きな声を出した。
「ターク様が、そんなだから、マリルさんは、苦しんでます! だから何度も、こんなことになるんですよ!」
そう言った私の目からポロポロと涙がこぼれると、ターク様は、いつものように、苦しそうに胸をおさえた。
――しまった、ターク様は涙が苦手なのに。
――このまま涙を流していたら、ターク様がまたやさしくなってしまうわ……。
そう思いながらも、涙を止めることが出来ない私。
「何があったんだ?」
「言えません。でも……もうここにはいられません。私を、追い出してください」
「何を言ってる? そんなこと出来るわけが……」
「だったら、自分で出て行きます。今まで、ありがとうございました……!」
「お、おいおい」
扉に向かって歩き出そうとする私の腕を、しっかりとつかんだターク様は、なんだかすごく焦っていた。いつもの威厳たっぷりな彼とは、まるで別人のようだ。
「と、とにかく落ち着け。な? とりあえず、座って、ほら、ケガを治そう。治癒魔法ですぐ治すから。勝手に外に出たりすれば、どうなるか、分かっているだろ?」
「……あ、す、すみません」
困りはてた顔のターク様。なんだかすごく申し訳ない気分だった。「出て行きます」なんて言ったものの、よく考えるとそんな勇気もないというのに、ターク様を試すような真似をしてしまったのだ。
私がソファーに座ると、ターク様はホッとしたようにため息をついて、今度は私に両手をかざした。彼の魔力は殆ど底をついていたけれど、彼がヒールを唱えると、ケガはすぐに治ってしまった。
「ありがとうございます」
「落ち着いたか?」
「はい、すみませんでした」
「何があったか話せるか?」
「はい……」
仕方なく、この間からの二回の出来事を、できるだけソフトにターク様に伝える。
「マリルが……? しかも、二回目だって……?」
かなりショックを受けた様子のターク様。
だけど、私をいつまでもここに置いておけば、そのうちマリルさんが怒るだろうということは、彼にも分かっていたようだ。
ただ、彼女の怒りの矛先が、自分ではなく、私に向いていることには、全く気が付いていなかったらしい。
「私は最低だな……。お前が嫌がっていることに気付きながら、毎日となりに寝かせていたんだから」
ターク様はそう言うと、すっかり気を落として、頭を抱えこんでしまった。
「お前が早く所有者の元へ戻りたいと言い出した時は、正直不思議に思ったが……。マリルに気をつかっていたのか。お前の気持ちに気づかず、こんなことになって悪かった。私の考えが足りなかったようだ」
「い、いえ……。私のことは良いんです。私、ただ、マリルさんに申し訳なくて……。だからもう、ターク様と一緒に眠ることは出来ません」
「分かった……。マリルには私から謝っておくから心配要らない。だが、さっきみたいに無防備に外に出ようとするのだけはやめてくれ。心配で目が離せなくなるだろ」
「本当に、ごめんなさい、もう二度としません」
「……約束だぞ」
――この間は、迷惑だな、なんて言っていたのに、心配で目が離せなくなる……なんて……。
――私が嫌がっているのを知りながら……? 私がいないと眠れないって、あれ、本当だったんですね……。
ふらふらした足取りでデスクに戻ったターク様を見て、私は確信した。
彼は、睡眠に私を必要としていて、彼の魔力も、私がとなりに寝ていたことで回復していたのだ。
――それにしても、一晩離れただけで、こんな状態になってしまうなんて……。
「ターク様……具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ。ちょっとな……いや、何も問題ない。私は不死身だからな」
ターク様はそういうと、誤魔化すような笑顔を浮かべ、書類に目を落とした。
これから先、ターク様を一人で寝かせていて、本当に大丈夫なのだろうか。かなり心配ではあるけれど、やっぱりこれ以上、彼のベッドに入る訳にはいかない。
このままでは、マリルさんだけでなく、ターク様自身もきっと、苦しむことになるだろうから。
薄暗い書斎で、辛そうなのにキラキラ光っているターク様を不憫に感じながら、私は必死にその決心をかためていた。
怪我をして戻った宮子を、加護で治療しようとするターク様に、「やめてください!」と叫び、部屋を出ようとする宮子。宮子を守っていないと具合が悪くなるターク様は、宮子に二度と無防備に部屋を出ないで欲しいと頼みます。昨晩よほど具合が悪かったんでしょうね…。ターク様とはもう一緒に眠れないと言う宮子に「分かった」と返事をしたターク様ですが、大丈夫なんでしょうか?心配です。
次回、書庫にベッドを置いてもらった宮子はちょっと嬉しくなって歌を口ずさみますが……。




