06 溢れ出す魔力。~涙に暮れた二人~[挿絵あり]
場所:マリルの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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翌朝のマリルさんは、昨日とはまた様子が違った。ベッドの上に座り込んだまま、暗い顔でうつむいて、肩も小刻みに震えている。
「マリルさん……? おはようございます」
怒っているのか悲しんでいるのか分からないけれど、なんだか、ただ事じゃないという感じがする。
「大丈夫ですか? どうかしました……?」
返事をしないマリルさんに、ドギマギしながらも何度か声をかけると、彼女は突然、ポロポロと涙を流しはじめた。
――えー!? どうしよう!
オロオロしている私に、彼女は突然抱きついてきた。甘い花のような香りがふわりとして、シルク越しのやわらかい感触に思わずドキドキしてしまう。
一体何が起こっているんだろう。彼女は私の首に腕を巻きつけたまま、小さな声で囁いた。
「あなた、魔力がどんどんあふれ出てくるんですのね。こうすると、私の魔力が増えていく……」
マリルさんはギューッと私を抱きしめたかと思うと、今度は思い切り突き飛ばした。
「きゃっ……!」
ベッドから転がり落ち、床に頭を打ち付けながら仰向けに転がった私に、マリルさんはすかさず馬乗りになった。
――ま、またこれ!?
彼女はそのまま、私の服の首元を両手でつかみ、怒りに震える声で叫びはじめた。
「おかしいと思ったのよ! ターク様の魔力が全回復してるなんてどうしたんだろうって。不眠症のターク様がよく眠ったなんて変だなって!」
それは、前回のバスルームの時より、もっとずっと、悲痛な叫びだった。
「ぶざけないでよ!」
マリルさんの硬く握った拳が、何度も私に振り下ろされ、唇が切れ、口の中に血の味が広がる。
「ふぎゃっ……」
私は思わず、逸らした顔を手でおおったけれど、マリルさんはその手を振り払い、私の頭を両手でつかむと、こっちを向けというふうにグイッと向きを変えた。
「見てよ! 私のステータス! こんなに回復しちゃったの、あなたと一緒に寝たからでしょ……!」
マリルさんの涙に濡れた顔を見ながら、怖々とステータスを確認すると、確かに昨日は殆ど空っぽだった魔力が八割近く回復している。
「何て憎らしいゴイムなの!」
彼女が私を殴り、私が「ぎゃっ」と声を上げるたび、彼女の魔力は回復していった。
「なんなのよ! あなたの魔力なんて要らないのよ! わたくしに入ってこないでーーー!」
図らずも、ゴイムをいたぶったことで、私の魔力を吸収してしまったマリルさんは、苛立ちにゆがんだ顔で頭をかきむしった。
――こんなに傷つけてしまうなんて……。
私はただただ、涙を流すことしかできなかった。
しくしくと泣いている私を見たマリルさんは、いよいよ大きな声をあげて泣きはじめた。
「泣きたいのはわたくしですわ!」
どうする事も出来ない私は、両手で顔を隠し、必死に声を殺していた。
マリルさんは長い間そのまま泣いていたけれど、やがてよろよろと立ち上がると壁際へ移動し、座り込んだまま動かなくなってしまった。彼女はなんだか、すっかり気力を失った様子だった。
私はせめて彼女の瞳に映らないようにと、ベッドの脇に小さくなっていた。
二人のすすり泣く声だけが響くベッドルームに、長く重たい時間がゆっくりと流れていく。
△
「もう帰って。馬車を呼ぶわ。護衛をつけてあげる」
どれくらい時間が経っただろう。彼女がそうつぶやいて、私はマリルさんの部屋を後にした。
一人で庭に出て、「どうしよう……」と立ちつくしている私の元へ、マリルさんの執事が駆け寄ってきた。彼はとても上品な感じの初老の男性で、名をセバスチャンと言った。
「ミヤコさん、探しましたよ。……おやおや、大丈夫ですか?」
私の腫れた顔をみると、執事さんは慌てて薬草を塗ったガーゼを用意してくれた。
「私は大丈夫です。それよりマリルさんが落ち込んでしまって……」
「ご心配いりません。マリルお嬢様は私が様子を見ておきます」
「お願いします……。帰りの馬車を用意して下さると聞いたのですが」
「はい。お嬢様から、護衛をつけるように言われております。こちらでお待ちください」
外はとてもいい天気で、真っ青な空が広がっていた。よく手入れされた美しい庭が、なんだかとてもキラキラとして見える。地味なワンピース姿で、顔を赤く腫らした私は、とても場違いな感じがした。
△
惨めな気持ちで小さくなっていると、「おはようございます~!」と大きな声がして、私の方へ駆け寄って来る人の姿が見えた。
近づいてきたのは、大きな盾と槍を持った重装備の女性だった。昨日ずっと、少し離れたところから、私とマリルさんの様子を眺めていた人だ。彼女が動くと、盾や鎧がガチャガチャと騒々しく音を立てる。
「マリル様の護衛のエロイーズです。私が安全にターク卿の元までお届けしますのでご安心ください!」
「よろしくお願いします」
エロイーズさんは、私の赤く腫れた顔を見て、「わぁ、それ、マリル様ですよね!? わぁー、痛そうですね」と言いながら、なぜか羨ましそうに目を輝かせた。
――ちょっと変わった人みたいだけど、大丈夫かしら。
エロイーズさんと一緒に馬車に乗り込み、予定より随分早い家路についたものの、私の気持ちはどんどん塞ぎこんでいった。
――こんなひどい顔で帰って、ターク様になんと言えばいいんだろう。でも私には、他に行ける場所がない……。
ターク様が留守であることを願いながら、私はしぶしぶ彼の部屋に戻った。
宮子の身体から思った以上の魔力が溢れている事を知ったマリルは、宮子がまたターク様と一緒に眠っていた事に気付いてしまいました。再び馬乗りになって宮子を攻撃するマリルに、宮子の魔力が入っていきます。マリルにとってそれは、とても不快なものだったようです。
次回、赤く腫れた顔で屋敷に戻った宮子を見たターク様は……。




