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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第5章 マリルさんのお屋敷で

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04 マリルさんのお屋敷で。~水の国ベルガノン~

 語り:小鳥遊宮子

 *************



――いったい、どうしてこんな事に? マリルさんのお屋敷で、三日も過ごすなんて、修羅場しか見えないんですけど……。



 少し心配そうな顔で私たちを見送るターク様に、引きつった笑顔を見せながら、私はそんなことを考えていた。


 二人の会話の間中、必死にターク様に向かって、「無理です」という視線を送っていた私。


 だけど、事情を知らない彼に、その気持ちが伝わることはなかった。


 私の顔をチラチラと見ながら、しきりに顔を顰めていた彼は、どうやら私が腹痛を起こしたと思っていたらしい。


 ターク様はマリルさんの目を盗み、私にヒールをかけてきたかと思うと、「腹は治してやったが、菓子はほどほどにな」と、耳元で囁いた。



――そうじゃないんですよ! ターク様!



 マリルさんが乗ってきた馬車に乗せられた私は、緊張のあまり、本当にお腹が痛くなりそうだった。


 握った手のひらに、嫌な汗がにじんでいるのを感じる。


 さっきまで、あんなに饒舌だったマリルさんが、さっきから一言も言葉を発しない。それが余計に恐ろしかった。


 それでも、馬車が動き出すと、私の心はワクワクと高鳴りはじめた。


 王都にあるマリルさんのお屋敷までは、馬車でニ時間くらいの距離らしい。


 考えてみると、馬車で王都へお出かけなんて楽しいに決まっている。


 マリルさんの家に行くのは怖いけれど、せっかくの外出だ。こうなったら風景を楽しむしかない!


 この世界に来てもうかなりたつけれど、メルローズ領から出るのだってはじめてのことだ。


 私はワクワクと瞳を輝かせて、窓の外を眺めた。



      △



 メルローズののどかな田舎道を南へ向かい、川にかかる大きな橋を越え、城下町へ入る城壁の門をくぐると、馬車は賑やかな王都に入った。



――すごい……! なんて華やかな街なの?



 水の国ともよばれるベルガノン王国の王都には、たくさんの水路が走っていて、端の尖ったカラフルなゴンドラ船がのんびりと行き交っている。


 華美な装飾を施された馬車が走る石畳みの街道に、所狭しと並ぶお店の看板も可愛らしい。


 街のあちこちには、神話に出てきそうな見事な彫刻が施された大きな噴水があり、リズミカルに水を吹き出す様子が、私の目を楽しませてくれた。


 商店街をすぎると、荘厳な大聖堂が目の前に現れ、その前の大広場には、英雄の彫刻なのか、大剣を高々と掲げたフィルマンさんらしい大きな石像がある。



――わぁ、キノコでお腹を壊したお爺ちゃんとは思えないわ! なんて立派!



 しかし、フィルマンさんの石像の周りには、よく見るとたくさんのケガ人たちが、治癒魔法を求めて集まっているようだった。



――一見華やかに見えるけど、やっぱりこの国は疲弊してるんだわ……。



 そんなことを考えている間にも、馬車はまるで絵本のなかのような、メルヘンチックな市街地を抜けていった。


 しだいに建物の間隔が広くなり、緩やかな緑の丘を登った先に、マリルさんの住む壮麗な屋敷が見えた。



      △



 ターク様の石造りの屋敷とはまた違い、マリルさんの住む屋敷は装飾的で、とても華やかだった。


 人口の多い王都の建物は、背が高く敷地が狭い印象だったけれど、彼女のお屋敷は、ターク様のお屋敷と変わらない広さがあるようだ。



「ステキなお屋敷ですね!」



 私が興奮気味にお屋敷を褒めると、マリルさんは、「ふふん」と鼻を鳴らし、見事なドヤ顔をして言った。



「当然ですわ。ターク様の婚約者に選ばれるにふさわしい、この、わたくしが住んでいるお屋敷ですもの」


「あはは……。そうですよね」



 苦笑いをする私を、マリルさんはじっと見詰めた。


 馬車に揺られている間も、ずっと黙っていた彼女。いったいなにを考え込んでいたんだろう。


 風景に見とれてついついテンションがあがっていたけれど、ここは彼女のホームグラウンドだ。


 私の身体に再び緊張が走り、冷たい汗が背中を流れる。


 凍るような沈黙のあと、マリルさんは声を抑えて言った。



「それにしてもあなた、ターク様にあのこと、本当に言わなかったのね?」



 あのことというのは、あのバスルームでの出来事を言っているのだろう。



「言うわけありませんよ……」



 私がうつむくと、マリルさんは改まった顔をした。



「助かりましたわ。この間は取り乱してしまって、悪いことをしましたわね。言わないでくれて、ありがとう」



 彼女の予想外の謝罪に、私は耳を疑った。



「いえ、そんな……! こちらこそ、ご迷惑おかけしてます」


「よろしくてよ。今日は本当に、あなたにお詫びしたくておよびしましたの」



 そう言って決まりが悪そうに目を伏せた彼女は、なんだかとてもいじらしく見える。



――この人は……ただ高飛車なだけのお嬢様ではないのかもしれない。当然よね、ターク様が選んだ婚約者なんだもの……。



 彼女は今日、ターク様に会えば、この間のことを注意されると思っていたようだ。


 一見楽しそうに振舞っていたけれど、あれで彼女なりに緊張していたのかもしれない。



――本当はずっと、落ち込んでたとか……?



 しかし、彼女が謝罪や感謝を口にしたことで、私の罪悪感は一気に膨れあがってしまった。


 確かに告げ口はしなかったけれど、そのせいで、マリルさんの苦悩を知らないターク様と、何度も一緒のベッドで寝てしまったのだから。



――私、どうすればよかったんだろう。


――もし、マリルさんが悲しみますよって、一言言えていれば……。



 後悔と罪悪感に苛まれる私の手を引いて、マリルさんは歩きはじめた。



      △



 私たちは、花がいっぱいのステキな庭を抜け、屋敷に入り、華やかで上品な装飾の、美しいティールームへと移動した。


 長いテーブルの上に、金の飾りがついた大皿がいくつも置かれており、その上に色とりどりのケーキが並べられている。



――すごい……どこをみても豪華!


「あなたもここに座って一緒に食べましょ!」



 マリルさんは、キョロキョロしている私の手を引いて椅子に座らせてくれた。


 彼女が手を叩いてよぶと、給仕たちが選んだケーキをお皿に取り分けてくれる。



「おわびに用意したのだから、好きなだけ食べてよくってよ」


「わぁ、すごい! どれも美味しそうです」



 私が目をキラキラさせているのを見て、マリルさんは得意げに言った。



「素晴らしいケーキでしょう? いまは昔みたいにお料理にも魔法が使えないから、お菓子職人たちが全て手作りしているのよ。ここまでできるようになってもらうのには苦労しましたの」


「そうなんですね! でも魔法でケーキを作るところも一度見てみたいです」


「ミヤコさん、生活魔法を見たことがないんですのね。ターク様に会う前のことをなにも覚えてないって本当ですの? そんな状況で自分がゴイムだなんて、戸惑ったんじゃなくて?」


「ええ……」



 この世界で初日に起こった出来事を思い出し、表情をかたくした私に、マリルさんは哀れむような眼を向けていた。



「ごめんなさい、嫌なこと言ったかしら?」



 繊細な金彩と、ローズの模様が美しい華やかなティーカップを手に、小首をかしげたマリルさんは、本当に可愛らしかった。


 お嬢様という言葉がなんて似合う人なんだろう。


 上品な振舞をする彼女を見ていると、この間バスルームで起こったことは、夢だったんじゃないかと思えてくる。



――きっとあれは、なにかの間違いだったのね。


「そんなこと……私はぜんぜん大丈夫です。ターク様がとてもよくして下さってますから。だけど、お二人には、本当にご迷惑をおかけしてます」



 私がそう言うと、彼女はまるで花のようににっこり笑い、「いいのよ。でも……」と話をつづけた。



 マリルさんのお屋敷に行くのが恐い宮子ですが、王都に向けて出発するとだんだんワクワクしてきてしまいます。


 お屋敷に着くと、マリルさんに先日の一件を謝罪され、宮子はまた罪悪感に苛まれました。


 次回、マリルの止まらないお喋りに、宮子はただただ相槌を打っていましたが……。


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― 新着の感想 ―
ゴクリ……。 でも……なんでしょう……? 悪役ではないと分かっていてもマリル嬢はちょっと怖いです。 宮子の方に後ろめたさがありますからね。 いつか仲良くなれたらいいんですけど。
[良い点] この回は楽しみでなりませんでした。 宮子はどんな酷い目に遭うのか。 ターク様は本当に立派でいい人なんですけれどね。 稀に見せるダメダメさが人間味を感じさせ、親近感を覚えさせるのだと思いま…
[一言] 宮子は今まで見たこともないマリル様の有り様に驚きますがやはりマリル様も流石きちんとした令嬢なのでしょう。 これは宮子が楽しく過ごせるのでしょうか!? 楽しみに拝読させていただきますね( *´…
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