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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第4章 タークの大願

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13 カブの畑で空を見上げて。~ターク様は療養中~

 場所:メルローズ領

 語り:小鳥遊(たかなし)宮子

 *************



 歌の大会の観客たちから逃げ出してきた私たちは、カブ畑の真んなかに生えた、大きな木の下で休むことにした。


 カブの葉が青々と茂った畑は広々としていて、ひと気もなくとても静かだ。



「はぁあぁ。あまりのことで、いろいろびっくりしちゃいました」


「そうだな」



 まだ少し興奮気味な私のとなりで、ターク様が小さな苦笑いを浮かべている。



「それにしても、さっきの歌には私も少し驚いた。あの歌はまるで……」



 なにかを言い淀むターク様。私は彼が「まるで異世界の歌だ」と、言うのを少し期待してしまった。



「まるで……?」


「……いや、本当に美しい歌声だった。思わず逃げてきてしまったが、あれは優勝確定だな」


「ありがとうございます!」



 彼は言葉を飲み込んでしまったけれど、眩しい笑顔で「優勝だ」と、言ってもらえたことがうれしかった。


 お休みモードのターク様の隣は、なんだかとても居心地がいい。


 懐かしい幼なじみにそっくりな、聞きなれた響きの低い声。


 だけど彼の声は、達也よりもっと、穏やかで静かで、まるですっぽりと、包み込まれてしまうような……。


 そんな彼の声を聞いていると、私の気持ちは、どこまでもゆるゆると緩んでしまう。



 ――いまさら、私が日本から来たことをターク様に信じてもらって、それでどうなるんだろう。


 ――日本に帰る方法がわかるわけでもないだろうし、きっと、ターク様を困らせるだけだわ。


 ――所有者とやらのもとへ戻るまで、もう少しだけ……。あと、ほんの少しだけターク様のそばにいられれば……。



 私はなぜだか、つい、そんなことを考えてしまうのだった。



      △



「こんなにたくさん、本当によかったんですか?」



 ターク様に買ってもらった本を、ペラペラとめくりながら、私はとなりに座る彼に話しかけた。


 お金の単位が違ってよくわからないけれど、この世界の本はかなりの高級品のようだ。本屋の店主さんも明らかに驚いていた。



「私、ターク様にまた無理をさせてしまったんじゃ……」



 困り顔の私に、「このくらいなんでもない」と言うターク様。



「ゴイムでも文字ぐらい覚えておいて損はない。お前は常識を知らなすぎる。本を読んでしっかり勉強するといい」



 そう言って彼は、目元にやさしい微笑みを浮かべる。



 ――そうだ、ターク様のためにも、私は早くここを出ていかないと……。


 ――文字を勉強して、本をたくさん読めば、所有者探しも……ううん、もしかすると、日本に帰る方法だって、見つかるかもしれないわ。



 そんなことを考えた私は、「ありがとうございます、頑張ります」と、真剣な顔で答えた。


 ターク様はそんな私の頭をぽんぽんと撫で、白い歯を見せて爽やかに笑う。



「いつかポルールの戦いが終われば、ゴイムは役目を失うはずだ。そうなれば知識はきっと役に立つだろうからな」


「戦いが終わったら、ゴイムは解放されるんですか?」



 私のそんな素朴な質問に、「さぁな……」と言いかけたターク様は、「いや、必ずそうしてみせる……」と、小さな声でつぶやいた。



 ――もしかして、ターク様はミアさんのために……?


 ――ミアさん……。まさか、魔力タンクになってしまったの……?



 私の顔を面白いと言っては喜ぶターク様。


 ひょっとして、彼は、同じゴイムの私にミアさんを重ねているのだろうか。


 寝言で彼女の名を呼ぶターク様を思い出し、私はなんだか、胸が苦しくなった。



      △



 私たちは、涼しい木陰でアンナさんが持たせてくれた、サンドイッチを食べていた。


 美味しそうにサンドイッチを口に運ぶターク様。最近の彼は、ずいぶん食欲があるようだ。


 一時期は本当に、『いつ食事をとってるんだろう』と、心配するくらいだったけれど……。



「空が広いですね」



 秋晴れの空の下、見晴らしのよいカブの畑の真んなかで、見上げた空はどこまでも高く澄み渡っていた。



 ――なんだか涙が出そう。



 久しぶりの外の空気に感動したせいか、胸にグッとくるものを感じた私は、少し涙目になってしまった。


 そんな私を、ターク様はまるで、爆発寸前の爆弾を見るような顔で見ている。



「い……いままで、少しも外に出してやらなくて、悪かったな」


「いえ、ターク様はいつもお忙しいですから。今日連れ出してもらえただけでも、本当にありがたいです」


「うむ……。街は平和そうに見えるが、魔力不足で気が立っているものも多い。退屈だとは思うが勝手に出歩くなよ」


「はい」


「今度、フィルマン様のところに連れていってやる」


「本当ですか? 私、フィルマンさん大好きです!」


「ならよかった」



 ターク様はそう言うと、ホッとしたように空を見上げた。



「そういえば私も、空を見あげたのは久しぶりだ。私はやっと、休養を取れたようだな」


「ターク様……?」



 私はこのとき、ターク様がなぜ、戦地から帰ってきたのか聞こうとしていた。


 けれど、大声でターク様を呼ぶ声が聞こえて、私は言葉を飲み込んだ。



      △



「おーい! ターク、こんなところにいたか」



 畑の間の小道を、馬に乗って私たちのほうへやってきたのは、カミルさんだった。



「カミル、なぜここに?」


「森の調査の途中だよ。調査しながらこっちのほうまで来たんだけど、なんか妙に魔物が多くてさ。兵士が一人ケガしちゃって。きみ、魔力あまってない?」



 見ると、カミルさんの馬には、もう一人ぐったりした兵士が乗せられていた。



「見せてみろ」


「よかった。今日も魔力がいっぱいあるみたいだね」



 二人はケガ人を馬から下ろすと、木の下に座らせた。



「なかなかひどいな」



 兵士の傷は魔物に引っ掻かれた爪痕のようだった。


 あまりに痛々しくて、思わず「ひゃっ」と目を背ける私。


 けれど、ターク様が治癒魔法をかけると、傷はみるみるうちに回復した。



「ありがとう、助かったよ。でも、こんなところでなにしてたんだ?」



 そう言って、怪訝な顔で私たちを交互に眺めるカミルさん。彼女はまるで、犯人を探す探偵かのように目を細めた。



「ターク、この子を拾ってからもうかなりたつよね。いつもこうやって連れ回してるのか? まるでピクニックだな」


「いや、外に出したのは今日がはじめてだぞ」



 カミルさんは、また、ターク様を責めるような口調で話はじめた。


 ターク様が、『厄介だな……』と、思っているのが、私の耳には聞こえてくるようだった。



「じゃぁ、ずっとあのまま、きみの部屋にゴイムを閉じ込めてるのか?」


「あぁ。所有者不明の彼女を一人で外には出せないからな」


「ターク。マリルちゃん、さすがにもう怒ってるんじゃないの?」



 私は、マリルさんの名前を聞いて、思わずビクッと背中を震わせた。だけど、先日の一件を知らないターク様は平然としている。



「マリルか、彼女は忙しいからな。そんなことで怒ってる暇はないだろう」


 ――ターク様……!? マリルさんは、めちゃくちゃ怒ってますよ……!?



 カミルさんは、すっかり青ざめてしまった私を横目でじっと見ながら、「ふーん」とつぶやいている。


 私はなんとも居心地が悪くなって、涼しい木陰にいるにもかかわらず、背中に嫌な汗をいっぱいかいてしまった。



「ターク、こんな所でいつまでも油を売ってるのは、きみらしくない。毎度回復してもらっておいてなんだけど、きみの居場所はここじゃないよ」



 カミルさんは捨て台詞かのようにそう言い残して、ターク様にお礼を言う兵士を馬の後ろに乗せ、森へ戻っていった。



      △



「……やっぱり私、ターク様にかなりご迷惑をおかけしてますよね……」



 カミルさんを静かに見送った私が、不安げな顔でターク様を見ると、彼は『やれやれ』というように、大きなため息をついた。



「気にするな。カミルは私を戦地に戻らせたくて、いつもああやって尻を叩きにくるんだ。私は療養中だと言っているのに、聞き入れようとしない」


「ターク様が、療養中……?」



 私がキョトンとした顔をすると、ターク様はまた、『しまった』という顔をして、片手で頭を抱えながらこっちを見た。



「あー、私が療養中なのは、他言無用だぞ。皆が不安がるからな」



 そう言って困ったように笑ったターク様の顔は、なんだかとても、つらそうに見えた。



 ――ターク様はずっと、自分が療養中だということを皆に隠して、あんなに毎日働きつづけていたの?


 ――皆を不安がらせないために、強がりを言いながら……?



 不死身の彼が療養中、なんて、それだけ聞くとあまりピンとこない。ターク様はケガも病気もしなければ、疲れることすらないと、あれだけ近くにいるメイドたちですら信じている。


 けれども、ターク様がつらそうにふらふらしているところを、私は何度も見ていた。彼はいったい、どこが悪いのだろう。


 いろいろ聞きたい気持ちはあったけれど、彼が触れて欲しくないオーラを出している気がして、私はただ、唇を噛んだ。

 ターク様を困らせないためにも、早く所有者のもとへ戻ろうと思っている宮子。


 しかし、お休みモードの彼のそばは、少し居心地がよすぎるようです。


 そんな宮子に、「ゴイムは役目を失う」というターク様。彼の戦意は再び目を覚ますのでしょうか。


 「私は療養中だ」と口を滑らせた彼を見て、宮子は心配でいっぱいになります。


 次回からは第五章です。宮子を隣に寝かせ、休日も取ったターク様は、フワフワモードになっています。


 次のお話では、「来客がある」と言いつつ、だれがくるとは言わないターク様に宮子はやきもきします。


 挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] あの歌はまるで……これは宮子の思う通り、異世界の歌のようだとターク様は本当に思ったのか。 それとも何か別のモノを想起させたのか。 宮子も彼の魅力に惹かれつつあるようですね。 ターク様は物…
[一言] ターク様と宮子のお出かけは終了するようで。 ですがまたターク様の事を考えると宮子は早く出ていかなければと考える。 四章お疲れ様でした! そして5章に入らせていただきますね(* ᴗ͈ˬᴗ͈)”…
[良い点] た、ターク様療養中?Σ੧(❛□❛✿) そして、二人の間に桃色の風が流れてしまっていませんか……( *´艸`) (と言いつつそうであれと期待してしまっています) 今日もとても楽しかったです!…
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