01 言わないターク様。~あの日以来ゆるふわです~
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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はじめてメルローズの街に出てから二日ほどたった日。
ターク様はいつもの黒い鎧姿ではなく、貴族らしいファッションに身を包んでいた。
ステキな襟飾りのついた白いブラウスに、美しい刺繍が施された、上質な青いシルクの上着という出で立ちだ。
私は書斎のソファーで、ターク様に買ってもらった本を読むふりをしながら、チラチラと彼を盗み見ていた。
――ターク様の王子様ファッション、久々だけど、貴族のパーティーかな? 相変わらず、眩しい!
だけど、ターク様は一向に出かける様子がなかった。
デスクに座り、黙々と書類に目をとおしている。
だけど、私があんまり眺めていたせいか、彼は突然顔をあげた。
「なんだ、ミヤコ。私が眩しいか?」
得意げな顔で、またあのナルシスト全開の、お決まりのセリフを言うターク様。
「あ、はい!? いえっ……。今日はステキな上着を着てどこに行かれるのかなぁと思いまして……」
本当に「眩しい!」と思いながら見ていただけに、私は私で、少し慌ててしまった。
そんな私を見て、彼はまた「ふふん」と、得意顔で口元をほころばせる。
「いや、今日は昼から来客がある。お前も準備しておけ」
ターク様の書斎に隣接した客室には、たまに来客がある。
来るのは大抵、治療や魔物退治を依頼しに来る貴族っぽいおじさんか、困りごとを相談しに来る領地の住人たちだ。
そんなときはいつも、私は邪魔にならないように、ベッドルームか書庫に隠れている。
「はい、わかりました」
私はそう答えると、本を持ってターク様のデスクのすぐ横にある、書庫の入り口に移動した。
ターク様は、不意に近づいてきた私を見上げて、『なんだ?』という顔をしている。
「お客様が来るなら、今日は書庫に隠れてますね」
私がそう言うと、ターク様は少しぽかんとした顔をした。
「いや、今日の客は、お前にも会わせるから、そのつもりでいるんだ」
「え? どなたがいらっしゃるんですか?」
「まぁ、来たらわかる」
――わー、はぐらかされた……。まさか、来客って……。
なんだか嫌な予感がして、妙な緊張が背中に走る。
「わかりました……」
「不満が顔に出てるぞ」
ボヤくように返事をした私を見て、彼は立ちあがった。
そして、書斎と書庫を仕切る扉にトン、と手をつく。
扉の前に立つ私は、ターク様に前を塞がれ、ビクッと肩を強張らせた。
――まぶしっ! まさかの壁ドン……じゃなくて、壁トン?
ターク様の顔を見あげ、口をパクパクさせていると、彼の顔がどんどん近づいてきた。
――ち、近い!
思わずギュッと目を閉じると、背後で、ガチャッとカギを回す音がした。
「書庫の鍵、開けてやったぞ。使いたいなら使っていいが、客が来たら顔を出せよ」
「カギ……!?」
ターク様は、真っ赤になった私の顔をのぞき込んで、私の頬をそっとつねりながら、楽しそうに笑う。
「頬が赤いな。猿みたいだ」
――さ、猿……!?
「今度は膨れた……。やっぱりリスか? 木の実でも入ってそうだ」
――木の実!?
彼は私の頬をしばらくこね回すと、満足したようにデスクに戻った。
ここ数日、なんだかターク様の周りの空気が緩い気がして、私は逆に緊張してしまう。なんだかますます、距離感もおかしい気がする。
――さっきのも、絶対わざとですよね?
この間、一緒にメルローズの街に出た日から、ターク様はずっと、気が抜けているみたいだった。
仕事の量をセーブしているのか、帰宅が早くなり、書斎にいる時間が増えた。
前はいつも、すっかり空にして帰ってきていた魔力も、多めに残っている。
そのせいもあって、今日は彼の魔力が珍しく全回復していた。
――全回復するとテンションがあがるのかなって思ってたけど、なんだか、思ってたのと違うみたい。
――ターク様が、ふわふわで、ちょっと達也っぽくなってる!
いつもデスクに向かっているときは、キリリとして、話しかけづらいオーラを出しているターク様。
だけど、最近は、しばしば気の抜けたことを言いながら、さっきみたいに私をからかってくる。
必要以上に距離を詰めて、髪や頬に触れてくる様子は、幼なじみの達也にそっくりだ。
彼の体が、とても眩しく輝いていることを除けば。
ただ、ターク様は悪戯のつもりなのか、私の反応を見て楽しんでいるように思える。
スマートにやさしかった達也とは、似ているようで、やはり少し違うのだった。
――私の顔を見たら気が抜ける……って言ってたけど、これはちょっと、抜けすぎたんじゃないかな?
ターク様に悪戯に触られるたび、私の脳裏にはマリルさんがチラついて、罪悪感で胸がいっぱいになった。
――もう、ターク様、マリルさんに嫌われても知りませんからね!




