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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第5章 マリルさんのお屋敷で

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02 やってきたマリルさん1~宮子は猿か、それともリスか~

 場所:タークの屋敷(客室)

 語り:小鳥遊(たかなし)宮子

 *************



 昼になって、ターク様の部屋にやってきたのは、思ったとおり、マリルさんだった。



「ターク様、ご機嫌よう」



 予想はしていたけれど、いざ彼女の姿を見ると、私の身体が緊張にこわばる。


 できればいまからでも、どこかに隠れに行きたいけれど、ターク様がここにいろと言うのだから仕方がない。


 客室の隅に立ち、できるだけ目立たないように、背中を丸めて息をひそめた。



 ――どうしよう! 話しかけられたら、とりあえず初対面のフリ!?



 ドレスの裾を持ち、膝を曲げて優雅に挨拶するマリルさんは、気品に満ちている。


 この間のバスルームでの出来事が、まるで嘘のようだ。


 マリルさんは挨拶するなり、ターク様の腕にしがみついた。


 甘えるような声を出しながら、大きな薄灰色(うすはいいろ)の瞳で彼を見あげている。


 今日の彼女は、豪華なフリルがたくさんついた、ボリュームたっぷりの赤いドレスだ。


 燃えるように赤い、彼女の髪色によく似合っている。



 ――まるでお人形さんみたい。なんて整った小さな顔なの……?



 地味なブカブカワンピース姿の私は、自分と彼女の格差に、ただただ圧倒されていた。


 もともと、マリルさんと競いあうつもりはまったくないけれど、できればとなりに立たされるのは避けたい。



 ――どうかターク様が私のことを忘れていてくれますように……。




「マリル。変わらず元気そうだな。学校でも優秀だと聞いているぞ」



 ターク様は、まるで春風のような、このうえなくやさしい声でマリルさんにそう話しかけた。彼女を見詰める眼差しも、陽だまりのようにやさしい。


 私の前ではニヤニヤと意地悪に笑うことが多いターク様の顔に、いまは毒気のかけらも見当たらない。



 ――なに? この美男美女カップル。眩しすぎる……!



 この様子だと、私の心配は取り越し苦労だったのかもしれない。



 ――たとえターク様が、()()()に寝ぼけて私を抱きしめたり、初恋の人の名前を寝言で呼んだり、私の髪や頬をいたずらに触っていたとしても……!


 ――この二人の揺るぎない愛と信頼があれば、そんなことは障害にすらならないのかも……!



 私は希望を込めて、そんなことを考えていた。


 なんにしても、突然降って湧いた自分のために、ターク様の幸せを邪魔する結果になるのだけは避けたい。


 彼は私の、命の恩人なのだから。


 このとき私が願っていたことは、本当にそれだけだった。




 *************

 語り:ターク・メルローズ

 *************




「ターク様、パーティーのときに比べると、ずいぶんお元気そうですのね。わたくし、安心しましたわ!」



 マリルはそう言って安堵の表情を浮かべると、ますます私の腕に絡みついてきた。


 先日のパーティー以来、彼女に会うのは二十日ぶりだろうか。


 彼女はその間、魔法学校での試験に向け猛勉強していたが、ようやくそれが終わり、いそいそと私に会いに来たのだ。



「あら、びっくり! 今日は魔力が満タンじゃありませんの!? 安心しましたわ。ターク様がまた魔力を切らしてご無理をなさってるんじゃないかと、心配していましたの」


「あぁ、お前に言われてから、魔力を使い切らないように少し気をつけていた。それに、最近はよく眠れているしな」


「それはよかったですわ!」



 やはり、仕事をセーブして、魔力を残しておいたのは正解だったようだ。マリルの機嫌がいいことにほっとした私は、部屋の隅にチラリと目をやった。



 ミヤコが祈るような顔でこちらを凝視している。


 ついつい話し込んでしまったため、早く紹介しろと不満に思っているようだ。



「そうだ、紹介しよう。彼女がいま預かっているミヤコだ。なんだ? ずいぶん遠いな。こっちへ来い」



 私が手招きすると、ミヤコは青い顔でソファーの後ろに隠れてしまった。


 いったいなにがしたいのか、ミヤコの行動はときどきよくわからない。



 ――本当に小動物みたいなやつだ。彼女の前世はきっと、リスなんじゃないか。


 ――あのぷくっとした頬を見ると、頬袋になにか入ってるんじゃないかと、つい確認したくなるな。



 彼女の顔を見すぎたせいか、最近の私は、自分でも驚くほどに気が抜けていた。


 しかし、いまはそんな呑気なことを考えている場合ではない。


 マリルにミヤコを紹介し、なにも心配はないのだと、安心してもらわなければならないのだ。



「あ、わ、私はここで、大丈夫ですっっ」


「なにを言っている。いいからこい」



 私の婚約者に緊張してしまったのか、ミヤコはなかなか動こうとしなかった。


 私は少し強引に、彼女を引っ張って移動させ、なんとかマリルの前に立たせた。



「ミヤコ、私のフィアンセのマリルだ」


「はわっ……」



 ミヤコは、焦ったような妙な声を出したかと思うと、そのまま石像のようにかたまってしまった。


 おかしなやつだとは思っていたが、なんだかいつも以上に様子がおかしい気がする。



「あら、この方がお噂のミヤコさんですのね」


「あぁ、記憶喪失でなにも覚えていなくてな。彼女の所有者が見つかるまでもう少し面倒を見るつもりだ」


「ターク様は、本当におやさしいですこと。さすが、わたくしの婚約者ですわ」



 マリルはそう言うと、私を見あげてにっこりと微笑んだ。



 ――よかった、心配したほど怒ってはいないようだな。しかし、ミヤコの顔色がますます悪くなっているな。まさか、腹でも下しているのか?



 ミヤコは「よろしくお願いします」と、かすれた声を出して、まるで落ち着きのない猿のように、ソワソワした様子で私を見た。


 やはり腹が痛いようだが、治療はマリルが帰ってからだ。


 マリルの機嫌が悪くなるかと心配していたが、彼女は「どうぞよしなに」とにこやかに笑っている。



 ――私が奴隷や一般人を治療することに、あんなに否定的だったマリルが、こんなに態度を変えるとはな。


 ――少し……いや、かなり意外だな。


 ――だが、彼女は私の婚約者だけあって、勉強熱心だ。しばらく会わない間にいろいろ勉強し、考えを改めたのかもしれない。



 このときの私は、そんな儚い夢のような淡い期待を胸に抱いていた。


 まさか彼女が、このあとあんなことを言い出すとは、想像もしていなかった。

 驚くほど優しい声でマリルさんと接しているターク様を見て、二人がうまく行くことを心の底から祈っている宮子。


 一方ターク様の方は、様子のおかしい宮子とマリルに首を傾げながらも、まだ少しぼんやりしている様子です。


 次回、ターク様はマリルのした提案に追い詰められます。


 挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通はシンデレラとかみたいな関係のはずが、宮子とマリルの関係は彼女たちの性格から面白くなってますね。 ターク様ともマリルはいい雰囲気で、私もお似合いだなと感じます。 婚約者想いで本当にいい…
[一言] ターク様視点でのあの言葉を言うとは思いもよらなかった…とは一体。 先がめっちゃ気になります٩(ˊᗜˋ*)و
[良い点] ひええええ! 一触即発〜! 宮子、甘い甘ーい! 女の子は女優なんだから、仮面の下に本心を隠しているはずだよ〜(>_<)気をつけて……! とってもハラハラドキドキする回でした。 次話も楽し…
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