03 やってきたマリルさん2~三日後にお返ししますね~
場所:タークの屋敷(客室)
語り:ターク・メルローズ
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マリルへのミヤコの紹介は、問題なく進み、私たちはソファーに移動した。
「ミヤコさんもこちらへ」
マリルは私のとなりにぴったりとくっついて座ると、ミヤコを向かいのソファーに座らせた。
それから彼女は、楽しそうに最近の出来事を話したり、私の近況を尋ねたりしはじめた。
――もう、ミヤコのことは頭から抜けているようだ。
私がつい気を抜いていると、彼女は突然、仕切りなおすように私の腕にしがみついてきた。
細い指先でツンツンと私を突きながら、全てを見透かす水晶玉のような瞳で私を見あげる。
「だけどターク様、聞いた話では、ゴイムってものすごく退屈なのでしょう? いくら広いお屋敷でも、何日も室内にいたのでは、息が詰まるんじゃなくって?」
「ん? そ……そう……だな」
――いったい、なにが言いたいんだ?
気を抜いていたせいか、彼女がなにを言おうとしているのかいまひとつピンとこない。
しかし、嫌な予感だけはしっかりと感じていた。
実は最初から、いつも以上に絡みついてくるマリルに、私は内心、ヒヤヒヤしていたのだ。こんなときのマリルはなにを言い出してもおかしくない。
――特にやましいことはないのだが……。ミヤコと街に出かけたことは黙っておいたほうがいいか?
――なんだか目立ってしまったしな。変な噂になっていなければいいんだが……。
「いつまでもお屋敷に閉じ込めていては、ミヤコさんが可哀想ですわ」
「それは、そうだが……。持ち主不明のゴイムに外は危険だからな。気軽に出かけさせるわけに……っ……」
私が話し終わる前に、マリルは私の唇にその指をおしあて、言葉を遮った。
「もう! 本当にターク様は心配性なんですから! 大丈夫、一人で外に出さなければいいのでしょう? もし、よろしければ、わたくしの屋敷にミヤコさんをご招待したいのですけど」
――ミヤコを招待……?
私の嫌な予感はあっという間に確信に変わってしまった。いくら勉強をしたからと言って、彼女がミヤコを見て文句ひとつ言わないなんて、最初からおかしかったのだ。
ここまで身分の違うミヤコを、友達のように屋敷に招くなど、いままでのマリルからはとても考えにくかった。
――私はただ、ミヤコの記憶喪失が思いの外ひどく、所有者探しも難航中だということを、マリルにそれとなく伝えたかっただけなんだが……。
――いったい、この申し出はなんなんだ?
唇に指をおし当てられたまま、横目でちらりとミヤコを見ると、彼女はますます真っ青になっていた。
黒目がちな丸い目をウルウルとさせて、祈るように私を見ている。
――く……胸が痛む……。彼女の腹痛は一刻の猶予もないようだ。
――しかし、ここで彼女にヒールを行っていいものか。
とにかく、マリルがどういうつもりだったとしても、私は、こんな申し出を受けるわけには行かなかった。
私は手元でミヤコを守っていないと、頭痛や心痛に襲われるのだ。
このまま彼女をマリルに預けたりすれば、きっと一日中苦しむことになるだろう。そのうえ私は、彼女がいないとろくに眠ることもできない。
マリルの指にもごつきながらも、「いや、しかしそれは……」と、言いかけた私だったが、マリルの指がニ本に増え、グイッと唇をおされると、思わずのけぞってしまった。
「ターク様も、お部屋にずっと他人がいたのではお気が休まらないでしょう? たまには、わたくしに頼っていただきたいですわ。女同士、たくさんおしゃべりをして、お菓子を食べたりすれば、ミヤコさんもきっと楽しいはずですもの」
「それは、そうだが……。しかしな……」
グイグイ詰め寄ってくるマリルと、必死な顔で私を見詰めているミヤコに、尋常ではない圧を感じ、思ったように言葉がつづかない。
というより、断りたいと思っている理由を、マリルに説明できそうな気がしなかった。
――なんだ……? どうすれば……?
私が黙り込むと、マリルはさらに勢いを増した。両手で私の腕をつかみ、ブンブンと振りながら、自信に満ちた瞳をキラキラさせている。
興奮のためか鼻孔も少し広がって、頬は赤く高揚していた。こんな状態の彼女に、私がなにか言えたことが、いままでにあっただろうか。
「大丈夫! わたくしは魔術学校でもいちばんの成績ですのよ。わたくしが調べれば、ターク様が調べておられる、そのミヤコさんのご主人のことも、なにかわかるかもしれませんわ!」
「あ、あぁ……え……?」
「次の魔力強化訓練の日まで三日、三日下さいませ! その間にわたくしが必ず、ミヤコさんのご主人を見つけてみせますわ!」
「えぇ……!? しかし、マリル……」
私がマリルの勢いにおされ、「しかし、マリル」しか言えなくなっている間に、マリルの話はどんどん進んでいった。
私はようやくマリルの目的を理解した。
どうやら、一刻も早く私からミヤコを引き離し、所有者のもとに返してしまいたいようだ。
――マリルの考えはもっともだな。私だって、早くミヤコの所有者を見つけたいとは思っているが……。
――だが、それをマリルに任せるわけにはいかない。
私はようやく、彼女の話を遮った。
「マリル、ちょっと待ってくれ……。ミヤコの気分転換に付きあってくれるのはありがたいが、この封印は危険なのだ。下手に触るときみもケガすることになるぞ。きみの魔術がすごいのは知っているが、これは私に任せてくれないか」
マリルは一瞬、不満そうに顔色を曇らせたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「わかりましたわ。でしたら、お菓子を食べるだけにしておきます。三日後にはお返ししますね」
「みっ三日!?……あ、あぁ、よろしく頼む……」
結局、私はミヤコをマリルに託してしまった。
グワングワンとひどい耳鳴りがして、ぎゅうぎゅうと締め付けるような胸の痛みと、奇妙な不安感に襲われた。
――ぐ……やはり、これは失敗だったか?
――しかし、マリルは私の大切な婚約者だ。無闇に彼女を疑うことはできない。
――彼女がミヤコとお菓子を食べて楽しむだけだというのだから、ここは信じるべきだろう。ミヤコだって、話し相手は女性のほうが楽しいはずだ。
「安心してわたくしにお任せ下さい! ミヤコさん、一緒に楽しみましょうね!」
楽しそうに話すマリルを眺めながら、私はただただ胸の痛みに顔を引きつらせていた。
――せめて、ミヤコを送り出す前に、彼女の腹痛だけは治しておこう。
差し当たりいちばん問題なのは、今日から三日間、私はひどく苦しむだろうということだった。




